第16話 会議

 コンビニ、タイタンマート内のイートインスペースに人は少ない。まだ日が出てから間もない時間だからだ。少ない人も、皆、どこか眠そうで動きが鈍く、店内は静かなbgmだけが漂っている。


 そこへアレックスが入っていくと、座っていた女が勢い良く立ち上がった。


「あ、よかった、無事だった。心配したのよ。連絡先聞いてなかったし、そもそも私のスマートフォン壊されちゃったし、もう、とにかくどうしようと思ってたのよ」


 エナジードリンクを飲んでいたフィオナは、アレックスを見つけるなり駆け寄ってきた。


「心配する必要なんてないさ。プロレスラーが負けるわけないだろ」


「そうは言うけど、あなた全身ボロボロよ。それに毛皮をかぶってないじゃない。まさか取らちゃったんじゃないわよね?」


「街中であんなものかぶってたら変人だろ。バックパックに入れてあるんだよ」


「ああなるほど、それもそうね。

 ねえ、あのライオンって言葉をしゃべってたわよね。私、彼に聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」


「ああ構わんよ。ヘラクレスも俺たちに話したいことがあるって言ってたからな」


「ヘラクレス、っていうのが彼の名前なわけ。ねえ、私、彼を知ってるかも。もしかして彼ってすごーく有名な人じゃない? 昔むかーしにギリシャにいたりして」


 フィオナは驚きで顔を引きつらせ、アレックスに問いかけた。


「ほう、さすがは記者だな、よくものを知ってる。けど話は後だ。今はそれよりも大切なことがある」


「え、なによ。まさかまだ追いかけられてるの?」


 フィオナは店の外へ視線をやるが、車も人影もない。あるのは早朝の静けさだけだ。


「追っかけてきたやつらは全員振り切ってきたよ。大切なことってのは朝飯さ」


 アレックスはそう言って食品売り場へ向かう。


 その背中を、フィオナはグーで叩いた。


「痛ったいなお前、なにすんだよ」


「それどころじゃないでしょう。私たちはついさっき殺されかけたのよ。それなのに真っ先にすることが朝ごはんなわけ? 違うでしょ。情報の共有と対策の立案よ。ヘラクレスという不思議からも話を聞かなきゃならないってのに」


「そうもいかないんだよ。プロレスラーたる者、この肉体を維持するため定時に栄養を補給しなければならんのだ。それに、これから先何があるのかわからんのだから、いつまでも飯を食わないというわけにもいかないだろ。おまえもなんか食っとけ」


 確かに。フィオナはアレックスの筋肉を見て納得し、自分の腹に手を当ててうなづいた。昨夜に食べたのはパーティーで軽くつまんだ程度だったし、その後は緊張と興奮の連続でエネルギーを消費した。ガス欠だ。頭の働きが鈍り、気性が荒くなっていることが自覚できる。これからやろうとしていることは普段やっている記事作りとは違う。巨悪への対抗であり、戦いである。危険度が段違いだ。今の自分は、それが可能な体調ではない。アレックスを能天気なプロレスバカと思っていたが、それだけに体調の管理術や荒事に関しては一流だ。彼に対する評価を改めるべきかもしれない。


「あ、うん。ごめんね。それじゃあ話は食べながらにしましょ」


 フィオナはアレックスについて食品売り場へ行く。アレックスがわざわざカートを持ち出すのを見て、朝ごはんごときに大げさなことするわねえ、と呆れた。


 朝から重いものを食べる気にはなれなかった。フィオナが軽めの卵サンドイッチとコーヒーを選んでアレックスの元へ戻ると、アレックスはカートに次々と物を放り込んでいた。大袋のスライスハムにカットトマト、レタスにブロッコリーにサンドイッチ用のパンを二袋、大袋のミックスナッツにゆで卵をふたつとオレンジが二つ。さらに200グラム入りのサラダチキンと、ドライフルーツ入りのグラノーラと牛乳。

 出来上がる食糧の山をもってしてもまだ足りないらしい。きょろきょろと何かを探すアレックスを見て、たまらずフィオナが問いかける。


「ねえあんた、そんなに買い込んで、まだ何か探してるっていうの?」


「最後に一つ、どうしても食べたいものがあるんだけど、どこにも見当たらない。『アレ』はいったい何なのだろうか。肉なのか魚なのか、チョコレートにも似ていたし。お前も探してくれないか」


「いいわよ。で、いったい何を探しているの?」


「キャビアってやつだよ。お前もパーティーでうまそうに食ってただろ」


 アレックスが言うのを聞いて、フィオナはずっこけた。彼に対する評価がまた改められた。


「キャビアはここにはないわよ。あれは高級品で、庶民がおいそれと買えるようなものじゃないの。食べたいんだったら高級レストランに行かなきゃ」


「あれって高級品だったのか。けど、このタイタンマートって品ぞろえがいいしなあ。店の人に聞いてみるよ」


「やめなさいって。からかわれてると思われるわよ。ちょっと、恥ずかしいからやめてよ。本当にやめてよ」


 聞くだけなら大丈夫だろ、とアレックスが店員を探して歩き回る。フィオナはしがみついてそれを止めたが、みごとな筋肉は平然と彼女を引きづって歩く。


 精肉売り場に差し掛かった時、背負っているバックパックがむずむずと動き、ライオンの毛皮が頭を出した。ヘラクレスはアレックスの肩に頭をのせて精肉売り場の方角へ鼻をひくつかせる。


「キャビアなんぞいいからもっと肉を買え。い~い匂いがしているじゃないか。戦士の栄養源だぞ」


「はっはっは、いかにもライオンらしい意見だ。朝からこれ以上の肉を食うのは消化に悪く、肉体的にはよくないのだよ。この俺が選んだ飯が最高のバランスなのさ」


 アレックスが得意げにトレーニングについての知識を披露すると、ライオンは首を横に振った。


「そうじゃない。俺が食べる分だ」


「えええええええ、お前って飯を食うのかよ。毛皮のくせに」


 意外な事実に、アレックスは驚きの声を上げた。食べたものはどこにいくんだよ、と、毛皮をバックパックから引っ張り出して調査したい衝動にかられたが、店内でそんなことできるはずもない。フィオナに「騒がないでよ」と叱られ、でかい肉の塊をカートに入れるのだった。









 二人と一匹は人目を避け、イートインスペースの端に陣取った。ヘラクレスと話をするためだ。ライオンの毛皮と話しているところを見られれば騒ぎになること間違いなしであるため、さらに念を入れ、アレックスとフィオナの体で死角をつくり、そこにヘラクレスを座らせる。壁はガラス張りで通りに面しているが、日の出してすぐの今、外に人影はない。ライオンの毛皮と会話しても問題ない環境が整った。


「ヘラクレスさん、あなたと同じ名前がギリシャ神話に登場しています。何か関係があるんでしょうか」


 フィオナはサンドイッチを一口かじり、コーヒーでそれを流し込む。それからヘラクレスに問いかけた。


「私がそのヘラクレスで間違いないと思うのだが、念のためお嬢さんの知るヘラクレスがどういう人物かを教えてもらえんかね」


「はい。最も偉大な神の一人です。とても強い力を持ち、多くの困難を乗り越える活躍をしと伝わっています。その際に、今のあなたの姿である、ライオンの毛皮をまとっていたそうですね」


「ふむふむ、その通りだ。お嬢ちゃんはよくものを知っている」ヘラクレスはうなづきながら答え、アレックスに向き直る。「だというのにアレックス、なぜおまえは私を知らんのだ。体を鍛えるのもいいが、もう少し勉強もしろ。情けないやつめ」


「ふうん、お前って本当に神様だったのな。驚いたよ。すごいパワーもあるし、生意気な口をきくのも納得だ」


 アレックスはゆで卵を丸ごとほおばりながら、ヘラクレスの頭をわっしわっしとかきむしる。


 ヘラクレスは体をゆすって手を振り払い、アレックスの手にかみついた。


「何をするか馬鹿者め。人に対する礼儀ってものを教えてやる」


「いててて。何するんだ、はなせよ。神様だか何だか知らないが、今は俺のプロレス衣装だ。大人しくしてろ」


 アレックスに無礼を反省する色はない。手をぶんぶんと振り回してヘラクレスを振りほどこうとするが、ライオンは手にかみついたままだ。


「ちょっと。ただの神様じゃなくて、めちゃんこえらい神様なんだからね。他のことは知らなくてもいいからそれだけはわかっときなさいよ」


 アレックスの態度を見かねたフィオナは注意した。


「そんなにえらい神様がなんでライオンの姿でニューヨークなんかにいるんだよ」


「そうだ、それが私の話したかったことだ」


 ヘラクレスはかみつくのをやめた。アレックスの手からひらりと舞い降り、テーブルの上に座りなおした。ゴホン、と咳払いして場を改め、二人を眼光鋭くにらむ。そうしていると託宣のようで、神であるということが納得の威厳があふれ出ている。


「神々はその昔人間世界からオリンポスに移り住んだが、その際にいくつかの道具が残された。毛皮である私のように、特別な力を持った道具だ。それらがここ最近悪用されたり暴走したりしているようでな、回収または破壊するのが私の目的である」


「ふーん……。道具を利用してる悪党って、オーフェンの事だよな。つまりお前はあのくそ野郎をぶっ飛ばすためにライオンの姿になってるってことか」


 アレックスがミックスナッツをほおばり、口をもごもごさせながら言った。言っている内容は単純極まるが、これだけ押さえておけば間違いないという要点をしっかり押さえている。


「そうだ。そのオーフェンという男は我々の道具を手に入れるために殺人と放火を犯したそうだからな。懸念していたことが現実になった、過ちを犯した人間は神罰を受けるのが古代からの決まりだ」


「グッド、いい考えだ。俺も手伝うよ。あいつは犯罪だけでなく、プロレスまで馬鹿にしやがったからな。食べ終わったらさっそく殴り込みといこうぜ。フィオナ、お前も来るだろ? ライオンと記者とレスラーでチームを結成だ。お前には最高のスクープを取らせてやるぜ」


 アレックスはニヤリと笑い、手のひらに拳を打ち付けて鳴らた。そうすると岩のような上腕の筋肉が強調される。迫力もやる気も十分で、今にも飛び出しそうな様子だが、フィオナはそれを止める。


「もちろん行くけど今すぐなんてだめよ。きっちり策を練らなきゃ」


「そんなの必要ない。お前は記者なんだから荒事は俺たちに任せて、事件解決のかっこいい記事を考えておくんだな」


「あのねえ、銃を持った男たちが大勢いるのよ。いくら力が強くても囲まれて撃たれたら死んじゃうわ。それにオーフェンのほうにだって『花』っていう神話の道具があるのよ」


「それもそうだな。じゃあ俺が今考えた作戦があるから、それでいこう」


「……どうせあほなこと言うんだろうけど、一応聞いてあげるわ」


「俺とヘラクレスが正面から突っ込む。これでオーケーさ。だろ、ヘラクレス」


 アレックスがあまりに真剣な顔で言うので冗談か本気かわからず、フィオナは返答に迷う。どっちにせよ無策で向かうには危険すぎるので「オーケーなわけないじゃない」とだけ言って、ヘラクレスに意見を求めた。


「策を練るべきに決まってるだろう。特に今すぐ行くというのは自殺行為だ」


 ヘラクレスが言うと、アレックスは反発する。


「なんでだよ。悪党を野放しにしとくってのか? こうしているうちにも悪事を働いているかもしれないんだぜ」


「アレックス、お前にはついさっき言ったことだし実際身をもって学んだことだが、太陽の出ているうちは私の力は使えない。今すぐ行くということはつまり、あの金属の球を飛ばす武器、銃といったな。あれを持った連中と、お前の力だけでやりあうということだぞ。無理に決まっているだろう」


「そういえばそうだったな。けどなんで太陽の出ているうちはお前の力が使えないんだ? ライオンて夜行性ってわけでもないし」


「それは、今私がした話に関わりがある。我ら神の使っていた道具は、神の影響下になければその力を発揮しない。神々は別の星であるオリンポスへ行った、と言ったな。太陽の光が消えている夜に、オリンポスからの星の光、つまり神の影響力が地球に届き、道具が本来の力を取り戻すのだ」


「なるほど」アレックスはポンと手を打った。「ただの毛皮だったお前が急にパワフルなライオンになったのは、オーフェンの屋敷で星明りに当たったからだな。ガラス張りの壁があだになったってわけだ」


「その通りだ。ただ、地上世界に関心のある神は私以外に見あたらなかったから、意識を持った道具は他にないだろう」


「それじゃあオーフェンの元へ行くのは夜中に決まりね」フィオナが言うと、アレックスもヘラクレスもうなづいて同意した。「それじゃあ次考えるのは、日中をどうしのぐか、ね。ヘラクレスさんの力が使えないのだから、銃を持った男たちにはかなわないし」


「それなら俺に最高のアイデアがあるぜ」


 アレックスがオートミールをかっ込みながら言った。大皿いっぱいに盛られていたオートミールがあっという間になくなる。見ていて気持ちのいい食べっぷりだが、フィオナは胸やけがしてきた。


「アイデアってなーに? また正面突破なんて言うんじゃないでしょうね」


 フィオナの返事は冷たく、表情もしかめっ面だった。彼のアイデアに懐疑的だったというのもあるが、早朝から大食いを見せられて胸が悪くなっていた。


「おいおい、さっきのはジョークに決まってるだろ。今度のはマジだ。絶対に安全な場所がある。しかも強力な助っ人付きのな。そいつはなんと、神の使途だぜ」


 アレックスが得意げに言う。助っ人までついてくるとは願ってもない話だが、そんな都合のいいものが本当にあるのだろうか。フィオナもヘラクレスもいまいち信頼できず、顔を見合わせる。


「お前ら信じてないだろう。そりゃあまあ仕方ないことだが、行けば納得するだろうし、助っ人に合えばそいつに惚れるだろうぜ。なんたって最高のタフガイで、頭もめっぽう切れる」


 アレックスは具体的な場所や助っ人の素性を言うことはない。フィオナが問いかけても「ついてからのお楽しみ」の一点張りである。あまりに自信ありげな態度なので、フィオナとヘラクレスはしぶしぶだが同意した。他に思いつくことがあるでもないし、やむない選択だった。


「よし。そうと決まればヘラクレス、早いとこ肉を食べちまえよ」


 アレックスの山と積まれた食料はもう消えかけていたのに対し、ヘラクレスはまだ肉に口をつけていなかった。ライオンの前には、厚切りの生肉がパックから出たままかじられもせずに残されている。


「食べろと言われても、こんなもの食えるわけないではないか」


「まさかシマウマの肉しか食べられないのか? タイタンマートの肉はうまいから、チャレンジしてみろよ」


「お前は今まで私の話を聞いていなかったのか? 私はライオンじゃなく、神の一人だ。だからシマウマは食べたことがないし、また同時に生肉も食べない。この肉は確かにうまそうだが、焼くなり煮るなりしてくれないか。この姿では器用なことはできん」


「そのなりで生肉を食べられないのか……。まあいいや、これから案内する場所なら炊事場くらいあるだろうし」


 アレックスはそういってテーブルの上を片付け始める。包装紙や卵の殻、飲み物のカップにオートミールをよそった紙皿と、多くの片づけ物があった。それらをトレイに乗せてゴミ箱へ行くのだが、一回では片づけきれず、二回往復した。


 そして生肉をパックに詰めなおしていると、フィオナがあたりを探るように見まわしていることに気づく。追跡者の心配をしているのだろうかと問いかけると、


「あんたが今言ったので気がついたんだけど、このお店、タイタンコーポレーションの系列みたいね」


 そう言ってフィオナは店の壁にあるオブジェの一つを指さした。その先には「タイタンコーポレーション」という文字が、ロゴである巨人とともに描かれていた。


「それがどうしたよ」


「オーフェンの経営する会社がタイタンコーポレーションなのよ。ここにいたら何らかの方法で居場所を突き止められるかも」


「考えすぎさ。世界一の会社を経営しているからって、目はふたつだけだ」


 と、アレックスが言った時、店の外から乱暴なブレーキ音が聞こえてきた。ブレーキ音は一つでは収まらずに次々と押し寄せてきて、不快な狂騒曲を奏でている。ガラス張りの壁から外を見れば、駐車場に10台の車が今まさに止まったところだった。そこからいかめしい男たちが続々と下りて、タイタンマートの入口へ突進している。


「まさかあいつら、私たちを追ってきたんじゃないの」


 フィオナが震えている。男たちの顔は遠目なので確認できなかったが、彼らの襲来に自分たちの捜索以外の理由があるだろうか。男たちがとっている行動はただでさえおかしいというのに、今は朝の五時。あまりに不自然すぎて不安になるなというほうが無理な話だ。


「大丈夫だって。腹が減ったから急いでるんだろ。いや、腹が痛いのかもな。ケツを抑えてるか確認しろよ。そうだったらトイレに――」


「この写真の男が来ているはずだ。どこにいる」


 乗り込んできた男たちの一人がレジに一枚の写真を突き出しながら叫んだ。写真の男が店内にいることを疑っていない、そして怒りのこもっている強い口調だ。アレックスはこの声に聞き覚えがあった。宿敵であるシーザーだ。あの野郎は毛皮を奪うのと同時に、ベンツの恨みをぶつけるつもりでやってきたのだろう。


「逃げるぞ」


 アレックスはバックパックにヘラクレスを詰めこむと、フィオナの手を取って走り出す。生肉にかまっている時間はなく、ほったらかしにした。店の出入り口に向かおうとしたが、腕組みをした男たちに固められている。慌てて踵を返し、トイレに駆け込んだ。


「なんでここにいると知れたんだ? フィオナ、お前、乗ってきた車はどうした。あれで居場所を割り出されたんじゃないのか」


 アレックスはトイレの窓をこじ開けながら聞く。窓は標準的な大きさの上げ下げ窓で、二人が一度に通り抜けられるサイズではない。開けた窓からバックパックを外へ投げ、次にフィオナをひょいと持ち上げて窓へ押し込める。どさっという音とともにフィオナは外へ落ちた。


「ちょっと、痛いじゃない。もっと優しくしてよ」


「いいから、車はどうした」


「私はそこまであほじゃないわよ。途中で乗り捨ててきたわ」


 フィオナの言葉を聞きつつ、アレックスも窓へ頭を突っ込む。


 しかし、ガチャリという金属音とともに、アレックスは上半身だけ外に出た、ギロチンの状態で窓に固定された。何事かと首をひねって腹の部分を見てみると、鍛え上げた腹筋のせいでベルトの部分が窓枠に引っかかっている。しばらく身をよじってもがいてみたが、前にも後ろにも進めない。


「何してんの、早くしなさいよね」


 見かねたフィオナが声をかける。


「悪いが引っ張ってくれないか」


「仕方ないわねえ」


 フィオナがアレックスの腕をつかんで引っ張りだすと、騒がしい足音が近づいてくる。もたもたしている間に、男たちが捜索の手を伸ばしてきたに違いない。


「やばいぞ、隠れろ」


 店の裏手は駐車場だった。二人は近くに止められている車の陰に入り込み、息をひそめる。


「ここらを徹底的に探せ。生肉の置いてあった席はまだ暖かかったから、そう遠くに入ってない。出入口は固めてあったし、必ずこちら側にいるぞ。行け」


 シーザーの号令で男たちが散開する。規律ある足並みだった。


「あいつら、俺たちがここにいると確信してるぞ。車で知ったというんじゃなければ、なんでだ」


 アレックスは不安だった。俺たちは姿を見られていない。しかしあいつらは、ここに俺たちがいることを知っている。これは偶然でなく、何か追跡手段を持っているのは明らかだ。匂いをかぎ分ける力でもあるのだろうか。


「発信機をつけられているわけでもないし」フィオナは自分の体を軽くたたいて探ってみるが、何ら不自然はない。ますます謎が深まる。「神話の道具でもないでしょうね。だとしたらもっと精度が高いはずだし」


「これは助っ人の意見を聞いてみるべきだな。安全な場所にいそごう」


 アレックスは半身になり、車の陰から顔を出して追跡者の様子を探る。やつらの注意はこちらへ向いていない。アレックスは安全な場所へ向け、静かに駆け出した。

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