第39話 対決1
俺のせいだ。
フィオナの発表を聞き、アレックスは全身が打ち震えた。疑うまでもない。オーフェンのくそ野郎がアンソニーを傷つけた。事故でなく事件だ。その事件が起きたのは――。
俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだ。俺のせいでアンソニーが大ケガをした。フィオナたちが「オーフェンに先制攻撃を仕掛けよう」と提案したとき、俺はプロレスを優先したいというわがままを通してしまった。あれがなければこの事件は起きず、アンソニーはケガをせずに済んだ。
それだけじゃない。おれは試合開始直前に、タイタンコーポレーションがスポンサーになったという情報を知っていた。オーフェンがCEOをやっている会社だ。そんな危険な奴が接近していたのを知っていたのに、知らないふりをしてしまった。スポンサーができて浮かれていた自分をぶん殴ってやりたい。
俺のせいだ。事件を防ぐチャンスは、今言ったとおり二度もあった。なのに、二度ともプロレスで有名になりたいという私欲を優先してしまった。アンソニーやヘラクレスの言うことは正しかった。オーフェンという悪党は、人殺しや放火をするとんでもないくそったれだ。そんな奴をたとえ一日でも野放しにしてはならなかった。
これ以上悪事をさせるわけにはいかない。アンソニーの足の仇も取らなくてはならない。今すぐぶっ飛ばしてやらなくては。
アレックスの全身に怒りと力がみなぎる。組み付いているシーザーを絞め落とすと、逃げるオーフェンの後を追いかける。
オーフェンは速足でホテルネメアの一室に逃げ込み、ドアを固く締める。
アレックスは自らの巨体をそのドアにぶつけ、ぶち破った。
「てめえ、オーフェン! よくもやってくれたな」
アレックスは怒鳴りこむと、オーフェンはスーツケースをいじくっていた。逃げ支度でもしているところだったのだろうか。
「ハイ、アレックスさん。この度はお友達が大変でしたね。全く、ひどいことをする奴もいたもんだ」
オーフェンは全く動じずに肩をすくめて見せる。彼としては『ひどいことした奴』に呆れて見せたつもりだが、アレックスにはすっとぼけているようにしか見えない。
「てめえ、この期に及んでだまされるわけないだろ。不正について発表するってのに、肩を組む奴がどこにいる。しかも、事前に『ヘラクレスの譲渡を発表する』って言ってたのに、なんで勝手に変更したんだ。お前がやったってことはもうバレてんだよ」
「……まあ、いくらプロレスラーでもそれくらいはわかりますよね。それでもアンソニーさんは治療してあげたんです。そのことは水に流して、ヘラクレスの譲渡について条件を話し合いませんか?」
「話し合うわけねーだろ! たまたま治せたからよかったようなものの、もしだめだったらどうするつもりだったんだ。それにお前が事故を仕組んだくせして『治してあげた』って言い方も気に入らねえんだよ」
「つまらないレスラー一人ケガさせたくらいで騒がしいですねえ。彼よりもフィオナとかいうお嬢さんの方がよほど面倒ですよ。まさか事を見抜くなんてね。ばかばかしい記事を書くオカルト記者だからと甘く見たのがよくなかった」
「俺の仲間を、二人とも悪く言いやがって! これ以上ふざけたこと言ったらぶっ飛ばすからな」
「ほう、『ぶっとばす』ですか。奇遇ですね。私ももはや暴力に訴えるしかないと腹をくくったところだったんですよ」
オーフェンはスーツケースから一輪の花を取り出し、高く掲げた。すると窓から強烈な光が差し込み、花を照らす。光がやむと、花の先端が燃え上がり、小さいが激しい炎が宿っていた。
「ヘラクレスは力づくでいただくことにしますよ」
オーフェンがそう言って花を振るうと、花から火が爆風となって飛び出し、アレックスを襲う。爆風は瞬くより早くアレックスを飲み込み、さらには背後の壁も吹き飛ばして大穴を開ける。
「やれやれ……、焼け跡をごまかすのにいくらかかることか。さっきの会見に対しても手を回さなければならないし、全く面倒な。しかし、これでようやくにヘラクレスが、古代の英知が手に入る。そう考えれば実に安い」
高級ホテルの豪華一室は惨憺たるありさまだ。炎がそこかしこに燃え盛り、爆風の余波で瓦礫と化した調度品が散らばっている。
オーフェンは炎の海をかき分け、ヘラクレスを回収に向かう。アレックスがいたのはこのあたりかと、燃え盛る炎に手を伸ばして探る。
その瞬間、一筋の風が吹く。
「なに勝った気になってんだよ、マヌケ」
声と同時に炎が掻き消え、その陰からアレックスが現れる。アレックスが毛皮であるヘラクレスを振るい、炎を吹き飛ばしたのだ。
「あの炎を受けて無事だったというのか……、驚きだ」
「あたる直前、ヘラクレスがバックパックから飛び出して壁になってくれたんだよ」
アレックスは平然として見せ、指をゴキゴキ鳴らして威嚇する。しかし、無事なはずない。全身が炎の高熱を浴びてひりつく。特に、ヘラクレスという毛皮でカバーしきれなかった体の外周、肩や足の外側は、シャツやジーンズが焼け焦げて激しく痛む。
「毛皮は自立行動までできるのか……、いやはや素晴らしい、素晴らしいぞ。神ヘラクレスよ、お初にお目にかかる、私はオーフェンという者です。どうか自らでアレックスの手を離れ、私にあなたの知恵とお力を授けてはくださらんか」
「そんなことするわけなかろう、愚か者め。フィオナの話はすべて聞いていた。私はお前のような悪党が神話の道具を悪用しないよう、オリンポスからやってきたのだ。お前のほうこそ『プロメテウスのほぐち』を渡せ」
「悪党? 今悪党と言ったが、それは私のことか」
「その通りだ。」
「残念です。まさかヘラクレスともあろう者が私を理解できないとは」
オーフェンはそう言ってプロメテウスのほぐちを高く掲げた。するとほぐちに宿った炎が周囲の空気を吸って爆発的に大きくなり、その直後、小さく圧縮される。圧縮された炎はボーリング玉ほどの大きさだが、ぎらぎらと太陽の激しさで燃え盛る。
「そんなものきくわけねーだろ。ホレ、ここに打ち込んでみろ」
「何を言ってる馬鹿者! いったん退くぞ」
アレックスが自分の胸を親指で指し示す。堂々としたプロレスラーらしいたくましさだが、ヘラクレスは一喝した。
「んだよ、ノリが悪いな。おれはなあ、あいつに腹が立ってたまらねーんだ。どうせぶっ飛ばすなら、あいつの全力をつぶしてやらなきゃ気が済まない。お前が炎を防いで、俺がぶん殴って、それで完璧に勝つ」
「その防ぐということができんのだ。私なら如何な炎や衝撃も弾ける、だが、空間の温度変化まではどうしようもない。お前は炎の熱や温度にやられてしまう」
「……それってつまり、直火焼きは防げるけど、蒸し焼きになるってことだろ。すげーまずいじゃん。死んじまうよ」
「だから退けと言っているだろう! わかったならさっさとしろ!」
ヘラクレスが怒鳴りつけた直後、オーフェンがほぐちを振るい、爆炎がアレックスを襲う。
アレックスは大慌てで毛皮を額から被る。すると窓から星の光が差し込んでヘラクレスを照らし、アレックスの全身に力がみなぎる。その力で猛ダッシュし、壁に空いた穴へと駆けた。その勢いのまま穴から飛び出した瞬間、ホテルの一室は大爆発。壁の穴から巨大な火柱が噴き出した。
「うわああああああ、熱い熱い熱い熱い」
アレックスは間一髪で難を逃れたが、背中で爆炎を受け、大きく吹き飛ばされた。その際に背中が炎の熱にさらされ、あまりの熱さで地面を転げまわる。回っているうち、水に落ちた。
水のおかげでアレックスの体は冷えたが、水は案外多い。全身が沈んで底が知れず、両手足を使って悠々泳げるほどだ。水たまりでないのは間違いないが、ここはいったい何なのか。
アレックスは水面に浮かんで、辺りを見回す。転がってきた方向には燃え上るホテルネメアがあり、右には一面の芝生、左には遠くに森が見える。そしてアレックスが浸かっている水は池で、大都会ニューヨークのど真ん中でこの光景は、セントラルパークだ。ホテルからの距離は20メートル以上、まさかそんなに吹っ飛ばされたとは驚きだ。
「アレックス! どこにいる! あの程度でやられないことはわかってるぞ。すぐに出て来い!」
ニューヨークの人々が炎と爆発に驚いて逃げ惑う中、オーフェンはあたりかまわず怒鳴り散らしている。片手には燃える花を持っており、今にも辺りを燃やしそうなほどの興奮ぶりだ。
「おいヘラクレス、あいつ、目つきがやばくなってる。放っておいたら辺りに火を放ちかねない。さっさとぶっ飛ばすぞ」
アレックスは岸に上がり、顔の水をぬぐいながらヘラクレスに呼び掛けた。
「よく言った。火にあぶられてビビったかと思ったが、士気は十分みたいだな」
「誰がビビるかってんだ。こちとらプロレスラー、殴られ蹴られるのも商売のうち。火あぶりだっていつかプロレスに取り入れようって考えてたくらいだからな」
「そ、そうか……、火あぶりをか。プロレスってのも案外大変なものだな」
けど楽しいんだぜと言い、アレックスは近くの森までひとっ飛び。そのままするりと木に登り、10メートルの高さからオーフェンの様子をうかがう。
オーフェンはアレックスを探している。池に波紋があるのを見つけたようで、ひととおり何か叫んで反応がないのを確認すると、池に向かってプロメテウスのほぐちを振るった。
炎が噴き出し、池を焼く。ボンという音をてて水蒸気爆発を起こしても火の勢いは収まらず、池はグラグラと泡を立て魔女の窯のように煮え立っている。
これなら池の中には隠れられまい。次にオーフェンは森へ目を向ける。既に日が落ちてしばらくたっており、ほとんど中を見通せない。プロメテウスのほぐちを松明として辺りを照らし、森の中に足を踏み入れる。
(隙だらけじゃないか。今がチャンスだ)
アレックスの目がギラリと光る。オーフェンは注意深く森を探っているが、それは前後左右や木の陰だけだ。アレックスの潜む樹上についてはノーチェック。しかも暗い森で松明を掲げているため、よく目立ち、ぶん殴りに行きやすい。アレックスというライオンにとって、オーフェンはサバンナでのんきに昼寝するシマウマだ。
今攻めずにいつ攻めるというのか。オーフェンとの距離は目測で100メートル、ヘラクレスの力が宿る今なら走って5秒でぶん殴れる。つまり十分射程に入っているということだ。オーフェンが背中を見せたタイミングで、アレックスは大きく息を吸い込み、足に力をため、樹の幹を蹴って飛び出した。
アレックスは風を切って走る。地面をひと蹴りするたび、オーフェンの憎たらしい後ろ姿がはっきりと見えてくる。
オーフェンまでもうあと二歩。ぶん殴ってやるべくアレックスが拳を握った瞬間。
感づかれた。オーフェンは振り向くと同時にプロメテウスのほぐちを振り、火球を飛ばしてきた。
「退くな! そのまま行け!」
ヘラクレスが吠え、アレックスの額から左腕に滑って移動した。そのまま腕に巻き付き、余剰部分を左右に大きく広げて盾となった。
アレックスは体の正面にライオンの盾を構え、オーフェンに突っ込む。その直後、盾に火球がぶつかった。不意打ちだったために火球は万全の大きさではないが、それでもすごい威力だ。盾にぶつかった瞬間、ドーンという爆音が鳴って、ベンツをなぐった時のようなものすごい衝撃で腕がびりびりとしびれる。力を込めてそれを抑え込むと、まばゆい火の粉が辺り一面に飛び散っていた。
火球は防いだ。アレックスが盾を下ろすと、オーフェンの憎ったらしい顔が目の前にあった。プロレスを馬鹿にし、フィオナを踏みにじり、アンソニーを傷つけたくそったれの顔だ。鳩が豆鉄砲を食らったマヌケ顔で驚いているが、慈悲の心なんてあるはずない。まずはその顔面に一発叩き込んでやる。
アレックスはオーフェンの懐に飛び込み、拳を固め、顔面目掛けて思い切り叩きつけた。
拳は顔面に直撃。自動車事故のような鈍い音を立ててオーフェンは吹っ飛び、どさりという音を立てて力なく芝生の地面に落下した。
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