第11話 いざ、森へ
ルルーシュ僻地に来てから五日が過ぎた。
たった五日だけどいろいろな発見があるものよね。四日目からは私一人で行動することも多くなった。もちろん、日が暮れるまでだけど!
それでね、ジェットさんの家の前を通って小川まで行くのが日課になっているの。
目的は森の探索……ではなく小川なんだ。
小さな川なのだけど、大きければ15センチくらいの魚が取れるのよ!
村の中は相変わらずで、虚ろな目をした村人たちは挨拶しても素通り。
いくら騎士団が食糧を届けているとはいえ、自分たちで食糧を調達しないと飢えてしまうと思う。
彼らがどうやって生活しているのかは謎なのよね。ひょっとしたら夜中に元気になって狩りやら採集に出かけているとか? まさかね……。
たった五日間だけど、インプを見かけることは数度あったの。目が合うと逃げていっちゃうから一体だけなら身の危険を感じることもなかったかな。
インプは見かけたけど、他のモンスターに遭遇することはなかったわ。
小川を越えて森に入るとイノシシや鹿を見かけるとジェットさんに教えてもらったけど、まだ森には踏み込んでいない。
今のところ、小川の魚とその付近で取れる野草や木の実で自給できそうだから。
森の奥に興味がないわけじゃないの。むしろ、とっても興味がある! モンスターがいないのなら、今すぐにでも行きたい。
不思議な夢のことを覚えてる? あれはきっと大賢者様が私に見せてくれたものだと思うんだ。
声は北だと言っていたから、文献と同じで北にある森に大賢者様か彼に所縁のある人が暮らしているんじゃないかって。
順調に進むかに思えたルルーシュ僻地での暮らしだったのだけど、五日目の晩に事件が起こったの。
気が付いたのはエミリーだったわ。
「あ、あれを見てください!」
「ん……」
彼女の声に眠気眼を擦り、むくりと起き上がる。
窓際に立つ彼女をボーっと見つめ、何だろうと彼女の隣から窓を覗き込んだ。
赤く光るポツポツが広場に沢山浮かんでいる!
な、何だろうあれ……。村は静まり返ったままだし、あれだけの怪しげな光があっても村人の気配は感じられないわ。
みんな怖くなって家の中でじっと息を殺しているのかしら。
ん、でも、あれってランタンや魔法の灯りじゃないし……あ。
ここでハッとなる。あれはモンスターの目が光っているんじゃないかな?
「ねえ、エミリー」
「はい」
「よおく見てみて。少し遠いから見え辛いけど、ほらあそこ。一番近い場所にポツンと光る三つの赤色があるじゃない」
「ありますね。動いてます……」
「あれってインプじゃないかな?」
「近い二つの赤は目として、もう一つは尻尾の端が光っていたり?」
「そうかも。大きさからするとインプかなって」
「ふああ。あ、あの光は大量のインプ……群れで襲ってきたら……」
「大丈夫そうだけど……エミリー。水の防御壁……ううん、水の膜なら寝てても維持できる?」
「ウォータースクリーンは元々、夜間警戒用ですので問題ありません。ですが、使うと魔力が回復せず、明日の水に支障が出ます。魔力が少なくてすいません」
「ううん。そんなことない。エミリーは魔力が平均以上って知っているんだからね」
両手をぎゅっと握りしめ、胸の前にやる。
エミリーは謙遜する方だから控え目にしか言えなかったけど、彼女の魔力、魔法共に平均どころか上位に食い込むくらいなんだから。
魔力が重視される王国で彼女ほどの人が私について来てくれたなんて、改めて本当に良かったのかって自問自答してしまう。
手が開き下に降ろしてしまった私を見た彼女は「ルチル様」と私の手を引く。
と思ったら、私の手を握りしめてきたの。
顔を上げたら、彼女と繋いだ手に力が入る。
「う、動いてる!」
「はいい」
赤い点が空高くに浮かび上がり、森とは逆方向に去って行った。
な、何だったのかしらあれ。
「エミリー。ごめんね。ウォータースクリーンをお願いしたい……」
「私からもお願いしたいです」
ウォータースクリーンは薄い魔法の膜を張り巡らせる結界魔法の一つ。
この部屋を包むくらいの大きさだったら、彼女は朝まで維持できる。
ウォータースクリーンに障壁の効果はないのだけど、膜を越えて入ってきた何かがいれば即エミリーに伝わるの。
つまり、寝ていたら飛び起きる形になって眠ったまま何かをされることはなくなるわ。
「では、ウォータースクリーンを使います」
「ありがとう」
◇◇◇
何事もなく朝を迎えたわ。
大量に集まっていたインプの姿はもうどこにもない。ひょっとしたら定期的に村へ集まっているのかも。
夜にはますます注意しなきゃ、ね。
「エミリー、少し休んで」
「で、ですが……」
「日中ならインプに会っても単体だし、すぐ逃げていくじゃない。屋敷の中も平気よ」
「ルチル様は?」
「私は小川まで行ってくるね。一昨日、昨日と別れて動くことが多かったじゃない」
「では、私も予定通りお屋敷のお掃除などを」
「ダメ。エミリーは休んで。う、うーんと、エミリーの為だけじゃなくて」
「え、えへへ。ルチル様。そこで言葉に詰まったら台無しです」
お互いにクスクスと笑い合う。
エミリーにはしっかり休んでもらって魔力を回復してもらわなきゃ。
◇◇◇
小川まで行く。確かに私はそう言ったわ。
だから、小川までは来た。小川まで来たのだから小川を越えて森に入っても問題ない。うんうん。
昨晩、大量のインプの姿を見たのが決定的だった。
死んだ魚のような目をした村人たち。ジェットさんは水が原因だと言う。それに、インプたち。
今のところ、私たちに害を及ぼしていないけど、あれだけ大量のインプが集まるとなったら何かしてくる可能性が高いと思うの。
もしかしたら、水じゃなくてインプが原因で村人たちがあのような姿になってしまったのかも、とも考えている。
今の私にこれらを解決する手段はない。あるとすれば、他力本願甚だしいけど、施しにくる騎士団を頼るくらいしか。
だけど、待っているより行動する方が性に合っているわ。
ルルーシュ僻地に来た晩に見た夢のことを覚えている? きっと大賢者様か彼のお弟子さんのような方が森にいる……いて欲しい。
きっと大賢者様なら、村で何が起こっているのかすぐに分かるはず。ひょっとしたら解決策も授けてくれるかもしれないわ。
古代種の鉢も持ってきた。
古代種の鉢は惜しいけど、これを土産にしたらきっと大賢者様は喜んでくださるわ。
「だ、大丈夫……」
いざ、小川を越えうっそうとした森林を前にすると足がピタリと止まった。
「森の中にはモンスターがいるぜ」
ジェットさんの言葉が頭の中でリフレインする。
タラリと額から冷や汗が流れ落ちた。
「う、ううう」
ブルブルと首を振る。
大丈夫、大丈夫だよ、ルチル。ちゃんと武器も持ってきているわ。
今日のものはとっておきよ。自分でメンテナンスができないから、いざという時だけにしようと思っていたんだ。
じゃじゃーん。
誰が見ているわけでもないのだけど、自分の不安をかき消すように高々とクロスボウを掲げる。
武器研究の第一人者「ヴェルヒ男爵」から賜った特別性なの!
その名も――。
「え、ええっと。オートクロスボウ? オートボウガン? ど、どっちだったっけ」
間をとってオートクロスボウガンとしよう。凄いんだよこれ。普通のクロスボウは一回射ると装填しなきゃならないんだけど、このクロスボウは10回まで連射できるのよ!
その分、少し大きい。古代種の鉢も持っているからなかなかの荷物になるけど、動きに支障はない。
エミリーとお揃いのダガーも持ってきたし、抜かりはないわ。
「イノシシくらいだったら任せて! さあ、行くぞお。待っててね。大賢者様」
背負った古代種の新緑の葉へ指先を当て、腕を大きく振り上げた。
さあ、行こう。
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