第28話 嫌な予感
スポンサー試合の日まで、アレックスは練習とトレーニングに励んだ。迷いはあったが、それ以上に気持ちが入ったし、オーフェンの部下たちがまとわりつくこともなかった。万全の準備ができた。
そしてスポンサー試合の当日。いつもの小汚い試合会場は超満員で、試合開始前から熱気が充満している。
それに応えるべく、NWEに所属するすべてのレスラーは気を引き締めて会場入りした。ファンを楽しませよう、スポンサーに気に入られたい、とにかくかっこいいところを見せたい。思うところは様々だったが、目的は一つ。最高の試合というゴールを共有し、だれもが高い集中力を持っていた。
しかし試合直前。選手入場口からリングをのぞき見て、それらは吹っ飛んだ。
「なんだよこれ! すっげえ、ピッカピカじゃないか。いったいどうしたんだよ」
レスラーたちは度肝を抜かした。試合会場のプロレス用品がどれも新品だったからだ。リングマット、リングロープ、ゴング、コーナーポスト、照明、入場時にスモークを発生させる装置……、すべて最新型だ。しかも、高級ブランド製である。遠目からリングを見ても「俺を見ろ」と言わんばかりに輝いていて、小汚いなんてもう言えない。なんだか一流のプロレス団体みたいで、あの舞台に自分が上がるのかと思うと身震いしてしまうほどだった。
「ようようおまえら、驚いているみたいだな」
レスラーたちの背後から、スタッフのブルースが声をかける。にやけた訳知り顔で、たちまちにレスラーたちに囲まれた。
「おいブルース、おまえ、何か知ってるのか? まさか、スポンサーからもらった300万ドルを使ったのか?」
「ふふっふっふふ、そう思うだろう? けど違うんだなそれが。どうして会場がピカピカになったのか、聞いたら驚くだろうぜ」
「もう驚いてるよ。もったいぶらずになんでか教えろ」
「いいだろう。スポンサー様が用具を提供してくれたんだよ。300万ドルとは別に、だ。しかも昨日お前らが帰った後に人を送ってくれて、設営までしてくれたんだ」
「うおおおおお、ありがとうスポンサー様」
レスラーたちが絶叫する中、アレックスは感激のあまり声も出なかった。なんてグレートなスポンサー様だろうか。俺たちレスラーの気持ちを考え、的確にサポートしてくれている。彼だか彼女だかわからんが、最高の試合をしなければならない。やはり、オーフェンを後回しにして正解だった。
「全く、タイタンさまさまだよな」
ブルースは一人小さくつぶやいた。誰にも聞こえないような小声だったが、アレックスの耳に深々と突き刺さった。彼の胸ぐらをつかむ。
「おいブルース、今、お前、タイタンと言ったのか?」
「ああ、いや、その……、突然なにするんだよ。ちびるかと思ったぜ」
アレックスはへらへらと笑うブルースを通路の端に引っ張り、他のレスラーから引き離した。
「ごまかすな、俺ははっきり聞いたぞ、タイタン、とな。俺たちのスポンサーになってくれたのはタイタンコーポレーションなのか? あの世界一の大企業の」
「実はそうなんだ。けど、契約ではお前たちレスラーにスポンサー名を明かしちゃいけないことになってる。だから、聞かなかったことにしてくれ」
ブルースは手で壁を作り、声を潜めた。
アレックスは心臓を握られたような気持になった。タイタンコーポレーションって、オーフェンがCEOやってる会社じゃないか。世界一の大企業で金持ちで、300万ドルやプロレス用具の提供なんて屁でもない。ってことはつまり、NWEに資金やプロレス用具を提供したのは、ライオンの毛皮を狙うための策なんじゃ……。っていうか、策だな。じゃなきゃ、有名になってきたとはいえ、NWEという貧弱プロレス団体に、世界的大企業がかかわるわけがない。
「今日の試合は中止すべきだ。タイタンは危険な企業なんだ」
言おうとしたが、アレックスは口を開けなかった。万が一違ったらどうする。本当にスポンサーになってくれたのかもしれないじゃないか。余計なことをすれば機嫌を損ねて、スポンサーを降板するかもしれない。そうなったら自分だけでなく、他のみんなのチャンスまでつぶしてしまう。そんなことできるか? あんなに苦労して手に入れた可能性を無駄にするのか? 絶対に無理だ。じゃあどうすれば……。
考えても考えてもどうすればいいかわからない。成功してスターになっている自分と、オーフェンに襲われて地に伏せる自分の姿が頭に浮かび、ぐるぐると回る。アンソニーに相談すべきかとも思ったが、それをやれば必ず試合は中止になる。
何かないか。安全を確保しつつ、試合を行う方法が。
考えたが、何も思いつかない。選手控室に戻り、何事もなく今日の試合が終わることを祈るだけだった。
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