第二十話 魔力測定
俺たちが集められた場所は、闘技場のような建物の内部だった。
これが魔法学園の誇る技術ということか、半球状の屋根で覆われている。魔力に反応する材質でできた屋根は、俺たちが全員入場したところで中心から一気に透明に変わり、屋根の向こうにある青空が見えた。
魔法学園の教官が二人がかりで魔力を通して、屋根の色を変化させたのだ。魔皇姫アウレリスが言っていた通り、教官の実力はかなりのものだと推察できる。
「綺麗……こんなに立派な施設が、魔法学園の数ある建物のうちの一つなのですね」
「在籍している生徒は五千人、関係者を含めると一万二千人がこの島で暮らしているからね。僕らの国の地方都市一つに相当する規模だよ」
「五千人……今年入学する生徒の定員は五百名でしたね。事前の審査を通っても、この最終試験の結果次第では……」
「大丈夫、僕らも勉学・運動・魔法の研鑽は積んできたんだ。加えてカノンは、料理っていう特技もあるしね」
「は、はい……成績評価においては、特技は入らないと思うのですが。お褒めの言葉は受け取っておきます」
入らないかどうかは、この魔法学園の体質次第だろう。生徒の個性を重んじるのか、魔法や勉学のみを評価するのか。
最終試験は数年ごとに基準が変わるらしく、面接のみで終わった年もあるらしい。生徒同士で模擬戦を行い、その内容を評価して全員に順位をつけた年もあったそうだが――その年の一位の生徒は相当な実力を持っているだろう。
「兄様、あの三つ置かれている大きな水晶は、何に使うのでしょうか?」
「あれは……
魔道具は詠唱句が短い下位魔法を発動できるようにするものが多く、上位魔法も発動できるが、その場合高価な魔石が必要となる。
魔導器はいわば、据え置きで使う巨大な魔道具であり、携行できない代わりに複雑な術式を発動することができる。千人の生徒は三つの集団に分かれて並んでいるのだが、一つの集団の前に一つずつ、大人の背丈ほどの高さがある水晶が置かれていた。
俺たちは願書を出すのが遅かったのか、最後列に並ぶことになった。俺はまさに最後の一人だ――この会場全体の状況を把握しやすいので、この位置になったこと自体は悪くない。
(あんな巨大な魔石の塊……それも純度の高いものを、よく三つも集められたな。いや、あれが噂に聞く『神石』なのか……? この島で採掘されたのか、七帝国のいずれかから持ち込まれたのか)
「ここに用意されている魔導器なら、試験に関係が……ああ、カノン。そろそろ始まるみたいだから、静かにしていようか」
「はい、兄様」
俺たちを連れてきた指導教官は三名。補佐の教員も二名ずついて、彼らの一人が代表して挨拶をするのだろうかと見ていたのだが――この場を満たした空気の変化を肌で感じた。
生徒たちの前方、空中に、一人の人物の姿が浮かび上がる。所在を感じさせずに離れた場所に幻影を出現させる――かなり高度な魔法の使い手だ。
「あ、あれは……他の教官か……?」
「あの幻影、どうやってるの……? 何の媒介もなしに、こんなことができるなんて……」
生徒たちがざわついているが、注意深く観察すれば媒介は見つけられる。
(天井が透明になったとき、魔力が集約している点があった。ほぼ透明に近い魔石が埋め込まれて、それが魔法の媒介になっている。魔石から下方向に魔力の流れが生まれていて、幻影の範囲と一致する……つまり幻影を出現させている魔法使いは、多忙な人物ということかな)
魔法学園の重要な役職に就いている人物が利用する、遠隔魔法設備。そういったものが広大な魔法学園の各所に用意されているというのは、考えられる話だ。
「生徒の皆さん、静粛にお願いいたします。これより、副学長より挨拶がございます」
学長の他に何人か副学長がいると聞いていたが、そのうちの一人は女性のようだ。
幻影として浮かび上がっている副学長の種族は、竜人――皇族や貴族が『角隠し』を着用する種族で、彼女も帽子を被っている。
竜人族はその名の通り、竜の化身が人と交わって生まれたと言われている種族である。その血を濃く継いでいる者は『竜角』と、『力ある眼』のひとつである『竜眼』を持っている――この眼を獣人族は特に苦手とする。竜人は獣人の天敵とされているからだ。
『諸君には初めてお目にかかる。私の名はマティルダ・リントブルム。この学園の副学長を務めている』
竜人族は他の種族から見ると、感情がほとんど見えない。生物としての強靭さ、魔力など、他種族を平均的に凌駕している。それゆえに非常に気位が高く、竜人が全種族の頂点であるという意識を当たり前のように持っている。
生徒たちの中には、副学長が姿を見せてから不穏な気を発している者がいる。俺たちとは他の集団に多数が固まっている獣人族だ。
俺個人としては、竜人に力を認められたときは良き友になれると思っている。他の種族に対しても苦手意識はないので、せっかく学園に来たのだから、多くの知己を得たい。
『事前審査で、諸君らは水準を満たす能力を認められた。年齢制限については一部の受験者に特例を設けているが、特例者だからといって無条件で合格とするわけではない。各国の皇家の方々にも、他の生徒と一点を除き、同じ条件で最終試験を受けていただく』
「その一点とは何ですか? 私は年齢について特例を受けていますので、有利になるような条件は加えないでいただきたいのですが」
真ん中の集団の最前列にいるエリシエルが言う。アウレリスも同じようなことを言おうとしたらしく、俺たちの集団の最前列にいるのだが、手を上げかけたところが見えた。
年下のアウレリスがエリシエルに張り合う関係ということのようだが、聖帝国と魔帝国の皇姫同士に幼少から交流があるというのは驚くべきことだ。二つの国は隣合わせだが、不戦結界を越えて行き来があり、皇家同士が交流していることになる。互いを宿敵としていた国がそこまで国交を回復したのは、千年前を知る俺からすると奇跡のようなものだ。
『各国の皇家の方々は、その力を秘匿する権限を持っております』
皇姫たちに対しては、マティルダ副学長も敬語を使う。副学長自身も竜帝国の貴族であるようだが、竜皇姫もこの会場にいるので、彼女に対して特に敬意を払っているのだろう。
『そのため、これからこの場で行われる魔力測定においては、別途時間を設けて個別に行わせていただきます』
「分かりましたわ、それでしたら異存はありません。皇姫だからと試験を有利にされるようなら、この学園とは縁がなかったと考えていたところですわ」
『そのようなことは決していたしません。皇姫の方々は本来入学する年齢よりお若い方もいらっしゃいますが、事前審査で優秀な成績を残していらっしゃいます』
「あたしたちは賢いもの。誰にも負ける気がしないよね、クズノハ」
「そうだね、ユズリハ。でも競争とかできればしないほうがいいかなぁ、あたしは」
エリシエルのいる集団の、さらに向こう――一番右側の集団の、最前列。
そこにいる獣耳を生やした、特徴的な衣服を着た少女二人は、どうやら双子のようだった。ユズリハとクズノハ、二人はおそらく獣帝国の皇姫だ。ユズリハの方は活発に見えるが、クズノハの方は話し方からしておっとりとしている。
あろうことか、同じ集団に竜皇姫もいる。遠目に見て分かるほど潜在的な魔力が強い――自身で抑えているが、解放すれば一般の生徒が『魔力酔い』を起こしそうなほどだ。
エリシエルの集団にいる人帝国の皇姫は発言しないため、今はどのような人物かは分からないが、護衛と同じように帯剣を許されている。皇姫が剣を使うのか――千年前の人皇帝は剣の達人でもあったから、姫が剣術をたしなむというのは不思議でもないか。
(兄様、鬼帝国の皇姫様はいらっしゃらないようですね)
魔力感応でカノンが話しかけてくる。アウレリスは『六帝国の協議で』と言っていたので、皇帝が事実上不在の天帝国を除き、他国の皇姫は全員入学するはずだ。
(鬼皇姫殿下は、事情があってこの場にはいないんだろう……しかしこの人数で魔力測定をするのか。かなり時間がかかりそうだな)
『測定は複数人同時に行うことができるので、五人ずつ前に出て測定用の魔導器に触れてもらう。最も微弱な魔力、平常時の魔力、可能な限り強い魔力を測定する必要があるため、得意な基礎詠唱を使ってもかまわない』
体内の魔力を練るためだけに使う単純な詠唱句が基礎詠唱だ。「我が魔力よ」というだけでもいいし、掛け声や囁くような祈りでもかまわない。
『これは稀なことだが、特定の生徒の魔力が突出している場合は、後日詳細に測定をさせてもらう。順番待ちの間は前の生徒を見ていてもかまわないが、席を外してもいい。測定開始時に不在の生徒は順番を後回しとする。以上だ……諸君の健闘を祈る』
副学長の幻影が消えてゆき、皇姫たちは指導教官に連れられ、近侍を伴って会場を出ていく。順番が遅い生徒は、この場に残らず一度出ていく者もいた。
「兄様、お昼を摂る時間はあるでしょうか?」
「見たところ、余裕はありそうだ。腹が減っては戦はできない、一度ティートのところに戻ろう」
騎獣となって魔法学園に運んでくれた恩人――恩猫か――のことを忘れてはいけない。
すでに順番の回ってきた生徒たちは魔導器に触れ、基礎詠唱とともに魔力を最大まで高めている。
最大のはずだ。はずなのだが、あれでいいのだろうか。
ここには七世界から、将来各国を支える魔法使いの卵たちが来ているはずである。彼らの力が、これほど――いや、まだ判断するには早い。
「……兄様、どれくらいのお力を出されるのですか?」
カノンが期待するように聞いてくる。俺はすぐに答えられない。
千年を経て魔法技術は発達したので、驚くような力を持つ魔法使いが多くいるはずだ。俺もミューリアから学んで現在の魔法に順応できているが、他の生徒たちの中には俺を凌駕する者もいて、彼らを越えるべく研鑽する日々が始まる――そう思っていた。
まだ測定している生徒が少ないので、上位の生徒ならば俺が思うような凄い魔法使いがいる。いるはずだ。いてくれなければ困る。
「うぉぉぉぉっ……!!」
「我が主君に捧ぐ……!」
「弾け飛べぇぇぇっ!!」
魔導器に向かって声を発し、最大魔力を測定している生徒たちは、各国の貴族に見える。教官や他の生徒に感心されているので、彼らの魔力はきっと強いのだ。
俺は全ての疑問をねじ伏せ、その場を後にした。護衛騎士の信条は、決して油断をしないことだ。たとえ万が一にも、負ける気がしない状況であるとしても。
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