第31話 怪我
アンソニーが手術室に運ばれ、4時間が経過した。手術室に臨む廊下では、NWEのレスラー、スタッフたちが総出で無事を祈っている。たくましい男ばかりが合計で20人、誰もが神妙な顔で口数も少ない。
中でもアレックスは、手術が始まってからずっとうつむいたままだ。話しかけても一言も発しないし、直立したままピクリとも動かない。ショックなのだ。無理もない。試合中にリングロープが切れるという事故が起きたとはいえ、自らの足で友人を踏み潰してしまったのだから。
『手術中』のランプが消えた。手術チームがぞろぞろと手術室から出てきた。先頭の医師が冷静に言う。
「ベストは尽くしましたが、残念です」
「残念ってどういうことだよ」
アレックスは医師に詰め寄った。
「手術は成功しました。両足首は完全な形で保存できています。できていますが……、アキレス腱は再建できませんでした。両足ともに重大な後遺症が残ります。彼が再び自分の足で歩くのは難しいでしょう」
「そんな! 何とかしろよ。あんた医者だろ、賢いんだろ、プロなんだろ。歩けないだなんて言うなよ。何とか元通りにしろ!」
「そうしたかったのですが、なにぶん状態が悪すぎました。世界中どこの病院に行っても同じ答えが返ってくるでしょう。現状を受け入れて新しい生き方について前向きに考えてみて下さい」
「てめえ! 歩けなくなるってのに、前向きもへったくれもあったもんかよ。わけのわからん綺麗事言いやがって。何とかしやがれ、この――」
アレックスは激昂した。医者につかみかかると、周りのレスラーたちが慌ててしがみついてくる。
「やめろ。落ち着け」
「落ち着いてなんかいられるか。お前ら、アンソニーが歩けなくなってもいいのかよ」
「よくないに決まってるだろ。けど、どうしようもない。先生だってベストを尽くしたんだ」
「うるさい。俺は絶対に絶対に嫌だ。プロレスだってできなくなるんだぞ。あんなにいいレスラーだったのに」
「それじゃあどうするってんだよ。何かアイディアがあるのか。言ってみろ」
「それは……」
何もなかった。アレックスは黙ってしまった。「俺が治してやる」とでも言ってやりたかったが、そんなことできるわけない。それなら治せる病院や医者を地の果てまでさがしてやらあと思ったが、無理だろうと既に言われた。自分の足と交換してほしいとさえ考えたが、それのほうが難しいんじゃないだろうか。アイディアなんて何もない。できることもない。本当に何もない。
そこへ、手術室からアンソニーが運ばれてきた。ベッドに寝かされていて、ベッドごと運ばれている。
その姿を見て、アレックスは非常な衝撃を受けた。あのマッチョでタフなアンソニーが、こんなひどいことになるなんて。寝顔は安らかだけど、それだけだ。全身が、なんて痛々しいんだろう。酸素吸入用のマスクやら点滴やらでチューブが大量につながっているし、心臓の鼓動を図る機械やモニターもついてる。両足首は石膏で厳重に固められ、吊り上げられている。
昨日まではこんな物ついていなかったのに。走って飛んで跳ねて、強烈なドロップキックをしてたのに。なのに、もう、一生できない。歩くこともできない。
アンソニーは病室に運ばれていく。NWEのメンバーもそれに続き、その列の最後にアレックスも加わる。
病室についた。アンソニーは静かに眠っている。
レスラーたちは一応の安心を得て、一人また一人と帰っていく。
アレックスは病室に残った。付添い用のいすを持ち出してベットのそばに座り、アンソニーを見つめる。そしていつの間にか眠ってしまった。
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