第三十三話 協力要請


「……幻影舞闘について話を続ける。ロイド殿、貴君の戦闘中の所作については一つ一つが驚嘆に値するというのが、ミツルギ教官の評点に付記されている。それは私にとっても同じ意見で、一度攻撃に転じる気配を見せたが、最終的には『受け』を起点にしている。自分から攻撃をせず、ジルド殿と同じ術式を返した理由は?」

「それが僕の礎となる戦術だからです。自分から攻撃をしないというのは、手心を加えているからではありません」


 護衛騎士としての理念については語ってもいいだろうか――俺は今騎士ではないが、果たすべき役目は護ることだ。


「護衛の基本は、『受け』を起点に考えることにあります。敵の攻撃を無効化し、護るべき人物の安全を確保した後に反撃する。先手必勝の考えもありますし、攻撃は防御を兼ねるという考え方もありますが」


 今度はメイド服の女性が両手を合わせている――目がキラキラと輝いているのは気のせいだろうか。


 何となくだが、彼女の立場はマティルダ副学長の護衛でもあるのではないかと思えてきた。それで俺の考えに共感してくれているというのは、考えられなくはない――だろうか。女性の考えることは海のように深淵なので、推測にしても頼りない。


「一対一の試合においても、その考え方を重視したと……しかし、それを実行することは容易ではない。まず一つ、魔力の色が一致しなければ相手と同じ魔法は使えない。そして、詠唱についてもただ闇雲に唱えるだけでは魔法は発動しない。さらに言えば、鍛錬を重ねた相手の魔法と同じ詠唱をしてその場で凌駕するなど、ますます難度は極まる」


 話しているうちにマティルダ副学長の声に熱が籠もってきているのは気のせいだろうか――竜人は感情の起伏が少ないというのは、強い種族であると自他共に認めているために、感情を動かす出来事が少ないからというだけなのかもしれない。


「……ロイド殿、ここまで言って伝わったかと思うが。貴君の実力には、未だ底知れないものがある。魔力の特殊性以外にも、評点を高める要素は幾らでもある。しかし最も私が称賛すべきと思ったのは、いくら挑発を受けても相手を尊重しようとしたその心だ」

「いえ……僕はどんな方法を選んでも、自分が勝たなければならない以上は、彼の誇りを傷つけるだろうと分かっていました」

「それでも辞退するという考えはなかった。私はそのことについても感謝したいと思っている。貴族の上下関係を意識し、力を発揮できない生徒もいるからだ。そういった生徒もなるべく正当に評価したいと考えてはいるが、取りこぼしは出てしまう」


 魔法学園が貴族間の関係に介入するのは、政治的にも難しいことだというのは分かる。


 バルガスが主人より優れている部分を持ちながら、ジルドより低い評価に甘んじているのは、主人に対する忠誠によるものだ。まして同じ国で爵位が異なる貴族が同時に受験したら、上位貴族の成績を下位貴族が上回ってはならないという暗黙の了解が働くのだろう。


 今回の試験において、天帝国の公爵・侯爵家の生徒は参加していない。上の学年には在籍しているそうなので挨拶をする機会はあるだろうが、俺たちに対してどんな見方をするかは、個人で大きな差がありそうだ。


「色々と話をしてきたが、あまり時間を取らせるわけにもいかない。まだ今日のうちにやることは残っているのでな……まず一つ。ロイド・フィアレス殿、貴君の成績は全体順位から除外させてもらってもいいだろうか」

「入学の許可がいただけるなら、それは構いませんが」

「すまない。本来なら、生徒全ての代表として挨拶をしてもらうほどの立場にある。しかし今年は、貴君らも知ってのとおり、天帝国を除いた六国の皇姫殿下が入学される。彼女たちの中で序列をつけることにも異論があり、七位より上は順位をつけないこととなった」

「皇姫殿下の皆様は、やはり他の生徒とは違う環境で授業を受けられるのでしょうか」


 カノンの質問に、マティルダ副学長が視線を伏せる――しかし沈黙している時間は長くはなかった。


「六国からそれぞれの要望があり、中には個別で授業を行って欲しいという要請もあったが、最終的には皇姫殿下は同じ教室で学ばれることになった。最初から全員が揃うということは無いかもしれないが、所属は特別科ということで、本学園で学んでいただく」

「特別科……僕たちと同じクラス、ということですか?」


 俺たちが上位の成績を取ったとしても、皇姫殿下たちは他の生徒と一緒に学ぶことはないのだろうと思っていた。


 しかし、どうやらそうではないらしい。皇姫たち同士の交流を行うことは、現状ではリスクがあるようにも思えるが――聖皇姫と魔皇姫は、生徒たちの前で張り合ってしまうほど関係が良くない。


「特別科に所属する生徒については、成績が優秀であることは勿論だが、皇姫殿下と良好な関係を築けると見込まれる者を選抜したかった。爵位の関係で力を発揮できない生徒もいると言ったあとで、皇族の方々に特別な配慮をするというのは、矛盾していると思うかもしれないが……」


 貴族の間にも特権階級としての意識はあるが、皇族を同じ次元で語ることは、この七国の民にとってはありえないことだ。


 絶対的な支配者。尊敬と畏怖の対象――各種族の頂点に立つ存在なのだから。


「同時に、私たちは皇姫殿下が学ばれるうえで、一部の生徒に協力を依頼したいと考えていた。ロイド殿はカノン殿の護衛をしているので、その務めが優先されることは理解している。そのうえで、是非頼みたいことがある」


 その次に言われることは、すでに想像がついていた。


 妹の護衛という以外は、普通の学生として過ごすことになる――そう思っていたのだが。


 マティルダ副学長が席を立ち、自分から机を回り込んでこちらに歩いてくる。そして彼女は俺に頭を下げたあと、こう言った。


「ロイド・フィアレス殿。貴君には、皇姫殿下が安全に学ぶことができる環境づくりに協力を願いたい」

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