第三十二話 試験評価

 マティルダ副学長は手元にある魔道具を使い、空中に幻影を浮かび上がらせた。


「これは……どこかの荒れ地でしょうか。幻影闘技場の風景ですか?」

「僕がジルド殿と戦った場所ですね。幻影闘技場は複数あって、そのうちのいずれかに幻体を送っていた」

「そういうことになる。できれば受験番号に関係なく無作為に組み合わせを決められると良いが、そうすると逆に不公平という声が出ることもある。これだけ番号が離れているのに強い相手と当たるのは理不尽という意見も出てしまうのだ。それなら出願順で近い番号の者が戦ったほうが、感情面の摩擦は少ない」


 各国の貴族も受験するということは、家の威信を背負っている者同士、絶対に勝たなくてはならない競争という側面もある。


 受験生から不平不満が出てしまうのは学園としても避けたいところだろうから、毎年試験の形式を変えているのだろう。


「そしてどの教官が審査を担当するかは、事前に情報が出ないようにしている。幻影闘技場の数についてはおよそ五十ほどあり、魔力的な干渉をしなければ入ることができない。その一つが、幻体を送り込むという方法だ」

「それは……学園にとっては、機密にあたる情報ではないですか?」

「これくらいのことまでは話しても構わない。卒業後も学園に残って職員となるなら、所属次第でより詳しく知ることになるだろう」


 マティルダ副学長は微笑むと、ずっと立ったままの俺たちに着席するように促した。椅子は用意されていたが、微動だにもせずにいたメイド服の女性が歩いてきて椅子を引いてくれる。


「兄上や私たちの試合を、審査をされる方々がこの魔道具で見ていたのですね」

「そういうことになる。先ほどの二人も見ていただろうな。それで、ロイド殿を前にして緊張が見られた……その理由を、貴君は自覚しているか?」

「それは……幻体同士の戦いとはいえ、相手を消滅させるまでするのは行きすぎだったと思っています」


 思ったままを答えると、マティルダ副学長はじっと俺を見てくる――今の答えは正しいのか、彼女がどんな心象を持ったのか、現状では判別できない。気分を害してはいないようだが、好意的でもない。


「……それについては、幻体を使用する意義のひとつが『加減なしで実戦訓練ができること』なので問題はない。むしろ幻体の魔力を全損させる形で勝利することに関しては、幻影舞闘においては高く評価される」

「そういうことであれば、求められた結果を出せたと考えます」

「カノン殿は相手を降参させて勝ちをおさめているが、それも同様に高く評価されている。時間切れになる形では優勢な側が評価されるが、明確な形で勝利するよりは評点は低くなるのでな」

「魔力を喪失させる毒魔法は、私の魔法とは相性が良くありませんでしたから……運が良かったと思っています」


 カノンの試合についても可能なら見たかったが、受験生は他の試合を見られない形なので、そこは仕方がない。

 

 ヴェローナの毒魔法を治癒魔法で相殺する戦術か、光魔法で距離を取って戦うか。相性の話が出ているので、おそらく前者が軸になっているだろう。


「……しかし『求められた結果』とは。ほとんどの受験生は、幻影舞闘の意図など考えず、ただ目の前の相手を倒すことしか考えていなかった。その時点で、貴君の視野が相対的に広いものであるのは疑うべくもない」

「試験の内容には多くの意図があると思いましたが、僕が一面的に見たものを自己解釈しているだけに過ぎません」


 マティルダ副学長はすぐには答えず、再び俺をじっと見つめてくる――誤解を恐れずに言うなら、綺麗な女性にこうも見られると、この学園において上から二番目の地位にある教官と分かっていても否応なく意識させられてしまう。


「……貴君の考えについては承知した。しかし、こちらとしても困惑している。知識審査で満点と言ったのに、その考え方はいささか謙遜がすぎるのではないか。この試験の意図全てを理解しているという評価なのだから」

「全てを……というと?」


 そう答えたところで、メイド服の女性がふっと笑い、口元を隠した。副学長の秘書のような立場ではあるが、思ったより厳格な関係というわけでもないらしい。


「兄上が、教官のお二人とお話されたことなども評価されていたのですね。そして、移動中のことも」


 あの何気ないと思っていたやりとりが、それほど評価されていたのか――ミツルギ教官と話せたのは、俺たちが最後の受験生だったからで、偶然だったように思うのだが。他の教官が幻影舞闘について説明するときも、会話の内容が評価されていたということなのか。


「魔力測定用の魔導器と仮学生証について、何も説明を受けずに詳細を理解していた。その時点で幾つかの科から誘いがかかるだろう。二年次から入れる魔工技術科に今から編入してもやっていけるほどだ」


 その話を聞きながら、俺はようやく事態を理解した。


 他の生徒には知られず、教官だけに気付いてもらえる形で評点を取る。そのための『過程』すらも、測定された魔力や幻影舞闘の結果と同様に評価されてしまっていたのだ。


「……もう十分とも言えるが、やはり当初聞くつもりだったことは聞いておく。貴君の魔力は『無色』と判定されている。それは生まれつきのものなのか?」

「はい、生来のものです。父と母から継いだ魔力が偶然に目に見えない色になったのかもしれませんが、確証はありません」


 それはヴァンスだった頃の俺についても言えることだった。物心づいたときには『魔力なし』と呼ばれていて、俺の魔力に気付く人物に会ったことで、ようやく色のない魔力の存在を自覚することができた。


 それまでは『異形の力』なんて扱いをされていて、良い記憶がない。見えない魔力を無意識に使っていた俺は、天人ではない別の種族と言われたこともあった。


 しかしミューリアは見えなくても魔力があると理解してくれていたし、俺も魔力の色を変えられることを徐々に示すことで、『そういった魔力もある』と家の中で周知することができた。


「測定用の魔導器に『無色』というものが登録されていたのは、先ほど言った人物の意向によるものなのだ。本来、両親の魔力の色がどのように混ざっても、白や黒に近づくことはあっても、透明になることはない。宝石色は半透明とされる色もあるが、それは透明とは異なっている」

「この魔法学園においても、僕のような魔力の色は珍しいということですか」

「……あまりに稀少過ぎる。はっきり言って、前例がない」


 ずっと遠回りに、外堀を埋めるような話し方をしてきたのだろう――しかしマティルダ副学長は、ようやくここに辿り着けたというようにはっきりと言った。


「有り体に言ってしまうと、貴君の魔力は研究材料として唯一無二の価値がある。そのような人物が自ら志望して来てくれたことに、学長に代わって感謝したい」

「……兄上が、何かの研究に協力しなくてはならないのですか?」

「それもまた、強制ではない。この魔法学園では個人の自由意志を尊重する。こちらから要請をすることはあるが、それを受けるかの最終決定は学生自身に委ねられる」


 その言い方だと、要請の内容が簡単に受けられないほど重大な場合もあるということだ。


 しかし強制されないということなら、受けるかどうかは内容次第で決めればいい。カノンを護ること、アルスメリアの魂魄の欠片を探すこと――その二つができなくなるような要請でなければ応じられる。

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