悪党と二人
第34話 待ってた野郎
「ここが院長室です。では私はこれで」
ドアの前に案内し、看護師は去っていった。
アレックスは不思議に思った。あんたが紙をくれるんじゃないのか、と、首をかしげたが、深く考えることでもない。大ケガなんだし院長が直々に話をするということもあるだろう。
ドアをノックし「どうぞ」という返事を待ってから院長室に入った。
院長の執務机に男が座っている。アレックスに背を向けて窓の外を見る形で座っていたが、ひじ掛けに置いた袖が見えて、白衣じゃなくスーツを着ているのがわかる。
「ハロー。書類と資料があると言われてきました」
「それよりもお話をしませんか」
腰かけた男はそう言うとともに椅子を回転させる。
その顔を見て、アレックスは目を見開いた。院長の執務机に座っているのは見知った顔、オーフェンだった。
「うげえ、オーフェン。人を付け回しやがって」
言うが早いか、アレックスは身をひるがえしてドアから逃げようとノブをひねる。が、開かない。ドアがシーザーに抑えられている。入室したときは気づかなかったが、室内をよく見てみれば、以前に襲撃してきたやつらが全部で6人、入り口側の壁に背をつけて、張り付くようにして潜んでいた。
待ち伏せだ。くっそ、やられた。
「お前ら、病院でも騒ぎを起こすのかよ。いいよ、こいよ。そっちがその気ならやってやる」
腕まくりするアレックスを見て、オーフェンはにこやかに首を振った。
「まさか。高名なプロレスラー殿に対して暴力をふるうわけなんてありません。いやはや、遅ればせながら、レスラーとしての成功、おめでとうございます」
「なんだよ、おべんちゃら言いに来たのか? 言っとくけど、そんなことしてもヘラクレスは渡さないぞ」
「ほお、ヘラクレス。ライオンの毛皮だからもしやとは思っていましたが、いやはやまさか本当にそんな大物だとは。彼と話すのが楽しみですねえ」
取引相手が激怒しているにもかかわらず、オーフェンは感激で目を輝かせた。彼はヘラクレスの入手を疑っていない。待機させていた学者たちに連絡しておけと、お供に命じさえした。
「おいおい、ヘラクレスは渡さないって言ってるだろ」
「これは失礼。話す順序が入れ替わってしまいました。まず、私が今日ここへ来たのは、あなたのご友人であるアンソニーさんを見舞うためです。私は昨日からこの病院のオーナーになったものでね」
「はあ~? 人殺しのサイコ野郎が見舞い? 信じられねえな」
「ひどい言い様ですねえ。ずいぶんひどいケガだと聞いて、何か力になれないかと思ってやってきたというのに」
「お前の力なんか必要ない。さっさと帰れ。アンソニーに近づくなよ」
アレックスはそう言うと振り返って、ドアを抑える男に「どけオラア」と手を振る。
その背中を見て、オーフェンは笑みを浮かべる。
「そんなこと言っていいのですか? 私、アンソニーさんを治せますよ」
振り返ったアレックスは震えた。オーフェンが口の端を吊り上げ、ぞっとする笑みを浮かべているからだ。
「は……、はあ? なんて、今なんて言った?」
「アンソニーさんを治せる、と言ったのです。きれいさっぱり、またプロレスをできる体にしてあげられます」
「マジかよ」
「ええ、マジですよ。我がタイタングループの最新医療と科学技術をもってすれば可能です。もちろん対価はいただきますが」
対価、と聞いてアレックスは苛立った。このオーフェンというくそったれは、やっていいことと行けないことの区別ができないらしい。ヘラクレスを入手するために、アンソニーをダシに使っている。少しは手段を選べってんだこの野郎、と、怒りがふつふつとわいてくる。
「お前なあ、アンソニーの症状も知らないくせに適当言うんじゃねえぞ。ヘラクレスをだまし取ろうってんだろうが、その手には乗らないからな」
「では、もし本当に治せるというのならば、ヘラクレスを譲っていただけるのですね」
「それは……。もし治せるなら。本当にプロレスができるまで回復するなら、喜んで渡すよ。誓ったっていい」
「では取引成立ですね。今日の午後五時、病院へ来てください。素晴らしいものを見せてあげましょう。あなたはそれを見て、必ずイエスと言う」
オーフェンはそう言うと、では準備がありますので、と院長室を後にした。
入れ替わりで本物の院長が入室して来た。手を差し出してアレックスに握手を求める。
「いやあ、新しいオーナーとお知り合いだとは。ご友人は精一杯ケアしますので、何卒よろしく」
「え、あ、はい」
「それではこちらが――」
院長は懇切丁寧に資料や書類の説明を始めたが、アレックスの耳を素通りする。
代わりにオーフェンの言葉がいつまでも鳴り響く。
私、アンソニーさんを治せますよ。
オーフェンのやつ、なんていう嫌なやり口を。腹が立つ……けど、ずいぶん自信ありげだったな。もし、本当だったら。
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