第二十三話 水晶投影
俺たちの準備が終わったところで、女性の試験官と補佐官二人が少し距離を置いて立ち、三方からこちらを見てくる。
怪しい動きをしないように監視するということか。確かに魔力を補助するものや、魔道具を使えば、測定結果を有利にすることは不可能ではない。
(ジルドたちも普通に測定を受けるようだ。余裕に見えるのは……伯爵家の俺には勝てそうということか)
天帝国は七帝国で随一の魔法大国である――しかし、天人族の魔力が絶対的に他種族を凌いでいるということはない。
アルスメリアは魔法の技術と魔力量のどちらもが卓越していた。しかし彼女がいない今となっては、天帝国は七国同盟の盟主であるものの、人材的に他国より優位というわけではない。
魔帝国の侯爵家が、天帝国の伯爵家を下に見る。千年前ならそうはならなかったのかもしれないが、今の時代にジルドのような考え方をする貴族がいるのは不思議な話ではない。
(さて……ジルドが事前に接触してきたおかげで、彼らの考え方は分かった。そして、この試験において達成しておきたい水準も把握できている)
そして、もう一つ新しい要素が出てきた。先ほど渡されたこの仮学生証だ。
「諸君らの前にある魔導器は、魔力を測り、視覚化する。水晶の中に変化が起こるので、私たちはそれを見て資質などを判断する。視覚だけでは評価にブレが出るので、詳細な結果を仮学生証によって測定する。これも魔道具の一種で、測定結果が数値などで出るようになっている」
つまり、二つの基準で受験生の能力が判定される。
仮学生証はどのように魔力を測定するのか。これが魔道具であれば、ある程度想像はつく――魔道具にどのように魔力が流れるのか、それは実際に使ってみるのが一番いいが、俺は観察しただけでもある程度把握することができる。
《第一の護法 我が眼は魔力の軌跡を辿る――『
仮学生証には数々の詠唱が詰め込まれ、複雑な機能を構成している。しかし、量産されているものだけあって、一見して気になるところが幾つか見つかった。
『カノン。抑制の試験は、僕が言った通りにできるかな。魔力を抑えていって、一瞬だけ零にする。そして、少し戻すんだ』
『魔力を零にし続けるのは難しいですが、一瞬だけなら……』
『僕も同じようにする。成績は近いに越したことはないからね』
俺とカノンの魔力感応には誰も気づかない――やはり、そうだ。
魔力感応は、解析のできない人物に悟られないようにすることができる。俺と同等の魔法が使えるなら、看破できるはずだが――。
「それでは、996番……ジルド・グラウゼル君から、平常時の魔力を見させてもらう」
ジルドの魔力は、赤色――炎の系統だ。彼が手をかざした先、水晶の中に赤色が揺らめく。
ヴェローナは紫色、バルガスは土色――それぞれ毒の系統、土の系統を得意とする魔力だ。毒魔法使いは千年前に戦った刺客には多くいたが、転生してからはほとんど見なくなっていたので、久しぶりという気分になる。
と、感慨にふけってもいられない。次はカノンだ――彼女はいつも、平常時は身体を光が包み込んで目立ってしまうので、ある程度抑制している。そのため、抑制を解除すると補佐官二人が驚きを声に出した。
「稀少な系統……それに、平常時でこれほどとは……」
「光の系統……聖帝国の聖導力にも似て非なるもの……」
補佐官二人は動揺しているが、試験官がこほんと咳払いをすると背筋を正す。
ジルドたちにもカノンの魔力は見えているが、彼らは動じないように努めているようだった。
「では、1000番……ロイド・フィアレス君」
平常時の魔力。俺の魔力が、どんなふうに『見えている』か――それを、目の前の水晶が忠実に再現する。
「「……えっ?」」
まだ若い補佐官二人が、思わずというように声を出した。
「……やはりそうか。ロイド・フィアレス、君は……」
「996番、ジルド君。私語は慎むように」
「失礼……僕も少々驚いたもので。まさか、本当に『魔力が無い』とは……事前審査は筆記試験だったとはいえ、よく魔法学園に入ろうと思ったものだ」
子供の頃、ヴィクトールにも言われた。『魔力のない子を伯爵家が拾った』と。
俺の魔力はあれから八年経った今も、平常時では無色のまま。視覚にとらわれずに魔力を肌で感じることをしなければ、俺は『魔力なし』に見えるだろう。
試験官だけが、薄々と感じ取ってくれているようだ――だが、確証は持てていない。彼女が俺を見る目はとても注意深く、しかし焦りが感じられる。
「……あとで、仮学生証を確認させてもらう。では、次の測定……魔力抑制の限界を計測する」
ジルドは上機嫌のままで、魔力を抑え始める――魔力抑制のコツは、魔力の根源である魂魄を薄い膜で包むように意識することだ。
反復して練習を続ければ、いつか表面に見える魔力を完全に消すことができる。
カノンは多忙な日々の合間を縫って、俺と一緒に魔力制御の基礎として『開放』『抑制』の練習をした。その結果、彼女は自分でも言う通り、短い間だけなら表出する魔力を消すことができるようになった。
ジルドもまた、魔法学園に入るまで鍛錬し、自信を持つだけの技術を体得しているはずだ。
そんな最大限の好意的評価を胸に、俺はジルドの魔力を投影した水晶を見つめ――燃え盛るような赤色が、半分ほどに小さくなったところで止まるところを見て、愕然とした。
「どうですか? 俺の『抑制』は……できる範囲で、評価を教えてくれますか」
「受験生の中では、平均より上だ。よく修練を積んでいるな」
試験官に対しても不遜さを残して話しかけるジルド――礼を逸しているが、それも侯爵家の生徒に対して教官が強く出られないことを見越してのことだろう。評価を聞いたのも、おそらくそういった意識のあらわれだ。
「さすがジルド様です……私も頑張らなくては」
ヴェローナはジルドより少し抑制が甘い。合格圏内なのかは怪しいところだ――そして、三人の中で抑制が最も上手いのはバルガスだった。しかし彼でも、表出する魔力を零にはできていない。
「999番、カノン・フィアレス。始めたまえ」
「はい。魔力よ……静まって……」
抑制のために詠唱に近いことをするのは、有効な手段だ。水晶に投影された魔力――きらめく光が、少しずつ小さくなっていく。
「……っ!」
――そして、一瞬だけ完全に消える。
カノンの持つ仮学生証に視線を送り、俺は測定結果がどう出るのかを見た。
「……ジルド様、今……」
「な、なかなかやるな……そこまで抑制できるとは。しかし、俺とは拮抗しているな」
彼らは勘違いをしている。カノンは魔力を一瞬零にしたあとは抑制を調節して、試験官やジルドたちに『魔力が見えるように』しているのだ。
「……良く、制御できているな。では、ロイド・フィアレス」
「はい」
「初めから無いものを抑えるというのは、評価しようがない気がするが」
そう言って笑うジルドはもう、俺のことなど眼中にないようだ。それでいい――評価してもらうのは同じ受験生ではなく、試験官なのだから。
俺は魔力を抑えていく――そして『零』にする。そのまましばらく止めていたのに、ジルドたちと補佐官二人は苦笑していた。魔力の色が見えないため、意味のない時間とでも思ったのだろう。
「……終わったのか?」
「はい。お時間を取らせてすみません」
「持ち時間はそれぞれ同じだけある。遠慮をする必要はない」
試験官は水晶の変化を見逃さないようにしている。彼女だけが、俺を『魔力なし』と思っていない――それが分かって安堵していた。
しかし、試験官自身の魔力が乱れている。この『流れ』は――少し混乱させてしまっているだろうか。申し訳ないが、後で驚かせることになっても、今はこのままの方針で行く。
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