六姫は神護衛に恋をする ~最強の守護騎士、転生して魔法学園に行く~
とーわ
プロローグ・1 天帝と護衛
七帝国間の争いは、いつ始まったのか。戦っている当事者でも、もはや誰もが忘れていた。
それくらい当たり前に戦争があり、ある国との戦いが終わっても、また別の国が攻めてくる。あるいは国同士が手を組み、三つの勢力に分かれて戦っていた時代もある。
俺が生まれた時代、この大陸には七つの国があり、七人の皇帝がいた。人種は混じり合っているが、統治者は代々一つの種族の血を継いでいるため、七つの国はそれぞれの種族の名を冠し、皇帝もまた同じように呼ばれていた。
俺の生まれた国は「天帝国」という。天に轟くような強力な魔法を使いこなす「天人族」の統べる国で、最も強い魔法使いが皇帝となり、国を統治してきた。
第十七代天帝であるアルスメリア陛下は、天帝国の歴史の中では二人目の女帝だった。彼女は歴代皇帝の中で最も神に近いとされたほどの魔法の力を、これまでの天帝とは違い、戦いを終わらせるために使おうとした。
――私は戦いのない世界が見てみたい。
――戦いがなくなれば、この世界はどう変わると思う? ヴァンス、君の意見を聞かせてほしい。
二十歳で天帝直属の親衛隊に入った俺は、ひょんなことから陛下の言葉を直接賜った。
まだ十五歳の陛下は、御簾越しに聞こえる声がどれだけ美しくても、ひとりの小柄な少女でしかなかった。
俺が騎士団に入ったことには大した理由はなかった。自分の力を試すために騎士学校に入り、卒業するときに親衛隊に推薦され、陛下を護衛する騎士の一人となった。
これほど儚げな少女が、戦いとは何かということに俺よりもずっと真摯に向き合っている。それは何も考えずに任務を遂行するだけだった俺に、騎士としての矜持を芽生えさせた。
――僭越ながら、私は陛下にお答えできるほどの明確な未来像を持ちません。
――戦いが続く限り、陛下を何に代えてもお護りする。ただ、それを第一に考えるのみです。
俺は自分でも融通が利かない軍人のようだと思いながらそう言った。
御簾の向こうの陛下は、それでも気分を害することなく、小さく笑い――そして言った。
――君は親衛隊の中でも特に優秀なのに、自分の能力を自覚していないようだ。
そこで言葉を区切り、陛下は少し咳をした。御簾の向こうで侍女に背中をさすられる姿を見て、胸が詰まるような思いがした。
幼少の頃から病弱であるということは聞いていた。それでもアルスメリア陛下は、夭折した先帝の後を継ぎ、十二歳で玉座に座らなければならなかった。
――君が未来を想像できないなら、私は主君として未来を描こうと思う。
――それが素晴らしいものだと思ってくれるなら、君に頼みたいことがある。
それが、その時俺を近くに呼んだ理由だった。
天帝の居室に入れるのは女性だけ。男の俺が入室を許可されたのは特例中の特例――そのとき俺は改めて、自分がいる場所が天帝国における聖域なのだと自覚し、緊張を思い出した。
――私は戦いがなくなることを想像するだけではない。
――私はいつか本当に戦いがなくなった世界を見てみたい。そのために力を使うというのは矛盾しているが、私の魔法が抑止力となるかを試したい。
途方もない、理想だと思った。
それを考えることが不敬であっても、実現することのない夢想だと考えた。
――皇帝が夢見がちなことを言い、国を傾かせる。そういった懸念を持つのは当然のことだ。私もこれは理想であり、夢想だと思う。それこそ絵に書いたおとぎ話だ。
相手より魔法の力が上回っていると、容易に思考を読み取ることができる。俺は生まれて初めて、天帝によって思考を読まれた――それは当然のことだが、彼女にはどんな嘘も見抜かれ、心の中での軽口も読まれてしまう。そう分かると背筋を正さずにいられなかった。
――だが、そのおとぎ話を語る資格が、私にはあると思う。
――君にはそれを信じてもらいたい。魔法で強制するわけでもない、皇帝といえど私情には沿えないというなら、断ってくれてもいい。何も罰を与えたりはしない。
陛下の声は、かすかに震えていた。
俺のようなひよっこ親衛兵に、皇帝陛下が頼み事をしている。どんな命令でも従うために俺はここにいるというのに。
しかしいくらも迷いは続かなかった。本当は、迷ってさえもいなかった。
――私はこの戦いがいつか終わることを想像もしていませんでした。
――しかし陛下が望まれるのなら、それが実現すると信じます。私の選択は初めから決まっています。
祖国を導く天帝に忠義を尽くすこと。騎士の務めを果たすこと。
そこにもう一つ、新たな理由が加わった。俺はそれを、ずっと陛下に伝えることは無いのだろうと思った。
御簾に浮かび上がる彼女の姿を見た時、俺はひとつのことを思った。
それに、陛下も気がついているはずだった。今の俺の考えなど全て見通していて、それでも無礼を咎めることをなさらなかった。
――君は精悍な顔をしているから、丁寧すぎる言葉は似合わない。
――私の前では、そうだな……自分のことを「俺」ということを許そう。いつもそうしているのだろう?
俺に「頼みたいこと」を話す前に、陛下は一つ遠回りをした。
それが俺の緊張を解き、今後の陛下との関係性について一つの方向を定めた。
最も近く、最も遠い。俺は彼女を護り、いつでも彼女の盾となれるように控えて生きていく。
――ヴァンス・シュトラール。
――私が死ぬときまで、君の命を私に捧げてほしい。
自分の力はこの広い世界において、どこまで通用するのか。いつか護衛の務めを終えたら、それを知りたいと思っていた。
そんな思いも知りながら、陛下は一介の騎士に過ぎない俺に頼んだのだ。
目標を捨てるという気持ちにはならなかった。命を捧げるという意味の重さにも、全く負の感情は生まれなかった。
思いは一つだった。誰もが思い描き、幼い理想だと切り捨てる、戦いを終わらせるという夢を――。
――私と共に夢を見て欲しい。私には、あまり時間が残されていないから。
誓約とともに、彼女は俺に、いずれ来る別れが避けられないことを告げた。
鼓動が早まり、そして落ち着いていく。天帝の死を想像したあと、彼女がそれだけの覚悟でいるのだと伝わり、自分に何が言えるだろうと考えた。
膝を突き、頭を下げる。御簾の向こうから、陛下が侍女の介添えを受けて『揺り籠』と呼ばれる椅子を降り、こちらに近づいてくる。
頭を上げないままに、俺は目の前に立っているだろう彼女に言った。
――アルスメリア・ルーン・ミーティア陛下。ヴァンス・シュトラール、天帝騎士団の誇りにかけて、任務を拝命いたします。
天帝が代々引き継いできた剣が、俺の肩に当てられる。陛下がその剣を外したあと、小さく「面を上げよ」と声がした。
天空宮に差し込む陽の光を背にしたアルスメリア陛下の姿――そしてその微笑を、今も昨日のことのように思い出せる。
その美貌は完璧という表現でも届かない。触れれば壊れそうなほどに繊細で、けれど瞳に宿る光は、俺が今まで見た誰よりも強いものだった。
――これまで何度か任務で護衛を務めてもらったが、君の強さは無茶苦茶だな。常識外と言ってもいい。
ずっと言いたかったというように、楽しそうに彼女は言った。
腕に多少なりと自信のあった俺は、それを嬉しく思いながら――自分に対する評価にあぐらをかくわけにいかず、訂正した。
――俺は言うなれば『盾』です。一度戦場に出ると、嵐のように戦う騎士は他にいます。
ここで例に挙げた中には、俺の友人も含まれている。
同じように騎士団内で出世して、最後の最後で所属が分かれた。彼は槍を使わせたら右に出るものがおらず、大将軍にまで出世することになる。
しかし直接戦って勝てないかといえば――。
――盾が槍より弱いということはない。それを証明したからこそ、君はここにいるはずだ。
――私は君が最強の騎士になると思っている。私の盾になるのだから、そうでなくては困る。
それは控えめながら、確かに陛下から賜った命令だった。
天帝の護衛を任じられた以上は、俺はもう誰にも負けることを許されない。決して敗北することなく、あらゆる脅威から陛下を護り続けよう――そう思った。
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