第29話 事故

 そして今日の試合が始まった。


 今日の全四試合は、アレックス率いるライオン軍団とアンソニー率いる地球防衛軍が地球の覇権をかけての抗争ということになっている。


 第一試合、フライングクロスチョップからのサバンナ式四の字固めで赤コーナーのフォール勝ち。

 第二試合は両者リング外に出てパイプ椅子で殴りあう大乱闘を繰り広げたのち、青コーナーがロケット固めで勝利。

 第三試合は荒れた流れを引き継ぎ、試合序盤からパンチの応酬。不利になった赤コーナーがパンツに隠し持っていた栓抜きを凶器として使い一時は逆転するが、怒った相手が意地の頭突きで応戦し、結果はダブルノックアウト。


 ここまでの三試合、すべてがうまくいっている。オーフェンの部下が乱入することもなく、会場に爆発物が仕掛けられていました、なんてこともない。試合展開も一勝一敗一分けと完全に互角だ。次の試合の勝者が地球の覇権を握るという事であり、試合会場はいやがおうにも熱を帯びる。


 しかし、次の第四試合が最も危険だ。アレックスの出番だからだ。オーフェンの狙いはあくまでもアレックスの持つ毛皮だし、タイタンがスポンサーになる条件として『アレックスとアンソニーが試合を行う』ことを提示してきている。


 ここまで何もないからといって全く安心できない。アレックスはロッカールームで悩んでいた。そこにスタッフのブルースがやってきた。


「おいアレックス、そろそろ入場口へ移動だぞ……って、なんだお前、緊張してるのかよ」


「ん、えっと、ああ、そうかもな」


「そんな繊細な奴じゃないだろうに。ほれ、行くぞ」


 ブルースは、アレックスがうなだれているのを見ても心配する様子はなく、背中をバチンと叩いて入場口への移動を促した。


 アレックスは足を引きずって選手入場口へ進む。


 選手入場口が近づくにつれ、会場の熱気、ファンの興奮が空気に混じる。これはプロレスラーを酔わせる最上級の美酒であり、吸い込んだアレックスの足取りは徐々に軽くなっていく。入場口のドアが見えてきた。あのドアを潜り抜ければ、ファンの大声援が降り注ぐ。そう思うと、憂いはきれいさっぱり感じなくなっていた。


 これだけファンが期待してるってのに、しょげてる場合じゃねえ。オーフェンが何かしてくるようなら、この俺のこぶしでぶっ飛ばしてやればいいんだ。


 閉ざされた入場口のドアから、イケイケのロックミュージックが漏れてくる。アレックスの入場曲だ。ドアが開かれた。アレックスは四足歩行で花道を走り、リングへ駆けあがる。


「よお、遅かったな。逃げ出したのかと思ったぞ」


 リング上にはすでにアンソニーが待ち構えていた。腕組みをしてアレックスを厳しく睨みつけ、レスラーとして地球防衛軍の役に入り切っている。

 アレックスもそれに応じてライオン星人になり切る。アンソニーを睨み返し、ゴング席へマイクを要求した。


「地球防衛軍よ、俺のライオン軍団を相手にして互角だとは、敵ながら見事だ。誉めてやろう。しかし、この俺様が来たからには幸運もここまでだ。お前をぶちのめして、今日こそは地球を俺のサバンナにしてやる」


「な~にがサバンナだ。お前にはアマゾンがお似合いなんだよ。返り討ちにして、宅配便で星まで送り返してやる」


 両者はマイクパフォーマンスを行うと、お互いににじり寄り、額をぶつけてにらみあう。二人は一歩も引かずに押し合い、額で押し相撲をする。


 そこへレフェリーが割って入り、ゴングが鳴らされる。地球の行く末を決める戦いが始まった。










 試合は予定通り進み、ついにクライマックス。


 アレックスは突進し、つかみかかる。


 アンソニーはスライディングしてかわす。その勢いのままリングロープにぶつかると、ロープの弾力で反転加速し、ドロップキックした。


 ドロップキックはアレックスの胸に直撃したが、回避が間に合わなかったのではない。


「うおらああああ」


 気合声がひびく。アレックスが胸に渾身の力を込めてドロップキックを跳ね飛ばすと、アンソニーはリング上にひっくり返る。


 その胸の上に、肘を突き出して倒れこんだ。エルボー・ドロップだ。


「ぐっは」


 肘が胸に突き刺さる。アンソニーはうめき声をあげて、大の字のまま動かなくなった。顔をゆがませて、ゼイゼイと苦しそうに呼吸をし、反攻などとてもできそうにない。


 大チャンスだ。ここで試合を終わらせてやる。


 アレックスはリングロープの最上段に上った。120cmの高さに上ると、目線は身長と合わせて300cmとなり、結構な高さがある。ここからアンソニーに飛びかかるのかと思うと、練習を重ねたとは言えど手に汗が出る。


 しかしやらないわけにはいかない。スポンサー様の注文だし、何よりファンが喜んでくれている。この歓声にこたえられないなんて、プロレスラー失格だ。


 アレックスは飛び上がるため、ひざを曲げて沈み込み、飛び上がる。


 その時。


 バチンという何かがはじける音がして、アレックスの足元、リングロープが切れた。


 アレックスにとっては突然地面が消えたようなものである。全く予想だにしない不意のことで、反応できない。不完全なジャンプをして、ひざからリングに落ちた。バキッという乾いた音と、木の枝を踏み砕く感触がした。


「ぐわああああああ」


 尋常ならざる悲鳴が上がった。


 アレックスの全身が凍り付いた。自分のひざの下に、アンソニーの足首がある。剛健で立派な、神殿を支える柱だったような足が。多くの素晴らしいプロレスを演じる原動力となったそれは、しかし今、見る影もない。俺の膝に踏み砕かれ、ぺしゃんこに潰れてる。


 破壊だ。アンソニーの足首が破壊されている。


 なんだこれは。なんなんだ。なんてことだ。なんでこんな。これを、俺がやったのか。俺がロープから飛び降りたせいで、足首の上に落ちたせいで……。


「救急車! 救急車呼んでくれ!」


 アレックスは叫んだ。

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