第41話 対決2

 アレックスは意を決し、アンソニーへ突進する。


 アンソニーはジャンプして宙に逃れ、そのまま空を走った。ヘルメスのサンダルの力だ。地面を走っているのと同じ感覚で何もない空中を走り、あっという間に10メートルの高さに到達する。


「行くぞアレックス」


 アンソニーは気合声をあげ、10メートルの高さから急降下攻撃を仕掛ける。右の足を突き出し、矢のように蹴りかかった。


 アレックスはヘラクレスを盾として構え、蹴りを受け止めた。バチンと轟音が鳴った。ヘラクレスでしっかり防いだというのに腕から衝撃が伝わり、全身がしびれる。すさまじい威力の蹴りだったが、まだ体は動く。反撃だ。アレックスはアンソニーにつかみかかった。


 しかし避けられた。アンソニーは空へ走って逃れた。そのまま高いところまで登り、再び急降下攻撃の構えを見せる。


 アレックスはジャンプした。ヘラクレスの力を使ってアンソニーのいる10メートルの高さへひとっ飛び。そのまま右のこぶしにありったけの力をこめ、アンソニーにパンチした。


 アンソニーはそれを見て薄ら笑うと、空中でバックステップしてパンチを避けた。

 アレックスがジャンプの勢いを失い、地に落ちていく。それを見たアンソニーは宙を蹴って勢いをつけ、アレックスに蹴りかかった。


 蹴りは脇腹に飛んできた。アレックスはすかさず腕を折りたたんでブロックしたものの、蹴りの衝撃は腕を貫通し、体の芯まで衝撃が走る。


 地に降り立ったアレックスはずきずきと痛む腕をさすり、

(これはやばいな)

 と、歯噛みした。空を自在に走るアンソニーと、ジャンプでそれに届くアレックス。どちらも空の世界に足を踏み入れてはいるが、機動力に圧倒的な差があり、全く勝負にならない。ジャンプして攻撃を仕掛けても軽く避けられるし、かといって地面にいれば空から狙い撃ちにされる。なにか起死回生のアイデアはないものか……。


 悩んでいると、足元の小石が目に入った。アレックスはそれを拾って投げつけた。ヘラクレスの力による投石は時速100マイル、風を切ってアンソニーへ飛んでいく。


 しかしステップして避けられた。アレックスは続けざまに石を投げるが、軽々と避けられ、しまいには面倒だとばかりに蹴り払われた。


「牽制にもなっておらんぞ。やはり我々もジャンプで空中に行き、あやつを捕まえるべきだ」


 アレックスの額で、ヘラクレスがうなった。


「それができればベストだが、できないからこうしてるんだ。それとも何かアイデアがあるのか?」


「ある。説明している時間が惜しいから、とにかくジャンプして突っ込め」


 話し合っているうちにも、アンソニーが矢のごとく降ってきた。


 速い。蹴りのスピードは猛烈だ。アレックス身を投げ出すようにして転がり、紙一重で避ける。体勢を立て直してとびかかったが、瞬間、アンソニーはジャンプする。そのままあっという間に手の届かない高さへ駆けあがっていってしまった。


「くそったれ。おいアンソニー、お前、プロレスラーだろ。こんなつまらないファイトスタイルでいいのか。組み合って勝負しろ」


 アレックスは見上げて喚くことしかできない。アンソニーは黙々と高さを増していく。


「お前なあ、これは競技会じゃない、戦なんだぞ。緊張感のないことを言うんじゃない」


 ライオンが呆れた声を出した。


「そりゃあそうだけど。じゃあどうするんだよ」


「ジャンプして攻撃しろと言っているだろう。少しは私を信じろ」


「……そうだな、お前は俺の相棒だ。やってやろうぜ」


 信じろという言葉で、アレックスに勇気がわいてくる。ヘラクレスと俺は多くの困難を乗り越えた。オーフェンの屋敷から脱出したり、ベンツに乗って追跡してくる暗殺チームから逃れた。俺たちは最高のコンビだ。何だってできる。アンソニーの目を覚ましてやることだって簡単だ。


「うおおおおおおおおおおお」


 アレックスは雄たけびを上げてジャンプし、アンソニーにパンチした。


 アンソニーは冷静だ。パンチの間合いを正確に見極め、ぎりぎりの距離をバックステップした。


 拳は空を切る。と思われた時。

 ヘラクレスがアンソニーにかみついた。賢きライオンは、アレックスの額から拳に移動して足の部分を巻き付けると、体をいっぱいに伸ばして、バックステップするアンソニーの首をとらえた。


「捕まえたぜアンソニー。俺のこぶしで目を覚ますんだな」


 アレックスが毛皮ごと腕を引く。するとアンソニーは、予想外のことで大きく体勢を崩し、前につんのめった姿勢でアレックスへ引き寄せられた。


 無防備なところへ、アレックスはパンチした。拳はガツンという鈍い音を立ててアンソニーの額にジャストミート、そのまま次々とパンチを繰り出す。


 アンソニーはステップして逃げようとしたが、ヘラクレスが首に嚙みついている。これは首に縄をかけられたのと同じ状態であり、毛皮の長さ以上に離れようとすると、毛皮がピンと張りつめて、引き戻される。やむなく両腕を顔につけてパンチをガードし、やりすごそうとしたが、右から左からパンチが次々と飛んでくる。ヘラクレスの剛力を受け止めるのは容易でなく、防御する腕がしびれ、力のこもった右のパンチでガードをはねあげられた。


 アレックスが拳に力を込める。がら空きの顔面にもう一発、といったところで、視界の端に強烈な赤い光が映った。


「右だ、避けろ」


 ヘラクレスの叫び声が上がるや否や、小型車サイズの火の玉が猛スピードで飛んできた。


 アレックスはとっさにアンソニーを突き飛ばし、自分もその反動で間一髪火の玉を回避した。火の玉が通過した後には火傷しそうな熱気が残っており、火の玉の危険さが現れている。


「ヘラクレスとアレックス、あなた方は素晴らしいチームだ。力を合わせると一人でやるよりもずっと大きな力を生み出す。我々もそれに学び、二人でかかっていくこととしましょう」


 アレックスが声のほうを見ると、オーフェンがいた。手元のプロメテウスのほぐちには炎がギラギラと燃え盛っている。彼がアンソニーを手招きして呼び寄せると、アンソニーはオーフェンの背後に回って抱きかかえ、そのまま空高く駆け上がる。地上10メートルの高さに到達すると、オーフェンはプロメテウスのほぐちを振るい、アレックス目掛けて火球を放った。


 アレックスが横っ飛びして避けると、火球はセントラルパークの芝生にぶつかって大爆発。辺りに猛烈な熱気と火の粉をまき散らし、大きなクレーターを作った。


 火球がまた飛んできた。アレックスがそれを避けると、次の火球が空から降ってきて、それを避けてもまた次と、オーフェンとアンソニーは爆撃機のごとく火球を振らせてくる。セントラルパークの芝生はたちまちにボコボコのクレーターだらけになった。


 アレックスは火球を避けると、次の火球が飛んでくる合間を狙い、ジャンプして突撃する。オーフェンの元へ迫ると、パンチし、ヘラクレスもそれに合わせて噛みついた。


 しかし拳は風を切る。アンソニーはパンチに反応し、大きく後ろへ下がっていた。オーフェンを抱えているとは思えぬ機敏さで、ヘラクレスの噛みつきも届かない。


 パンチを空振りしたアレックスは手空きになった。彼は空中で走る術を持たず、跳躍の頂点に達した後は自由落下するだけだ。


 その無様な姿を見て、オーフェンがニヤリと笑う。アンソニーに抱えられたままプロメテウスのほぐちを振りかぶると、ただ落ちていくだけの無防備なアレックス目掛けて振った。ほぐちから火球が飛び出し、アレックスへ襲い掛かる。


 アレックスはヘラクレスを盾として構え、火球を受け止めた。盾に当たった途端、火球はバーンと轟音を立てて大爆発。その衝撃でアレックスは大きく吹き飛ばされ、セントラルパークの芝生をゴロゴロと転がった。


 こいつら、すごく厄介だぞ。アレックスは口に入った芝生や土をぺっぺと吐いた。

 オーフェンとアンソニーの組み合わせは爆撃機だ。アンソニー一人の急降下攻撃ならば、蹴りの時地に降りてくる必要があるが、爆撃ならばずっと空中にいることができて、反撃の機会がずっと少ない。いったいどう攻略すればいいのか……。思い悩んでいると、突然明後日の方向から強い光で照らされた。


「そこのお前! この騒ぎはいったい何のつもりだ。ニューヨークで戦争でも始めようってのか? そうでないなら両手を上げて降伏しろ!」


 何者かが叫んだので、アレックスはその方向を見た。そこには銃を構えた警官がいた。


「うわあ、落ち着け、撃つな。悪者は俺じゃなくて、あの空を飛んでるやつだ」


 アレックスは大慌てで弁解した。警官に銃を向けられるのは初めてだったし、何より周りの状況が予想外に物々しい。セントラルパークの一区画が規制線で囲まれていて、大勢のパトカーや警官に包囲されている。自分を照らしていた強い光はスポットライトとサーチライトで、ヘリまで駆り出されている。まるで大規模テロへの対抗だったが、オーフェンが爆撃じみた火球を飛ばしまくっているので、この対応は大げさでない。そう、これは大事件なのだ。だというのに、好奇心の強いニューヨーカーが規制線の外で野次馬をやっている。二重三重に人垣ができていて、お祭り騒ぎ。自撮りしたり、ホットドックスタンドが集まってきたり、ビールを飲んでどっちが勝つのか賭けを始めていたりと、いとおしい光景だった。警察は顔を真っ赤にしていたが。


「どちらが悪者かは後でじっくり取り調べる。だからとにかく降伏……、って、お前、アレックスだな?」


 アレックスに銃を向けている警官がアレックスの顔を覗き込んだ。


 目が合うと、アレックス叫んだ。


「そうだけど、あんたは……。こないだ助けてくれた俺のファンか! いやあ奇遇だなあ。最近も試合を見に来てくれてるよな。いつも客席はチェックしてるんだ。サンキューな」


「今はそんな話してる場合じゃないだろう。プロレスラーのお前が、いったいなんで戦争みたいな真似を――」


「危ない!」


 警官と話していると、オーフェンが火球を飛ばしてきた。アレックスはとっさに警官を抱えて飛び、間一髪のところで火球を回避した。


「た……助かった。サンキュー」


「いいってことよ。にしてもあの野郎、なんてことしやがる」


 アレックスは歯噛みした。今の攻撃は自分を狙ったものだが、警官が巻き込まれるのもお構いなしだった。やはりオーフェンは人殺しを何とも思っちゃいない。アンソニーもそれに手を貸してる。俺がぶん殴って目を覚ましてやらなければ。


「こらお前、警官をさらうとは何事だ。今すぐ離しなさい」


 規制線の外側で、他の警官が拡声器で呼びかけた。アレックスが警官をさらったように見えたのだろう。アレックスはスポットライトで再び照らされ、さらに銃を向けられ、犯人扱いだった。

 スポットライトで照らされた瞬間、アレックスは、抱えている警官が『重い』と感じた。わずかに重いと感じただけだったが、間違いではない。ヘラクレスの力が備わっているというのに、人を一人抱えただけで『重い』と感じるなんて、いったいどうしてだろう。


 アレックスは以前ヘラクレスに言われたことを思い出し、重く感じる『答え』を閃いた。ああ、そういえば。だから重いって感じるんだな。と同時に、胸の鼓動が早く強くなるのを感じた。……ってことはつまり、この『答え』を上手く使えば爆撃機の攻略もできるはず。これはいける、いけるぞ。上手くいけば、オーフェンの顔面に一発ぶち込んでやれる。そのために必要な協力も、この状況なら得られるに違いない。


「違う! 彼は俺を助けてくれたんだ。銃を下ろせ!」


 アレックスの胸で、ファンの警官が叫んだ。


 アレックスが警官を下ろすと、この言葉を信頼したようで、規制線の外側の警官たちは銃を下ろした。


「助けてくれて感謝してるよ、アレックス。しかしなんでこんなことになってるんだ?」


「それは話すと長くなるんだが……。それよりも、アイツをぶちのめす方法がひらめいたんだ。それにはあんたら警官の力が必要だ。ぜひ協力してくれ」


「ほう、どう協力すればいいんだ?」


「スポットライトやサーチライト、パトカーや懐中電灯をニューヨーク中からありったけ集めて、俺たちを照らしてほしいんだ。俺はそれまで時間を稼ぐから、何とか頼む」


「あいつを捕まえられるなら構わんが……、お前たちを照らすと何がどうなるんだ?」


「決まってる。セントラルパークデスマッチさ」


 アレックスは力強く言った。起死回生の策に、クールなネーミング。我ながら上出来だと思った。


 しかし警官の反応は冷ややかだった。


「あのなあお前なあ、今大事件が起きて大変なんだよ。それくらいわかるよなあ? 俺もプロレスは好きだけど、そういうこと言ってる場合じゃないんだ。ふざけているならお前も逮捕だぞ」


「え? いやその違くて……、ネーミングについて俺たちのセンスはあわないみたいだけど、俺は真剣に言ってる。照らしてくれればあいつを捕まえることができる。だから信じてくれ。俺はファンを裏切らない。必ず期待に応える」


 警官ははじめ呆れた顔をしたが、アレックスの真剣さに胸を撃たれ、頷いた。


「いいだろう、信じよう。お前は俺の命を助けてくれたんだからな。ありったけの光を集めて照らしてやる。ただわかっているとは思うが、それまで少し時間がかかる。それまで被害者を出すんじゃないぞ。野次馬や警官だけでなく、お前自身もだ。全員無事で終われるよう努力しろ」


 アレックスは、オーケー、と頷き、オーフェンの元へ走った。その背中を見届けた警官は無線で各方面へパトカーやスポットライトの招集を呼びかける。二人はそれぞれ使命のため動き出した。

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