第26話 深刻なポシェット

 コアラさんの乱入で呆気にとられていたウンランが、ようやく落ち着きを取り戻したみたい。

 はあはあしているエミリーはともかく、ジェットさんもいつもの調子になってきたように見える。

 

「このタオ……禁断の森に住む真人で間違いない。まさか、このような珍妙な御仁だったとは」

「こんなにもふもふして可愛らしいのに珍妙とは失礼よ」

「論点はそこじゃねえと思うんだが……」

 

 ずっと見守ってくれていたジェットさんから謎の突っ込みが入ったわ。

 だって、ウンランがコアラさんのことをヘンテコとか言うんだもん。

 えっと、コアラさん乱入前にどうしようか悩んでいたのよね。そうだ。思い出したわ。

 

「えっと。どうやって約束を守ってもらうか、だったわよね」

「そうだ。インプを使って呪いをかけぬよう誓いを立てる。エルフとの協力も切る。我らにとって長耳との協力を切る意味がどれほどのものか分かって欲しい」

「長耳族も絡んでいるの?」

「いかにも。彼らに呪いの方術を伝授されたのだ。他にも我らが実行部隊となることで支援を受けている」

「長耳族もあなたたちと同じように人間が攻め込んでくると勘違いしているのね」

「勘違いなどでは……っく」


 ユーカリをひたすら貪るコアラさんに目をやり、口をつぐむウンラン。

 彼らの事情は分かったわ。

 事実は全く違うのだけど、彼らから見るとシルバークリムゾン王国の壁は無敵の城壁で、立ち入ることさえできない強力な結界で、魔力無しの人たちが移住させられる僻地の村は攻め入るための拠点となり、騎士団の施しは戦争のための物資集積だと認識している。

 そんな折、更に危機感を募る事件が起きた。私がコアラさんに会って、外部魔力を使いこなせるようになったから、いよいよ魔法使いもやって来た……となったのね。

 呪いの理由も理解したわ。

 答えは村人の無力化よね。

 でも、呪いを使うということで、彼らの本質が分かった気がするの。殺すや怪我をさせて追い払うのではなく、呪いで無気力にする。

 やられる前にやれ、にしては甘い対応じゃないかしら。彼らは戦いを望んでいないと思う。私と同じように。

 

「村の人が元に戻ってから彼らと相談しなきゃだけど、一つ提案があるの」

「内容次第だ。無条件に降伏せよ、は受け入れられない」

「ううん。そんな物騒なことじゃなくて。有翼族とルルーシュ僻地で商売ができないかな?」

「商売……。正気か」

「もちろん。今はまだ、取引できるような農作物が殆どないけど、私たちの問題点はお互いに知らないことだと思うの。村を見てもらえればきっと私たちに戦争の意思なんてないって分かってもらえると思うんだ。だから」

「理解した。オレからも一つある」

「うん」

「誓いが人間にとって意味をなさないのだな。ならば、オレがここに残るのはどうだ?」

「人質というのは、余り気持ちがよくはないけど……ウンランはそれでいいの?」

「構わない。ただ食糧、住居その他は提供してもらいたい。その代わり、労働力を提供する」


 新しい人材が加わってくれることは大歓迎よ。でも、村の人が受け入れてくれるかな。

 有翼族と仲良くなれれば、きっと村の発展に寄与してくれる。


「村の奴らのことを心配しているのか? まあ、なるようになる。お前さんの案は悪くないと思うぜ」

 

 ポンとジェットさんが私の肩に手を乗せて、にかっと笑う。

 そうよね、なるようになる、と前向きに行こう。うんうん。


「インプは解放するわ。一匹、ええと二匹かな? を残して有翼族のところへ戻ってもらっていいよ」

「いや、しばらくは全部ここに残す。それでもいいか?」


 ウンランが意外なことを申し出てきて、「え?」と思わず大きな声を上げてしまったわ。

 インプを通じて呪いをかけていたのよね?

 剣呑とした私の雰囲気を感じ取ったのか、ウンランが首を振り「そうじゃない」と否定する。

 

「呪いが解けるまで今しばらくの時間がかかろう。これまで通り、インプに食糧を届けさせる」

「え? 村の人が飢えてなかった理由って、インプが食べ物を運んでいたの?」

「そうだ。前線基地の人間が死んでみろ、状況が一変するだろう」

「そうね。本国からも調査隊が出るかもしれないわ」

「だからこそだ。我らとしては無力化が至上。あの状態の人間なら、食糧も一日にリンゴ二個ほどで足りる」

「呪い状態だと食事量も減るってこと?」


 ウンランが無言で頷きを返す。

 施しだけじゃ足りないだろうと思っていたけど、まさかインプが村人を支えていたなんて。

 でも彼らが自分たちから攻め込む意思がないことは分かったわ。

 呪いをかけ、インプが食事の世話をする。そうすることで村人は飢えずに気力を失ったままではあるが生きていくことができるもの。

 騎士たちも村人の死んだ魚のような目を見ておかしいなと思うかもしれない。だけど、次に来た時も変わらず生きているのだから、関わろうとせず現状維持だ。

 それもそのはず。騎士たちにとって護るべき民はシルバークリムゾン王国の民であって、僻地の民ではないもの。

 心情的に僻地の人も護りたいと思う騎士も確かにいる。レオとかね。

 だけど、彼らはいつも任務に追われ手一杯だと聞く(たまに会った時にレオがいつもぼやいていたわ。休みが全然ないんだって)。

 

「あなたを受け入れるにはまだ課題があるけど、私としては歓迎よ。よろしくね。ウンラン」

「ああ。よろしく頼む」


 握手の習慣は同じだったみたい。ウンランと硬い握手を交わし、続いて彼はジェットさんとも握手をしていた。

 コアラさん、心配して来てくれたんだよね。彼にお礼を言おうと……エミリーが彼の前でしゃがみ、じーっと彼のことを見つめていた。

 彼女のことは見て見ぬふりすることとして、コアラさんはずっとユーカリの葉をむしゃむしゃしていたみたい。

 

「コアラさん、来てくれてありがとう」

「もしゃ……まずい」

「どうしたの? まさか何か危機が迫っていたり?」

「そうだ。これはまずい」

「伝説の飛竜やドラゴンとか、まさかそんなことはないよね」

「そんなものより余程深刻だ。あと、ドラゴンや飛竜は好きじゃない。あいつら……ユーカリ」


 コアラさん、言葉が繋がってないよ。本当に飛竜が襲撃してきたりしないよね?

 不安になってきたのだけど、彼の「まずい」の原因が分かりほっと胸を撫でおろす。

 彼のポシェットはパンパンに膨れていたのだけど、中身がもうないんじゃないかしら。


「ちょっとごめんね」

「もう無いんだ……深刻だろ」


 ポシェットをひっくり返してみたら、案の定だった。

 コアラさんにとって問題となるのは、ユーカリ以外にはないってことを改めて確認できたわ。

 彼にとっては飛竜の襲撃なんか危機ですらないのね。

 でも、大丈夫だよ。コアラさん。

 

「ユーカリの苗木があったじゃない。あれを庭に植えて育てたんだよ」

「知ってる。しっかり感知しているぞ」

「庭のユーカリの葉なら自由に食べてもらっていいよ! コアラさんが来てくれた時のために用意していたんだから」

「本当か!」


 コアラさんがカクカクした謎の踊りをはじめちゃった。

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