第9話 村はずれの男の人

 村と外の境界線は丸太を刺して横から板を打ち付けただけの柵なのだけど、村を覆うまでは準備されてなかったわ。

 釘がむき出しになっていたり、板が腐っていたりしているし、防御柵としての役目に疑問が残る。

 場所によってはイノシシの突進を一度か二度くらいは防ぐことができるかも? くらい。イノシシだって柵を避けて進むよね。

 この柵に意味があるのか疑問を抱いたのだけど、柵を挟んでモンスターと対峙して、槍と弓を使えばそれなりに役に立つ……はず。


「畑は柵の外なのかな?」

「かもしれません。王都も城壁の外に農場がありますし?」


 疑問に疑問で返すエミリーだけど、私も彼女も初めて来る場所だから分からなくて当然よね、うん。

 民家の区画のすぐ外が柵になっていたから、農場を作ろうにもスペースがない。

 柵を抜ける前に念のため装備チェックよ。

 うん、剣も弓もちゃんと持っている。エミリーは魔法があるけれど、護身用にダガーを腰から下げているわ。

 「よし」と二人で目くばせしあい、柵の横を通り抜ける。

 

 てくてくと10分ほど進んでみたけど、雑草が生えるだけで耕された土地は見当たらないわ。

 木々や大きな石はないから、ひょっとするとかつてこの辺りは畑だったのかもしれない。

 

「ただの草原にしては躓くこともないわよね」

「以前は畑だったのかもしれませんね」


 なんてエミリーと感想を述べつつ進んで行くが、野原が広がるばかり。たまに木があるけど、計算された間隔とでも言えばいいのかしら。

 木陰で少し休憩、って時に使えそうだと感じたの。

 私とエミリーの意見は同じ。過去にこの一帯は整備された土地だった……で間違いないんじゃないかな?

 

 あ、あれって。

 エミリーの方を見やると彼女が指差す方向も同じところだったわ。

 

「畑よね」

「家もあります!」

「確かに! 畑より家の方が目立つのに……」

「雑草もありますし、ここからなら平屋だと畑の方が目立つかも? です。私も畑が先に目に付きましたよ!」


 あ、あはは。

 エミリーったら、そんな気を遣わなくてもいいのに。

 彼女がいてくれてよかったと改めて思う。私なりになるべく屋敷の外に出て、隙を見て街に繰り出していたけど、やっぱり箱庭の域を出ていなかったわ。

 王国菜園で土を耕したり、種を植えたりなんてことはしたけど、本当の農業とは異なる。

 農村出身のエミリーは村の生活に詳しく、私とは雲泥の差よね。

 彼女を見習いながら、私も成長しなくちゃ。魔法が使えなくなった分、知恵と少しばかりの勇気で乗り切るんだぞ! 私。

 

 ふ、ふふ。

 今度は私が先に見つけたようね、エミリー。


「男の人が家に向かっていますね」

「そ、そうね」


 口を開くのは彼女の方が早かった。

 ちょこっとだけ悔しい。けど、すぐにそんな気持ちも吹き飛ぶ。

 男の人はあの家に住んでいる人なのかしら? 

 年のころは30代半ばくらいで、ぼさぼさ頭で髭も整えられていない。良く言えば野性味あふれる人?

 枯木を背負い、斧を腰から下げた姿で北にある森へ出かけた帰りかも。

 この人は他の村人と違う。ちゃんと前を向いて歩いているし、目に光が宿っているわ。

 

 向こうもこちらに気が付いたようで、腰から下げた斧をぽんと地面に転がした。

 彼なりに敵意がないことの証明なのだろう。

 私たちも武器を置くか迷っていたら、向こうから近づいてきて「よお」と右手をあげた。

 

「王国から来る兵士……には見えねえな。新入りか?」

「はい。昨日から僻地に住まわせて頂いております。ルチルと申します。こちらはエミリー」

「エミリーです」


 ペコリと二人並んで礼をすると、ぼりぼりと頭をかいた男の人が自己紹介する。


「ご丁寧にどうも。俺はジェット。村はずれに暮らす変わり者さ」

「あ、あの。お会いしたばかりで不躾に申し訳ありません。教えて頂きたいことが二つございます」

「こうやってまともに喋るのも久しぶりだ。言ってみろ」

「ありがとうございます!」


 この人とは意味のある言葉を交わすことが出来そう!

 ここに来るまで何人にも声をかけたけど、誰もまともな言葉が返って来なかったの。この人なら何か知っているかもしれないわ。

 

「村の人が、そ、その。元気がなさそうに見えたんです」

「ああ。お前さんらも気をつけろよ。村の井戸水は絶対に飲むな。飲んだらああなる」

「水が……なのですか?」

「おうよ。あの水を飲むとな、どんどんこう気力が無くなって行って、最終的には生きる屍みたいになってしまう。畑もろくに耕してなかったろ?」

「は、はい。村のみなさんはどうやって生活を?」

「王国から施しってのがあるんだろ? 俺はしばらくの間、村に入ってない。鍛冶の爺さんも動けなくなっちまったからな」


 そ、そんな。井戸水を飲まずに生きていけなんて、不可能じゃない。

 エミリーのように魔法で水を出すことができれば何とかなるけど、彼らは私と同じで魔力を持たないんだもの。


「お屋敷に井戸が無かったのは、騎士団の方々もご存知だったのでしょうか?」

「分からないわ。次にレオが来た時に聞いてみましょう」


 エミリーの言うように騎士団の方々は水が原因だと知っていたのかな? 私はその可能性は薄いと思うの。

 だって、知っていたら彼らがいる間だけでも水を飲まさぬように水を運んで来る……のは大変だから、魔法で水を出したりするんじゃないかな?

 この場限りだと分かっていても、食糧供給と同じ「施し」の一環として。

 彼らが来た時だけだから無駄なので、と言うことで水のことを無視していることは考え辛いのよね。だって、レオがまるで表情に出てなかったんだもん。

 だから、彼らは村の様子がおかしいことは分かっていても、原因は分かっていないんじゃないかなと思ったのよ。

 ん? 

 この人……ジェットさんは村の井戸水を飲んでない?

 首をかしげる私に向け、ジェットさんはにいっと口角をあげる。

 

「ここからそっち、北側だな、に向かうと小川が流れてんだよ。そこで水を取ってくればいい」

「森があるところですか!?」

「おう、良く知ってんな。小川を越えたら深い森になる。鹿やイノシシもいるんだが、モンスターもいるぜ。行くなとは言わんが重々気をつけろよ」

「そこに大賢者様が……」

「大賢者? 森で人に会ったことはないぜ」

「あ、いえ。こちらの話でした」

「小川まではここから徒歩で10分くらいだな。村からだと結構遠い。台車か何かを持って行った方がいいぞ」


 ジェットさんは私とエミリーを見やり、そんなことをのたまった。

 腕力については自信がない。二人がかりで彼と力比べをしても勝てそうにないや。

 ごつい体つきというわけではないのだけど、引き締まった体をしているもの、ジェットさん。

 口ぶりから森で狩りもしているんだろうな。あの斧でモンスターとも戦っちゃうのよね。凄い!

 

 この後、案内してくれると彼が申し出てくれたので、彼と先導されて小川まで行ってきたの。

 小川は川幅二メートルくらいで、狭いところだったらジャンプして飛び越えれるくらいのものだったわ。

 水を汲むには支障はないけど、大きな魚はいなさそうね。小魚なら沢山とれるかもしれない。

 

 「小川を越えたら深い森」

 ――頭の中でその言葉を何度か繰り返しながら帰路につく。

 

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