第32話 追跡
時間は少し巻き戻る。
フィオナは作業員たちを尾行する。プロレス会場の駐車場へ出ると、男たちは重たいリングロープを車に積み込んでいた。それを見てさらに疑いを深める。積み込んだ車がベンツのCクラスだったからだ。
なんでちょっといい車に乗ってるのよ。腹立つわね。普通そういう仕事をするときはメーカーのロゴ入りバンに乗るはずなのに。
「ヘイ、タクシー」
フィオナを乗せたタクシーは、作業員を乗せたベンツを追う。
「あ、そこ、曲がったわよ。道が混んでるけど、ちゃんとついて行ってね。絶対に見失わないでよ」
「ご心配なく。このニューヨークはわたしの庭みたいなもんでしてね、車の流れも道路のつくりも、よくわかってます。そこらの者に後れを取ることはありません。お客さんは安心してくつろいでいて下さい」
フィオナが後部座席から前の車を指さした。
するとタクシードライバーは軽やかなハンドルさばきを見せる。車で混雑した道の隙間を縫って追跡し、つかず離れずの距離を保つ。ニューヨーク市街を知り尽くした運転であった。
「しかしお客さん。前の車を追いかけろだなんて、いったいどういう要件なんですか? 映画なんかではよく見ますけど、実際にこんなこと言われたのは初めてですよ」
「正義を実現するためよ。悪事を白日の下にさらし、より良い世の中を作る。私は今、戦っているのよ」
「……ははーん、わかった。あの車に乗ってるのはお客さんの恋人ですね。でもって、他の女の所へ行くから、その現場を押さえようってわけでしょ。いやあ、浮気ってのは大変なもんですよねえ。私の同僚なんかもね、まるまる一年間かけて尾行したうえ、郵便物やスマートフォンの記録まで取って――」
んもう、うるさいわね。気が散るじゃないの。
ドライバーはお気楽だったが、フィオナは違う。今この瞬間も目を光らせ、わかったことをスマートフォンにメモしている。
車種はベンツのCクラスで、色はド派手な赤。車のナンバーは11111111。乗り込んでいる人数は確か4人で、全員が体格のいい男。リアガラスから車内の様子は……、見えないわね。スモークガラスになってる。それから、作業着についてたロゴはどこの会社のやつだったかしらね。
フィオナはスポーツメーカーのロゴについてスマートフォンで検索すると、すぐに有名どころのロゴ一覧が表示される。
その中から記憶と一致するものを探していると、再びベンツが曲がる。今度は路地裏に入っていった。
「ここで止めて」
直感が走る。何かするに違いない。フィオナはタクシーを降り、路地裏を覗き見る。
高いビルに囲まれた路地裏は、日の光が入らないため昼なのに暗く、空気もよどんでいる。気味悪い雰囲気さえ漂っており、常として静かで人通りもない場所だ。
しかし、スーツ姿の男が一人、何かを待つように立っている。
車はスーツ男の元まで行ってとまり、作業着姿の男たちが下車する。スーツ男が何やら指示をすると、作業着姿の男たちはトランクを開けてリングロープを取り出し、それをゴミ箱に放り込んだ。
フィオナは激怒した。なああああにが原因の究明よ。ゴミに出してるじゃない。やっぱり隠ぺいする気だったのね。あったまにくる。アンソニーにケガさせといてなんていうことすんのよ。絶対に許さないからね。
フィオナはスマートフォンを構え、男たちがリングロープを捨てる決定的瞬間を激写。さらに、カメラをズームアップし、作業服たちの顔を撮影。次にスーツ男の顔にピントを合わせたところで、背筋が凍り付いた。
なんでこいつが……。こいつがいるってことは、このスポーツメーカーは、もしかして!
悪い予感で鳥肌が立った。フィオナはスマートフォンを操作し、先ほど調べておいたロゴについてさらに調べる。メーカーの名前を確認してホームページに飛ぶと、トップページに『買収されました』の知らせがある。それを見て、ああやっぱりねと頭を抱えた。悪い予感が当たってしまった。スーツ男とスポーツメーカーが一つの線でつながった。
男たちが車に乗り、路地裏を去っていく。
フィオナは車が遠く走り去るのを見送ると、さらなる証拠を得るため、ゴミ箱まで行ってふたを開けた。なかには切れたリングロープがある。手に取って検分すると、恐ろしいことがわかる。ロープの切断面が焼け焦げていてる。普通にプロレスをやったのでは絶対にこうはなるまい。さらに注意深く見てみると、切断面に電子部品が埋め込まれている。電子部品について詳しい知識はなかったが、遠隔操作で爆破する装置と考えて間違いあるまい。
フィオナは確信した。アンソニーの事故は事故じゃない。意図的に引き起こされた事件だ。アレックスに伝えなくては。連絡するためスマートフォンを取り出したが、操作する手が震えている。
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