第二十四話 力の片鱗
「では……最後に、魔力を最大まで引き出してもらう。詠唱については基礎詠唱の範囲を越えなければ自由とする」
ジルドが上着を脱いでヴェローナに渡し、息を整える――そして片手を水晶にかざしながら、高らかに言った。
「――燃え盛れ、我が魔力!」
ゴォッ、と水晶の中で赤い魔力が暴れ回る――ピシピシと水晶が鳴っている。
だが、ヒビが入ったりということはない。なかなか堅牢にできている魔道具だ。
ジルドは自信満々で試験官を見る。試験官は何も答えない――何もかも質問に答える必要はないということだ。
それでもジルドは気を悪くした様子はなく、手応えを感じたという顔で、ヴェローナから服を受け取り、仮学生証を試験官に見せに行く。
「……よろしい、測定は終了だ。次の試験があるので、指示通りに移動すること」
「二人を待たせてもらいます。ヴェローナ、バルガス、抜かるなよ」
「はい……我が主君、ジルド様のためにっ……!」
ヴェローナの魔力はジルドほどではないが、水晶の中が紫に染まる。この魔力で毒系統の魔法を使えば、その威力は高いだろう。
――幼少から魔法を学んだ、十五歳の魔法使いの平均からしてみればという話だが。
「……うぉぉぉぉぉっ……!」
バルガスの基礎詠唱は、空気を揺るがすような気合の一声だった。水晶に投影された土の魔力が爆発的に膨れ上がる。
魔導器の鳴動はジルドと同じか、それよりも大きいと思えた。主君に匹敵する実力を持つ従者――こんな気遣いは無用だろうが、彼はおそらく苦労人だろう。
そして、カノンの順番がやってくる。
「……っ」
『兄様……見ていてください……っ』
魔力感応でカノンの基礎詠唱が聞こえる――俺に見せるために全力を出そうというのだ。
水晶の輝きが際限なく増していく。そして、今まで鳴動するだけだった水晶の一部が、パキンと音を立てて欠けた。
「……これだけの人数が測定をすれば、壊れることもあるか」
「そ、そうですよね……ジルド様を、伯爵家の方が上回るなんてことは考えられません」
「…………」
ジルドとヴェローナは認めていないが、カノンの力に試験官たちは目を瞠っている。その様子を見て、カノンが俺を見て微笑んだ。
「しかし、素晴らしいものを見せてもらった。カノン・フィアレス、また後で会おう」
俺の番まで見るつもりはないということか、ジルドはカノンに爽やかな笑顔を向けると、二人を連れて歩き去る。試験の規則上問題はないようだが、カノンはふぅ、と疲れたようにため息をついていた。
だが、いざ俺が測定するとなると、期待を込めて見つめてくる。
――君の強さは無茶苦茶だな。常識外と言ってもいい。
いつかの言葉が脳裏を過ぎる。アルスメリアは俺の力を理解し、認めてくれていた。
色のない魔力は、転生する前から引き継がれている。初めは自分を、言われるままに『魔力なし』だと思った――だが、違っていた。
(強くなりたいと憧れた。だから自分の理想を探した)
魔法使いは生まれ持つ魔力を、別の系統に変化させることができる。光を闇に変えることはできない――だが、火や風の系統に近づけて、ある程度まで使いこなすことは可能になる。
無色の魔力ということは、得意な系統がないということ。
それは、変化させる系統に不得手がないということでもあった。
「……我が祖国と、――に捧げる」
その名前を声に出すことはできない。
心の中でしか呼べない名でも、言いたかった。千年前の自分がそうしたように。
身体の中から熱が溢れる。それが俺の魔力――魂魄から湧出する力。
試験である以上、全力を出さないという選択肢はない。俺の力を、この魔導器では測れない――カノンの計測で破損した時にそれは分かっていたが、ならば測れる範囲までで構わない。
魔力を零まで抑制するときの、その逆。限界を設定しない解放を、一瞬だけ行う。
『……兄様の魔力……すごく、綺麗です……』
水晶には変化がない。しかし、カノンは分かっている――俺が瞬間的に魔力を解放したことを。
「……これで、終わりですが」
「っ……魔力を最大まで解放したのか?」
試験官は全く知覚していないわけではないが、やはり混乱している。補佐官二人は一切気づいていない。それは無理もない、通常なら知覚できないほどの一瞬だけ魔力を解放し、水晶はそれに感応しきれなかったようだから。
しかしこの仮学生証が測定できる範囲は、俺が思ったよりは広かった。完全に測定できているというわけではないが、カノンと同等に評価はしてもらえるだろう。
俺は呆然としている試験官の前に行く。ミューリアと同じか、少し年上だろうか――凜とした瞳が印象的で、女性だが教官服は男性物を着ている。
彼女がずっとまとっていた硬質な空気が、今は少し乱れている。俺が前に行くと彼女が戸惑うような様子を見せた――威圧しているつもりはないが、俺がしたことを察しているのなら、そうなっても仕方がない。
「測定結果を、見てもらえますか」
「っ……は、はい……ではなくて……」
「レティシア先生、どうされました?」
「汗をかいていらっしゃるみたいですが、体調が優れないとか?」
二人の補佐に心配されても、試験官は答えられない。その目は、俺とカノンが出した仮学生証に釘付けになっていた。
試験官はこくんと息を飲んでから、仮学生証に記録された結果を書き写す。その手が震えてしまっていて、補佐官二人は顔を見合わせていた。
『すみません、驚かせてしまって。できれば普通の生徒として試験を受けさせてください』
魔力感応で試験官に語りかける――声は届いている。
「……次の会場に移動しなさい。私たちも後から行く」
辛うじて答えてくれる。カノンはそれを見て――何か察したのか、じっとりと俺を見てきた。
『な、何かな……僕もカノンも、評価は大丈夫だと思うんだけど』
『いいえ、何でもありません。兄様のお顔をじっと見ていたい気分になっただけです』
明らかに含みがあるのだが、おそらく俺が試験官に魔力感応で話しかけたことを察しているのだろう。カノンはそういうことを理屈を超えた感覚で察するところがある。
俺は試験官に言われた通り、会場を後にした。カノンはしばらく俺を見続けていたが、そのうち溜飲が下がってきたのか、こう言ってくれた。
「次の試験も一緒に頑張りましょうね、兄様」
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