第45話 対決5
「オーフェン、やめろ。フィオナには手を出すな。お前の狙いは俺だろうが」
アレックスは必死で抗議したが、オーフェンは肩をすくめた。
「はっはっは、何もわかっていない。あなたは本当に腕っぷしだけが取り柄のようですね。毛皮はともかくとして、私にとってはあなたよりもフィオナさんのほうが遙かに脅威なのですよ。このチャンスを逃すはずないでしょう」
「は? なんでだよ。フィオナは丸腰だぞ」
「ここまで言ってもわからないのですか。考えてみなさい。あなたは正義のヒーローではありません。毛皮をただ持っているだけのケチなプロレスラーです。フィオナさんがいなければ、プロレスの試合に仕組んだ罠に気づくこともなく、今ここでやりあってもいないでしょう。それどころか、私の屋敷で行われたパーティーでとっくに毛皮を売り払っていましたね。いやはや『ペンは剣より強し』とはよく言ったものです。このどさくさでフィオナさんを始末できることを、大変うれしく思いますよ」
全くその通りだと、アレックスは悔しいながらも納得した。フィオナが訪ねてきた日にすべてが始まった。彼女が全てを暴き、悪を追い詰めた。フィオナがいなければ、俺は何度も簡単に丸め込まれていた。それだけに……オーフェンは俺だけでなく、フィオナも絶対に逃さないだろう。万事休すだ。
プロメテウスのほぐちが高く振り上がるのを見て、アレックスはフィオナを抱き寄せた。せめて、一瞬だけでも俺より長く生きてくれ。そして目を固くつぶった次の瞬間、強烈な光が瞼を貫いた。
炎が来る。これで終わりか……と思ったが、炎が来ない。その次の瞬間、セントラルパークに拡声器からの大声が響き渡った。
「待たせたなアレックス。お前の言う通り、ニューヨークじゅうのライトを集めたぞ。さあ、どうなるんだ」
拡声器からの呼びかけを聞いて、アレックスは目を開いた。あまりの明るさで目が痛い。周り中全て360度全方位から光が浴びせられている。この光は炎の光じゃなく、ライトの光だ。アレックスと約束をした警官がこの土壇場で使命を果たしてくれたのだ。ニューヨークにある全てのスポットライト、パトカーのライト、懐中電灯がセントラルパークの一角に集められ、アレックスやオーフェンを照らしている。その明るさは日中の太陽やリング上のスポットライトにも劣らない。
当然、この強烈な人口の光は、空から降る星明りを遮った。セントラルパークにいるアレックス達と彼らの持ち物に星明りは当たっていない。アレックスの額にあるライオンの毛皮にも、オーフェンが手にするプロメテウスのほぐちにも、アンソニーが足に着けているヘルメスのサンダルにもだ。
それら神話の道具が人口の光に照らされた次の瞬間、オーフェンとアンソニーが突如として浮力を失った。糸が切れたかのように自由落下し、ドサッという音を立てて地に叩きつけられる。
「アンソニー、いったい何をやっているんだ。ライトで照らされて驚いたのか? 君の前職はプロレスラーなのだから慣れたものだろうに。ぐずぐずしてないで今すぐ空へ飛びあがれ」
タイタンコーポレーションのCEO、オーフェンは高圧的に怒鳴りつけたが、新しい部下の反応は鈍い。アンソニーは地面に落ちて倒れたままだ。リングにいた時は飛び跳ねていた巨体を不格好にばたつかせている。
「すみません。しかし、いったいなぜ落ちたのかわからないのです。それどころか足が動かず、立ち上がることすらできません」
地面に落ちたアンソニーは再び空へ飛びあがるべく、まず立ち上がろうとした。腕を使って上体を起こすところまではよかったが、地に足をつけて立ち上がろうとすると、空を駆けるはずの足に力が入らず、また倒れてしまうのだ。
「なにをふざけているんだ。さっさと立って、飛び上がれ」
「ふざけてなんていません。ヘルメスのサンダルをもらう前に戻ったみたいで、本当に、足が動かないんです」
「おかしな言い訳をしおって。神話の力が失われたとでもいうのか。そんなことあるわけがない。おおかた友達を始末するのに手を貸したくないだけだろう。それともあの教会の子供がどうでもよくなったのか?」
「いえ、そんなことはありません。俺はあなたの言うことなら何でもやる。だからあの子だけは治してください」
アンソニーはそう言って立ち上がろうとするが、それでもだめだった。どれだけ必死になっても足が言うことをきかず、地に転がってしまう。
「フン、まあどちらでもいいさ。もう奴は虫の息だ。とどめは私一人でもさせる」
そう言い捨てて、オーフェンはプロメテウスのほぐちを振り上げる。しかし炎は現れない。二度三度とやり直してみても結果は同じで、かんしゃくを起こしたかのように振り回しても何も起こらない。
「この肝心な時に作動しないなんて、いったいなぜだ。何が起きている」
「へへ……、どうやら間に合ったみたいだな。あの警官、大ピンチになってから颯爽と現れるなんて、盛り上げ方をよくわかってる。流石はプロレスファンだ」
ボロボロになったライオン男はフィオナに肩を借りて立ち上がり、呟いた。
それをオーフェンは聞き逃さなかった。
「なに? 今何と言った。間に合った、だと。まるでお前が神話の力を消したかのような言い方だな。偉大な力を理解できぬレスラーごときが生意気なことを言うんじゃない」
「神話の道具が力を発揮するのは、道具が星の光を浴びてる時だけだ。まさかお前、知らなかったのか? でかい会社のお偉いさんがきいてあきれるぜ。レスラーは必ずリハーサルをやるってのにな」
アレックスは、ヘラクレスに教えられた事実を、さぞ自分が発見したかのように大げさにひけらかした。挑発したのであるが、効果は抜群だった。
オーフェンは「鼻で笑われるとは心外だな」と舌打ちした。彼は事前にプロメテウスのほぐちもヘルメスのサンダルも、その性能を詳しくテストしていた。だからこそ火球を飛ばすだけでなく、身を守る壁として炎を操ることができたのだ。しかし、テストをした場所が悪かった。炎を吹き出すプロメテウスのほぐちと、空を飛ぶヘルメスのサンダルであるから、その性能のテストは広い屋外で行なわなければならないし、雨天中止である。それゆえ日中は神話の力を発揮しないということは理解していたが、星の明かりが必要だというところまではわからなかった。
そしてこの事実を知らないのはオーフェンだけではない。規制線を囲む警察官も知らないのだ。オーフェンが無力化されたにもかかわらず、警官たちは岸線の外で警戒を続けている。悪党の身柄を確保に来ないのは、これが理由だった。拡声器を使わねば声の届かぬ距離にいるから、叫んでも無駄だ。
「そうか、それは知らなかった。だがしかし、それがいったいどうしたというのだね。プロメテウスのほぐちだけでなく、君のヘラクレスも力を失っているのだろう? 私の勝ちという結果には変わりない」
事実を知っても、オーフェンは余裕たっぷりの薄笑いをした。警官たちが突入できないことは分かっているし、ボロボロのケガから毛皮をむしり取ることくらいたやすい。私の勝利は北極星よりも不動だ。万が一何かあろうとも『備え』はしてある。思わぬ困難があったが、ようやくヘラクレスが手に入るのだ。
「何言ってやがる、目の前に一人戦士がいるだろうが」
「怪我で瀕死のマヌケ、にしか見えないがね」
あざけりを無視して、アレックスはオーフェンへ向かっていく。背後からフィオナに止められるが、それも聞かない。足を引きずり、ずきずきと痛む胸に手を当て、一歩一歩ゆっくりと進む。そしてついにオーフェンの憎らしい、拳を叩き込むべき顔面へたどり着いた。
「ボロボロにされたが、ようやくお前をぶん殴れる場所へまでたどり着いた。覚悟はできてるか」
息も絶え絶えに言うと、オーフェンは鼻で笑う。
「そのガッツは素晴らしいが、やられに来たとしか思えんよ。君は今、立っているのがやっとといったところではないか。私は人をいたぶる趣味はない。苦しまないよう一思いに楽にしてやろう」
オーフェンは慣れぬ手つきで拳を振り上げ、アレックスへ叩きつけた。
アレックスはその拳を頬に受けたが、びくともしない。それどころか、固く重い岩にぶち当たったかのように、オーフェンの拳をはじき返した。
手加減が過ぎたかな。オーフェンは疑問に思いつつ、不格好な拳を再度繰り出した。しかしそれもまたはじき返された。おかしい、そんなはずない。もうこいつは倒れるはずだ。不安に駆られさらに殴りつけるが、やはりすべて手ごたえがない。一体どういうことなのか。
「まさか……さっきのは嘘か。星明りがなくともヘラクレスの力を使えるのか?」
「いいや、違うね。ただ単に、お前のパンチが弱っちいんだよ。俺はプロレスラーだ。日頃からトレーニングをしてるし、レスラーのパンチを食らってる。ヘラクレスがなくたって、ケガでボロボロだって、お前みたいな運動不足はぶちのめせるんだよ」
「強がりを言うな。これで終わりだ」
オーフェンは拳を握り、アレックスにぶつける。
すっトロいパンチだ。アレックスは左の手の平で拳を受け止めると、そのまま握り、つぶしてやるつもりで力を込めた。すると、いつも余裕こいてすましてた腹の立つオーフェンの顔が苦痛にゆがむ。その顔面へ右の拳を叩き込むと、ジャストミート。会心の手ごたえだ。オーフェンは大きく後ろに倒れた。
あとはこの大悪党を警察に突き出して終わり……、なのだが、そうはいかない。脇腹に突き刺すような激痛が走り、アレックスは鍛え上げられた体をその場にへたり混ませた。もはや拳を自由に振るうことすらできないほどダメージを受けている。骨が折れているだろうし、炎にあぶられたせいで全身ひりひりする。ギリギリの勝利だ。
「フフフ……、はーっはっは」
手負いのライオンを見て、オーフェンが倒れたまま高笑いをした。
「まさかあなたがここまで粘るとは……、驚きです。腕力だけが取り柄とはいえ、ここまでの力を持っているのであれば賞賛に値します。フィオナさんだけでなく、あなたもまた強敵でしたよ」
「強敵『でした』だと? お前は何故勝利者インタビューみたいなことを言ってるんだ」
「勝利者になるからですよ。まさか神話の力を封じたことで私最後の策が生きるとはね」
「強がり言うなよ。ちょっと体は痛いが、お前を担いで警察に突き出すくらいはできる。今からお前は卑劣な悪党として警察の世話になるんだ」
アレックスが痛む胸を抑えながら言って、オーフェンを担ごうと手を伸ばした。
オーフェンは仰向けになったまま空高く手を伸ばし、その罪に染まった手をひらひらと振った。すると、それを合図にするかのようにしてドドドドド、と、地鳴りのような足音がセントラルパークを揺るがした。
音がする方向は森のほうで、その方向を見て、アレックスは背筋が震えた。大勢の男たちが鬼気迫る表情で駆け寄ってくる。その先頭にいる男はシーザーとその部下だ。ヘラクレスのパワーがあるから気にしてなかったが、そういえばこんな奴らもいた。星の光が届かず、しかも全身ボロボロな今、彼らは恐ろしい……というより絶対に勝てない敵だ。
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