第10話 閑話2.王子の調査

「――という様子でした!」

「ありがとう。ルルーシュ僻地という場所はなかなかに厄介そうだね」

「そうなのか。俺の出番か?」


 サラサラの髪をかきあげるギベオンの横から、にいいっと得意気な顔でヘリオドールがぴょんぴょん跳ねる。

 ギベオンから依頼され報告に来たレオはヘリオドールの様子にぎょっとしていたが、兄のギベオンは慣れたもので「はいはい」と弟をあしらっていた。


「騎士団はルルーシュ僻地がどのような場所なのか、特に調査はしていないんだね?」

「はい。施しを届け、時間帯によっては村で夜を過ごします」

「ふむ。ルチルは騎士団が建築した屋敷で暮らす。彼女とエミリーの二人で自給自足をしていけそうかな?」

「正直、未知数です。エミリーは水属性ですので、何かと応用力はあるかと。ルチルはルチルで剣や弓を扱えます」

「令嬢が狩りとは……。ルチルならやってのけそうだね」

「俺も俺も!」


 何かと口を挟むヘリオドールに対し、ギベオンはクッキーの缶を開け、テーブルの上に置く。

 すると、目を輝かせたヘリオドールはクッキーをむしゃむしゃとやり始めた。

 

「食糧は二週間、切り詰めれば三週間は持ちます。多少の採集や狩猟ができれば次の施しまでは十分生きていけるかと」

「最初の二ヶ月を越えることができれば、少なくとも彼女らの命の心配はせずに済むか。場合によっては僕が出向く」

「ギベオン王子自らとなると、周囲が黙っておりません! 俺……私がルルーシュ僻地で調査名目で護衛の任につくなど、その辺をご検討ください」

「はは。よほどルチルのことが好きなんだね」

「ルチルだけじゃありません。エミリーも俺の大切な幼馴染なんです!」


 からかったつもりが、レオから真顔で返ってきた言葉にピクリと眉を上げるギベオン。

 ルチルと縁の深い騎士を調べたところ、彼の名が真っ先にあがってきた。そのため、ギベオンは彼と接触することを決めたのだが、存外好ましい人物だったことに僅かに目を細める。

 クッキーにご執心の弟はもちろん、目の前の騎士にも気が付かれない程度に。

 ギベオンは第二王子という立場上、上位貴族の一部しか知り得ないような過去の歴史も学んでいる。

 何故、魔力を持つ者が必要なのか。そして、魔力保有量の高い者を貴ぶ世の中ができあがったのかを知っている。

 必要だったからだと理解しつつも、魔力保有量は当人の努力で何とかなるものではない。貴族の爵位と同じように。

 王国がそうなるように進めてきたとはいえ、地位や魔力保有量によって過剰なまでに下に見る者が多いのは事実だ。

 国への貢献度によって豊かな暮らしができたり、そうでなかったり、は悪くはない。しかし、地位や魔力保有量の前に人は人としてあるべきであるとも彼は考えている。

 その点、ルチルとエミリーの両者を同じくらい大切に想えるレオを評価したというわけだ。

 

 ならば、多少は自分の想いを打ち明けても構うまい。

 ギベオンはうっすらとした笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「レオくん。一つ、相談事があるのだが、口外できないものなんだ。聞くかい?」

「ルチルのことですか?」


 無言でこくりと頷くギベオンに対し、身を乗り出し「はい!」とレオは声を張り上げた。

 

「まず前提として、魔力保有量の多い者の魔力が消失したとい事例はこれまでにない。ルチルが初だ」

「そ、そうなのですか……それはまた何とも運が悪い……」

「僕は運ではないと見ているのだよ。霊薬や秘薬の類いを調査したんだ」

「秘薬を誰かが盛ったということですか!?」

「はは。レオくんはルチルのこととなるとすぐに頭に血が昇る。悪いことではないけど、もう少し落ち着くことをお薦めするよ」

「は、はい。大変申し訳ありません」

「悪いことではないと言っただろ? そう落ち込むことではない。僕には無い物を持つ君と弟がいてくれて心強いよ」


 そこで一旦言葉を区切ったギベオンは缶に入ったクッキーを一つ摘まみ上げる。

 ほら、これでも食べて少し落ち着いたらどうだい? と示すかのように自分の口にクッキーを放り込んだ。

 王子の前で気軽に食べるわけにもいかずと戸惑うレオにヘリオドールがクッキーを握らせる。

 

「うまいぞ」

「あ、ありがとうございます」


 手渡されては食べないわけにもいかない彼は、クッキー一息に食べた。

 

「お、おいしいです!」

「だろだろ」


 にゃははとヘリオドールはご機嫌に笑う。


「落ち着いたかい?」

「はい。重ね重ね感謝いたします」

「はは。霊薬や秘薬を調査したところまでだったね。僕が調査した範囲で、とはなるが、魔力を消す効果を持つものは無かった。あったとしても一時的なものだ」

「そうなんですね。一体何が原因なのでしょう……」

「可能性の高い、低いはあるけど、いくつか当たりはつけているよ。ただ、人が絡むとなると相手も貴族だ。慎重に動かねば、軋轢を生む」

「王子でも、そうなのですね」

「そうさ。王子といっても貴族社会の一員だよ」


 だから回りくどいのだ。

 とギベオンは心の中で自嘲する。

 突然罹患する風邪のように魔力が消失したのか、人為的に何かが行われたのか、今のところまだ完全に特定できていない。

 しかし、人為的だとするならば、アンブローシア家の次女ローズマリーの可能性が極めて高いとギベオンは見ている。

 魔力が消失する直前にルチルはエミリーと共に食事をとっていたことは調べがついていた。

 その食事に何かしたとしたら、下手人はローズマリーか彼女の指示を受けた召使いの誰か。

 だが、薬を盛ったとしても魔力を消失させる薬なるものがこの世にないのだ。霊薬と秘薬の第一人者たる宮廷魔術師の双璧のうちの一人にも協力を仰いだが、結果は芳しくなかった。

 それと、もしローズマリーが犯人だとして、告発すべきか悩みどころだ。

 現状、アンブローシア伯爵が積極的にルチルの支援を行っている。次女が犯罪に手を染めたとなれば、伯爵もただでは済まないだろう。

 できる限りギベオンが庇ったとしても、今のようにルチルへ十分な支援をすることは難しくなる。

 かといって、表立ってギベオンが彼女の支援を行うことも貴族社会の関係性からなかなかに大変だ。

 

「ともあれ、原因は必ず突き止める。ルチルの名誉を回復させないとね」


 つい、言葉にして出てしまったが、レオとヘリオドールがうんうんと頷いていた。

 

 一方、タンビュライ公爵家第一公子カランとアンブローシア伯爵家第二令嬢ローズマリーの婚約は着々と進んでいる。

 伯爵家としても公爵家に嫁を出すことは大きなメリットがあり、公爵家としてもカランの積極的な進言もあり、乗り気だ。

 ルチルが去った伯爵家も俄かに騒がしくなってきた。果たして、この婚約の行く末は……まだ誰も知らない。

 

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