第30話 記者の勘

 事故が起こった試合会場は騒然としていた。集まった観衆は事故を驚き、アンソニーの身を案じ、誰もが黙っていられない。


 リング上に担架が届き、アンソニーが運ばれていく。


 見送る観衆は観衆が素晴らしいレスラーの無事を願った。


 そんな中、全く別のことを考えるものが一人いた。


「なんでこんな事故が起こったのかしら?」


 フィオナが眉をひそめた。アレックスとアンソニーは一生懸命練習してたのに、なんで失敗したのかしら。それはもちろんリングロープが切れたからだけど、じゃあなんで切れたのかしら。普通ロープって切れるもんなのかしら? 今までそんなこと聞いたことないわね。しかもロープは取り替えたばっかりの新品で、「お高いやつだぞこれで俺たちも一流だぞ」ってアレックスが自慢してたのに。


 ……ということは不良品かしら。そのせいでケガ人が出たとしたら、事件になるわね。記者として放っておけないわ。


 リングロープを調べるべく、フィオナは客席を飛び出す。ロープが切れたのは赤コーナーのコーナーポストの箇所で、フィオナの席からはリングを回り込まなければならなかった。


 リング下にたどり着いたフィオナはロープの切れた箇所を引き寄せた。


 感じたのは「固い、重い」だ。爪で叩くとカチンと固い音がする。材質はわからないが、より合わせた縄状になっていて、表面を白く塗装というよりはコーティングしてある。太さは1インチ、2~3センチほどだが、その見た目から想像できないほどに重い。何気なく引っ張ろうとしたのだが、金属の塊でも引っ張るような重量感で、とても片手では引っ張れない。リングの上に上体をのせて両手で引っ張りよせた。


 フィオナはうなづいた。なるほど、頑丈ね。レスラーたちが心配もせず上るわけだわ。


 そしていざ切れた箇所、切断面を検分しようとした時。


「エクスキューズミー。お嬢さん、そこをどいてください」


 背後から声をかけられた。振り向くと、揃いの作業服を着てキャップを被った男たちがいる。どいつもこいつも体格がいい。


「あなたたちはだれ?」


「我々はリングロープを製造したメーカーです。今回思わぬ事態が起きてしまい、大変残念に思っております。このような事態が今後起こらないよう原因究明をすべく、ロープを回収に来ました」


 とのことだった。言われてみれば、胸にもキャップにもスポーツメーカーのロゴがついている。


 あれ、と、フィオナは目を見開いた。このロゴ、見覚えがあるわね。確かつい最近、どこかで見かけたような気がする。街中じゃなくて、本じゃなくて、誰かが身に着けていたんじゃなくて……、ネットかニュースだったかしら。


 フィオナが考えを巡らせていると、メーカーの作業員は速やかかつ慣れた手つきでリングロープを取り外し、折りたたみ、3人がかりで肩にかけてロープを持ち出していく。


「私にもロープを見せてもらえませんか?」


「すみませんが、急いでいますので」


「え、あの、ちょっと! 待ちなさいよ」


 作業員は取り付くしまもない。問うたフィオナを押しのけ、駆け足であっという間に会場を後にした。


 は? なんでそんな急いでるわけ? なにか後ろめたいことでもするみたいじゃない。怪しいわね。事故を隠蔽する気かしら。


 フィオナは首をかしげた。そしてその耳に、リング上での声が聞こえてくる。


「今救急車が来るからな。気をしっかりもて」


 アンソニーを気遣うレスラーたちの声だ。いまだ救急車は到着しておらず、アンソニーはリング上でうめき声をあげている。フィオナも彼を心配するとともに、ある重大な事実に気づいた。


 ……まだ救急車も来ていない。それなのにあいつら、なんでこんなに早く会場にいるのかしら。まだ事故が起きてから10分も立ってないのに。まるで事故が起こることを知っていたみたい。というより、事故を起こしたのは彼らなんじゃないのかしら。もしかしたらあいつらがやろうとしているのは、ただ事故を隠ぺいするよりももっと恐ろしいことなんじゃ……。


「陰謀だわ」


 取り残されたフィオナは大声で叫ぶと、会場を出て、作業員たちの後を追う。


 駐車場まで尾行すると、男たちはロープを車に乗せ、出発する。


 それを見て、疑いがさらに深まった。彼ら作業服を着た連中がの乗りこんだのが、ベンツのCクラスだったからだ。


 なんでちょっといい車に乗ってるのよ。腹立つ……じゃなくて、さらに怪しくなってきたわね。普通そういう仕事をするときはメーカーのロゴ入りバンに乗るはずなのに。


「ヘイ、タクシー」


 フィオナはタクシーを呼び止め、乗り込んだ。

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