第5話 パーティーの招待

「はあはあ、クソ、あの警官め。なんつうしつこさだ」


 アレックスはセントラルパークの芝生で大の字になり、呼吸を整えた。警官をどうにかこうにか振り払い、汗びっしょりである。


「大変だったみたいだな、お疲れさん。で、結局チラシのほうはどうだ?」


 アンソニーがアレックスに尋ねる。二人はチラシ配りの後にセントラルパークの芝生で落ちあうことになっていた。


「どうもこうもねーよ。さっぱりだ。あの警官さえいなけりゃ上手くいきそうだったってのによ。お前のほうはどうだ」


「この通りさ」


 アンソニーは空っぽになった両手を広げた。全部配り終えたということである。彼はプロレスのためにわざわざ悪人相を作っているが、どういうわけか人に好かれる。神のご加護という奴だろうか。


「マジかよ。なんで俺だけこう上手くいかないんだろうな。昨日のプロレスもそうだし。何をやってもだめだ」


「そう落ち込むな。これも神が与えた試練、乗り越えればスターになれるさ」


「そうだといいんだけどな。ここまでうまくいかないとだめかもわからんよね」


 アレックスががっくりと肩を落とすと、アンソニーその肩に力強く手をのせる。NWEおなじみの光景だが、その景色に今日はもう一人加わる。


「今時チラシを配るなんて時代遅れよ。宣伝したいならこれを使わなきゃ、これを」


 そう言ってフィオナはスマートフォンをずずいと突き出した。彼女は昨日の夜からずっとアレックスに付きまとっている。


「うるせー奴だな。いくらしつこくつきまとっても絶対に手伝わないぞ」


「むう、それは困るわね。けどなんで今時チラシなんてもの配ってるわけ? 原始人じゃあるまいし時代錯誤も甚だしいわよ。」


「なんでって、できることは全部やっときたいからだよ。お前の言うスマートフォンだって使ってるんだぞ。SNSに宣伝用のアカウントもあるし。どれ、本日一枚目の写真でもアップロードするかな」


 アレックスはスマートフォンを取り出すと、ライオンの毛皮を被って自撮りした。朝一発目にしてはまあまあの写真だ。タイトルを『セントラルパークのライオン』にしてアップロードする。そしてすぐさま毛皮をしまった。目立って警官に見つかるのはまずい。


「あんたわかってないわねえ。そんな面白みのない写真じゃアクセス数は増えないわよ」


 フィオナは呆れ声をだした。人気記者の目は鋭く、宣伝用SNSがしなびていることを一目で見抜いた。


「うっとおしいやつだな。だったらどんなのがいいってんだよ。お前がやってるようなオカルトはごめんだぜ」


「オカルトは好きでやってるんじゃないって言ってるじゃない。あんた顔はいいんだからそれを生かして、いや、筋肉のほうにしとく? ううむ、悩ましいわね」


 フィオナは指でフレームを作り、アレックスを覗き込む。アレックス。職業プロレスラー。人気、無し。顔は引き締まってて、目つきも鼻もきりっとしたハンサム。けど笑うと少しバカっぽい。その分体のほうはパーフェクト。筋肉むきっむきで背も高くて、古代ギリシャの彫像みたい。モデルにでもなれそうだけど……筋肉が多すぎて駄目ね。っていうか肝心のファッションセンスがだめかも。彼の着てるシャツは力こぶを作ってる自由の女神。NWE、彼の所属しているプロレス団体のロゴらしいけど、これはイマイチ。


 フレームからのぞき込むフィオナの視線を感じつつ、アレックスはSNSの写真を見返していた。これってそんなにダメかな。レスラーの筋肉や控室の様子や、どんなものを食べてどんなトレーニングをしているか。レスラーの実態がわかる面白いものだと思うんだけどな。実際問題誰にも見てもらえないし。


 悩んでいると、SNSに一件のメッセージが届いた。


『クールな写真じゃねえか。イカしてるよ』


「わーはっはっは、見ろ、きっと昨日の試合を見てくれたファンだぜ。アホな記事書いてるやつは見る目がなくて困るなあ」


 大はしゃぎのアレックスは、フィオナにスマートフォンを突きつける。

「うそ……、そんなまさか。これも陰謀の一端なのでは……」


「ここから俺のスターロードが始まるんだ。この彼か彼女かは知らんが、俺の大事なファンだ」


 絶句するフィオナの横で、アレックスは丁寧な返事を書く。


『メッセージありがとう。試合ではもっとクールなところを見せるから、いつでも来てくれよな』


 その次の瞬間、またファンがコメントを投稿した。


『それは楽しみ。写真ってセントラルパークでとってるんだろ? 実は今、俺もセントラルパークにいてね。会いに行ってもいいか?』


『もちろんだとも』


 アレックスは即座に反応し、ドロップキックの速さで返信した。迷うはずなんてない。ファンとの触れ合いは夢である。まだまだ遠い存在だと思っていたものが、現実になるだなんて。宣伝用SNSは間違っていなかった。


「よ~お、さっそくだがお邪魔するぜ~」


 ファンが現れ、アレックスは驚愕した。昨日の試合を見てくれたドーナツ男が来るのだとばかり思っていたが、別人だった。つまりファン2号だ。30代半ばで頭髪の薄い男である。アレックスほどではないが体つきもたくましく、着ているのは仕立てのいいグレーのスーツで、おろしたてのようだ。


「俺はシーザーってんだ。突然押しかけてすまねえねあ」


「すまないことなんかないさ。いつだって大歓迎だよ」


 差し出された手を、アレックスはがっちりと握った。シーザーもそれにしっかりと応じる。


「あの写真、すげえイカしてるぜ。ライオンってのはずっと昔から男のあこがれだ。あれを見て、こう、ビビッときてなあ。一発でファンになっちまった。あの毛皮、見せてもらっていいかい?」


「もちろんだとも。おれはあの毛皮をプロレスの入場衣装に使ってるんだ。我ながらナイスアイデアだと思ったね」


 アレックスはこう言ってバックパックから毛皮を取り出し、かぶってみせる。がおー、と、ライオンの真似をするサービス付きだ。少々あほらしいが、なんたって相手はファン2号である。エイリアンより貴重かもしれないその存在を歓迎するのは当然だ。


 それを見て、シーザーの目がギラリと光った。


「ふうん……、やっぱりかっこいいねえ……」


「そうだろう? 一緒に写真でも撮っとくかい?」


「いいや、それよりももっといい話がある。今日の夜に俺の昇進を祝ってパーティーがあるんだが、毛皮を持って出席してくれないか? 俺の仲間も気に入ると思うんだよ」


 アレックスは驚愕した。

 パーティー! お呼ばれ! しかも、毛皮を気に入りそうなやつらが大勢いる!


「行くともさ!」


「それはよかった。……で、そっちのあんたらも一緒にパーティーに来るかい?」


 シーザーはフィオナとアンソニーに問う。アンソニーは「明日ボランティアだから」と断ったが、フィオナはやる気十分だ。


「あら嬉しい。私も行きますわ」


「おい、ちょっとこっち来い」


 アレックスがフィオナの肩をつかみ、軽々と引きずっていく。


「なによ、放しなさいよ」


「なんでお前がパーティーに来るんだよ。お前が好きなのはエイリアンで、ライオンじゃないだろ」


「別にエイリアンだって好きじゃないわよ。仕事だから仕方なく書いてるだけ」


「なんだっていいよ。パーティーに来たってスクープは取れないんだし、お前が来るとしらけるから来るな」


「そういうわけにはいかないわ。あんた、命を狙われてるのよ。そんな人放っておけるわけないじゃない」


「むう……」


 アレックスは返事に迷った。フィオナは自分の身を案じてくれている。彼女はオカルトファンのおかしな奴だが、悪い奴ではないのかもしれない。だとすれば無下に突っぱねるのは気が引ける。いったいどう接すればよいのだろうか。


「それに、これって陰謀に決まってるじゃない。乗り込んで調査するのよ」


「はあ?」


「あんたねえ、おかしいと思わないの? 私が危険を察知した途端に来客があるなんて。しかもあんな変な写真をかっこいいなんて言ってるし。あのシーザーってやつはオーフェンの刺客よ。あんた一人でついていったら毛皮を奪われて殺されるわよ」


「俺のファンに向かってなんてこと言うんだ。さっきから言いたい放題言いやがって。お前は家に帰って宇宙と交信してろよ」


「なんですって! あんたこそへんてこな写真撮ってなさいよ」


 二人は言い合いになった。


「まあ一人でも二人でもどっちでもいいや。午後六時にこの場所に迎えに来るからな」


 シーザーはそう言って去って行った。







 セントラルパーク、午後六時。昼間は憩いの場であるこの公園も夜になればひとけはない。しかし今日はやけににぎやかだ。


「てめえ! 来るんじゃねーと言っただろう。家で魔法使いが儀式の準備をしてるぞ。さっさと取材しに帰れ」


「そういうわけにはいかないわ。陰謀を暴いてスクープをとるため、絶対行くからね」


「陰謀なんかねえって言ってるだろ。普通のパーティーだぞ。くだらない妄想もいい加減にしろ」


 アレックスとフィオナが言い合っている。五分前にシーザーとの待ち合わせ場所で再開してからずっとこの調子で、夜の静けさなんてあったもんじゃない。


 待ち合わせの午後六時になると同時に、一台の車が来た。アレックスはそれを横目で見た。その車は一目でわかる高級車だった。雑誌や映画でしか見たことがない、真っ赤なベンツだ。ある人は美しさをたたえて赤い宝石と呼び、値段に注目した人は動く一軒家とも呼ぶ。夜の闇でも車の周りだけが輝いて見える。どこの金持ちか知らないが、ここになんの用だろうか。


 二人が構わず言い合いを続けていると、ベンツの窓が開いた。


「よおお二人さん、早く乗れよ」


「オーマイガー……、これが、このベンツ様が君の車だってのか?」


 アレックスは目を見開いた。シーザーだ。シーザーがベンツに乗っている。まさか俺の知り合いがこんな高級車に乗っているなんて。アンビリバボー!


「その通り。昇進したって言ったろ? その時のボーナスで買ったんだ。ほら、これを見な」


 シーザーはキーを取り出し、見せつけるように掲げた。メルセデスのエンブレムのついた電子キーだ。金物のカギしか見たことのないアレックスは一瞬混乱したが、すぐに落ち着きを取り戻した。


「写真、とってもいいかな?」


「写真だって~? おいおい、困ったやつだな。見世物じゃないってのに。そんなにこの車が気にいったってのかい?」


「気に入るに決まってる。こんなにすごい車を見たのは初めてだよ」


「本当か? そんなにすごいか?」


「すごいよ! 赤くてかっこいい。マジぶっ飛んでる。これに乗せてもらえるだなんて思うとテンション上がるよ」


「ほうほう、そうかそうか……。そこまで言うならしょうがないな。一枚だけだぜ」


 シーザーは渋々という口ぶりだったが、表情は違った。まぶしい笑顔だ。アレックスが車にスマートフォンを向けると、シーザーは車から降りて車体側面に立ってポーズを決める。


「俺の立つ場所はここでいいか?」


 お前も映るのかよ。アレックスは言葉を飲み込んで撮影を始めた。一枚とると


「おい次はこっちの角度からとってみろ」


 とシーザーに促される。それをとると次はポーズを変えて、その次は二人一緒で。一枚だけという撮影はどんどん増えていき、しまいにアレックスとシーザーは一緒にライオンのポーズをして写真に写った。


「さあ、次はパーティー会場までドライブと行こうじゃないか」


「イェーイ、レッツゴー」


 こいつらアホねえ。フィオナはため息をついて後部座席に乗った。









 そのころ。世界一の大企業、タイタンコーポレーションは大規模な記者会見を行っていた。


 会見の壇上にいるのは、フィオナが陰謀を企てていると言ってきかない男。オーフェンは壇上で喝采を浴びていた。


「指名手配犯を捜索する画期的防犯システムを開発しました。顔写真一つあれば、全米どの防犯カメラやライブカメラに映ったとしても即座に居場所が割り出せます。これさえあれば、悪人に居場所はありません。あなたの子供は安心して外で遊べるでしょう」


「そのシステムの運用はいつから可能ですか?」


 記者の一人が質問した。


 オーフェンはにんまりとして答える。


「それはいい質問ですね。ぜひ聞いてもらいたいと思っていました。答えは、もうすでに運用されている、です。私ら『タイタンコーポレーション』が経営する小売店や病院では二か月前から正式に稼働しています。不具合もなく、警察からの協力依頼も完璧にこなし、順調そのものです」


 詰めかけた記者たちは地鳴りのような拍手を送った。オーフェンは、皆が思い描いていた未来を、大胆なアイデアで現実にしてくれる。だからこそ彼の経営する『タイタンコーポレーション』は飛躍を続け、オーフェンも世界一の金持ちとなったわけだ。


 発表を終えたオーフェンは壇上から降りた。


 それを秘書が出迎える。


「ミスターオーフェン、大成功でしたね。この後のスケジュールですが――」


「キャンセルだ。部下のパーティーに出席しなければならない」

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