第8話 それを捨てるなんてとんでもない

 神秘的な新緑のこぼれ日の下、私は歩いている。

 ルルーシュ僻地に到着して新生活が始まり、疲れ切っちゃってぐっすりと眠っていたはずなのだけど……。

 疑問が浮かぶも魅力的な風景に目を奪われ、自分が何を考えていたのか全て吹き飛んでしまう。

 小さな滝に透き通った池、そこから流れる小川。

 周囲は樹齢100年は超えるであろう太い幹を備えた大木の森になっている。

 この木は……見たことのない木のはずなのに何故か懐かしい気がした。

 ヒラリヒラリと風に飛ばされた葉が落ちてきて私の頭の上に落ちる。


「この葉は」


 見たことがある葉だった。これって、古代種の葉よね。

 古代種は巨木になると書いていた。これらの巨木は古代種の成長した姿なのかしら?

 指先で摘まんだ葉を離す。

 ヒラリと葉が地面に落ちた。

 

「それを捨てるなんてとんでもない」

「声? どこ?」


 声が聞こえたことで警戒するどころか、声に対し呼びかける私。

 何故そうしたのか分からない。声からは敵意というものが感じ取れなかったからかも。

 ううん、問いかけるのが自然だったというか、うまく表現できないや。


「驚いた。まさか、苗を持っているとは。大事に育ててくれ」

「古代種のこと? あなたは?」


 声からの返答はない。

 でも、声の大きさからしてきっと近くにいると思うの。

 足を動かしたけど、その場で足踏みしているみたいに景色が変わらない。

 

「どこにいるの?」

 

 再び呼びかけると、先ほどまでと違ってとても小さな音量で言葉が返ってきたの。

 

「北の森だ。貴重な苗木を感じた。つい、な……邪魔し……た」

「え、北の森? まさか、大賢者様?」


 伝説の示す場所はルルーシュ僻地の北だったはず。

 遠方からこうして私に話しかけることができるなんて、賢者様その人に間違いないわ。

 ……う、賢者様のお弟子さんかもだよね。もう数百年も経過しているわけだから。

 で、でも、文献によると魔法の叡智を極めし大賢者は永久の時を生きるともあった。

 

「大賢者様ー!」


 眩しい。

 窓から差し込む光に目を細める。

 さっきまでの景色は?

 

「夢だったの……?」


 夢にしては現実感がありすぎたような……。

 声を届けるだけじゃなくて、あんな夢まで見せることができるって、やはり大賢者様?

 窓際に置いた古代種の鉢へ目を向ける。

 大賢者様(仮)は古代種のことをおっしゃっていたわよね。それにしても、私……いくら夢の中とはいえ大賢者様に不遜な言葉遣いでお話しちゃったわ。

 気分を害されたかもしれない。

 もし、彼と出会うことができたなら、ちゃんと謝らなきゃね。

 

「ルチル様ー! どうされました!?」


 ドタドタと走る音がして、バアアンと扉が開く。

 肩で息をしたエミリーが入ってくるなり叫ぶ。

 

「あ、不思議な夢を見ちゃって、つい大きな声を、ごめんなさい」

「そうだったんですか。また昨日のインプのようなのが窓から入って来たのかと」

「そ、それは怖いわね」

「は、はい」


 タラリと額から冷や汗が流れる。

 夜中にゴンゴンと窓を叩く音。慌てて目を覚ましたら、外に真っ赤な口を開けたモンスターが……。

 自分で自分の肩を抱く。こ、怖……。

 

「ね、ねえ。エミリー」

「はい。エミリーです」

「明日から一緒に寝ない?」

「そ、そんな畏れ多い」

「ほ、ほら。モンスターがコンコンとしてきたら……」

「是非、ご一緒させてください!」


 即180度意見を変えるエミリーである。

 でしょでしょ。モンスターが、なんて想像しちゃうと怖くて一人で眠ることなんてできないもん。

 こんなのでやっていけるのかしら……私。

 慣れよ、慣れ。大丈夫。ちゃんと弓も剣も訓練をしてきたんだから。

 令嬢でも一通りの武芸を学ぶことができるのよ。人によっては乗馬だけって子もいるけど、私は馬、剣、弓、果てはジョギングまで日課にしていたのよ。

 緑の魔女としての日課をこなすには体力勝負。

 妹は呆れていたけど、王国菜園で植物のお世話をするのだって力を使うし。

 これまで培った力で、魔法が無くても自分の身くらい守れる……よね。

 エミリーは水属性の魔法があるから、私よりずっと身を護る力をもっている。

 私も彼女も精神的なところが問題だわ。

 

 ◇◇◇

 

 朝食の後はドレスではなく動きやすい格好でお屋敷の外に出る。

 本当は日課のジョギングをしたかったのだけど、初めての土地ではそうはいかないわ。

 今日ばかりはエミリーも一緒。彼女も一人でお屋敷にいるのは不安だし、外に出る私もそうだ。

 明日からは別行動しようね、とお互いに目が泳ぎながらも約束したの。

 いつまでもびくびくしているわけにはいかないから。夜は別、わざわざ別室で眠る必要なんてないものね!


「こんにちは」

「……」


 すれ違う村人に挨拶をしても、こちらに目を向けようともせず通り過ぎて行った。

 う、うう。よそ者に厳しいのかしら。でも、絶対になじんでやるんだから。

 

 ルルーシュ僻地に築かれた村は壁の村「コルセア」と様相がまるで異なっていたの。

 人口はそれほど変わらないのに、歩いている村人が体感で半分くらいかな? そこは、天候によって左右されるところだし、既に畑作業に出ていてなんてこともある。

 屋内で内職をしていたり、なんてこともあるから歩いている村人の数で活気を判断することなんてできないわ。

 でも、そんなことじゃないの。

 何と言うか、出会う村人、村人、みんな生気が無いというか死んだ魚のような目をしていて、殆どの人は無言。もごもごと何やら唸るような声でブツブツと言っている人はいたけど……。


「何か変よね? 壁外の人たちだから?」

「いえ、そうは思いません。何かおかしいです」

「施しの時から、何か違うなと思っていたの」

「私もです!」


 軒下でぼーっと座る子供たちを横目に内心ため息をつく。

 そうよね、エミリー。

 子供たちまで野原を駆け回るでもなく、大人と同じような虚ろな目で空を見上げているなんてことは違和感ありまくりよね。


「それに、見てください」


 エミリーが指差す先は畑だった。

 ルルーシュ僻地では庭代わりに小さな畑がある家が多いのかな。農場は他にあるのだろうけど、まだそこまで見回れていないわ。


「え、これって」

「はい。全くお世話をしていないんじゃないかと、思います」

「種を植えたところかも?」

「いえ、もう少し寄ればハッキリわかるかと」


 近寄り過ぎるのも家の人に失礼だから、10メートル以上距離を開けて畑を観察したの。

 そうしたら、私にも彼女が言わんとしていることが分かったわ。

 土が乾燥しているし、畝の跡があるものの踏みつけた足跡が残っていたり、雨で流されたのか土が流れた跡もそのままになっていた。

 

「全くお手入れしていないよね、これ」

「はい。小さな畑にまで手を回す余裕がなかったのかもしれません」

「農業のことは詳しくないのだけど、どちらかしかお手入れできないなら農場の方になるのかな?」

「間違いなく、そうです。広い場所でしたら馬や牛を使って耕すこともできますし」


 一抹の不安を覚えながらも、民家の区画から離れ村はずれに向かうことにしたわ。

 きっと、農場に村人がいるはずよ。

 半ば自分に言い聞かせるようにして、エミリーと並んで歩く。

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