第43話 対決3

「オラオラ、もっと撃って来いよ。そんなへなちょこ、なんぼ来ても余裕なんだよ」


 アレックスは挑発した。時間を稼ぐためだけでなく、とある『懸念』があるためだ。すると挑発はうまくいったようで、空から火球が降ってきた。アレックスは右に飛び、それを悠々と回避した。


 火球は芝生にぶつかって大爆発。火の粉と熱をまき散らし、でかでかとクレーターを造った。恐るべき威力だが、もはやこんなもんにビビるアレックスではない。はじめのうちこそ面食らっていたが、10も20も避けているうちに、おのずと慣れて余裕も出てきた。この調子なら警官が明かりを集めてくれるまで時間を稼ぐことは難しくない。それとも反撃の方法を見つけてやっつけてしまおうか。何かいいアイデアはないものか……。


 と、考えているうちにまた火球を飛ばされた。


 アレックスは火球を避け、『フン』と鼻で笑った。何の工夫もないじゃないか。これがプロレスだったらブーイングものだぜ。ったく、世界一の大企業のCEOが聞いてあきれる。これなら俺のジャグリングのほうがよほど工夫してる……。


 と、アレックスの頭に反撃のアイデアが浮かんだ。ジャグリングである。落ちてきたものを受け止め、上に投げ返す。これをジャグリングの球じゃなく火球でやればオーフェンにぎゃふんと言わせることができる。問題は、火球が死ぬほど熱くて、受け止めるために触ったら文字通り死んでしまうことだ。しかし、今なら解決できる。額にいる相棒へ話しかける。


「おいヘラクレス、反撃のアイデアが浮かんだ。確認したいんだけど、お前、毛皮は燃えないって言ってたよな?」


「そうだ、私は燃えない。私の神話の道具としての力は、身に着けたものに剛力を与えるだけでなく、防具として破壊不能でもある」


「そいつはグッドだ。それじゃあ今からお前を使うから、協力してくれ。お前がやることは――」


 アイデアの説明をすると、ヘラクレスはオーケーだと頷く。


 オーフェンがプロメテウスのほぐちを振り下ろし、アレックスへ火球を飛ばした。

 アレックスは額からヘラクレスをむしり取ると、頭と足の両端をそれぞれ左右の手で引っ張って張り詰めさせ、体の正面に構えた。


 火球がアレックスに突っ込んでくる。アレックスはそれを受け止めない。体の前面に構えたヘラクレスで火球を受けると、火球を袋に入れたような状態になり、それを体の側面に受け流した。


 火球はヘラクレスに包まれたまま、勢いそのままに飛んでいく。


 アレックスの体が火球に引っ張られる。ヘラクレスを握る手に渾身の力を込めて火球の勢いを殺すと、そのまま踏ん張ってヘラクレスを振るい、火球を投げ返した。


 オーフェンは鼻で笑った。何をするかと思えば大道芸ではないか。炎を操る私が、炎に焼かれるわけないだろうに。投げ返してきた火球は避けるまでもない。この機会に、奴らと私の差というものを見せつけてやろう。


 アンソニーが火球を避けようとするのを、オーフェンは手で制する。そしてプロメテウスのほぐちをふるうと、ほぐちから爆風が吹き出た。爆風は渦となってオーフェンの周囲を吹き荒れ、彼を守る壁となった。


 火球が爆風の壁に当たると、バーンという大きな音を立てて爆発し、辺りに目のくらむような火の粉が飛び、次に煙が満ちる。しばらくしてそれが晴れると、爆風の壁が無傷で現れた。


「フハハハハ、どうだ、アレックス。君の大道芸など何の意味もない。もはや勝ち目はないぞ。私は寛大だから勧告するが、今すぐに毛皮を渡せば命だけは助けてやってもいいぞ」


 オーフェンは高笑いすると、プロメテウスのほぐちを振るって爆風の壁を取り払う。地上で絶望顔をするアレックスを見下ろそうとしたが、目に飛び込んできたのは、拳を突き出しながら飛び込んでくるアレックスだった。


「避けろ!」


 ライオン男の拳が鉄砲玉の速さで迫ってくる。オーフェンが大慌てで叫ぶと、彼を抱えたアンソニーは宙を蹴って横っ飛びする。拳の直撃は間一髪で免れたが、拳はオーフェンのほほをかすめた。


「だーっははっは、何か偉そうなこと言っていたが、しょせんはデスクワークのお偉いさんだ。毎日やりあってるプロレスラーとは踏んだ場数が違う。壁で防ぐのまでは立派だったが、そのせいで前が見えなくなったんじゃ意味ないぜ」


 アレックスが嘲り笑った。


 オーフェンのほほに一筋の傷ができ、うっすらと血がにじむ。それを指でぬぐうと、みるみるオーフェンの顔が怒りに染まる。オーフェンはアンソニーの頭を乱暴に引き寄せ、何やら耳打ちした。


「それはいくら何でも」


 耳打ちの内容に、アンソニーは眉をひそめた。


「いいからやりたまえ。私は今、口答えされたくないのだ」


「しかし。考え直してください」


「やかましい。君は私に「絶対の忠誠を誓う」と言っただだろう。それと引き換えにあの子を歩けるようにすると約束したのだ。それともここで契約解消かね? 私は構わんよ、あの子の足になんて興味ないからね。一生を車椅子で過ごすことになってもなんとも思わない」


 こう言われると、アンソニーは従うしかなかった。オーフェンの指示どおり、アレックスと距離を保ったまま地上二メートルの高さまで高度を落とした。

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