第13話 コアラとウィザード

「私はルチル。あなたのこと何て呼べばいいのかな?」

「……ユ、ユーカリ」

「ユーカリくん?」

「い、いや。ユーカリというのはその若木のことだ。俺のことはコアラとでも呼んでくれ」

「うん!」


 頭を撫でようとしたら後ろに頭を逸らし躱された。もふもふさん……じゃなかったコアラさんは案外素早い。

 もう一枚くらいなら、葉っぱをちぎっても平気よね。自然に落葉するものだし。この大きさでも真っ直ぐ伸ばすために剪定したりするものね。

 だって、コアラさんの目が古代種から離れないんだもの。

 

「コアラさん、もう一枚食べる?」

「い、いいのか?」

「二、三枚くらいなら、枯れたりなんてしないから安心して!」

「お、おう。ほ、本当に食べていいのか?」

「うん。だけど、鼻にツーンとする匂いがするのよね、この葉っぱ」

「もしゃ……」


 コアラさんは古代種の葉を食べるのに夢中で私の言葉が届いてないみたい。

 あっという間に葉っぱを咀嚼したコアラさんは名残惜しそうにもぐもぐと口を動かしている。

 

「コアラさん」

「若木なんてご馳走久しぶりだ。もう思い残すことはない」

「な、なんか深刻すぎない?」

「あらゆる手を尽くしたが、ユーカリの木を維持できなくなってな。俺も随分と生きた。ユーカリと共に眠ろう」


 一人黄昏れ、達観したコアラさんにどう声をかけていいのか口をつぐむ。

 葉っぱ一枚や二枚で生きるか死ぬかの話になるなんて思ってもみなかったんだもん。

 

「え、えっと。コアラさんが出て来る前に大賢者様がいたの! 大賢者様ならきっと何とかしてくれるって!」

「大賢者? そんな奴いたっけ」

「黒目黒髪の若い男の人。私を蔦の化け物から助けてくれて消えちゃったの」

「あ、あー。それ、俺だから、何の解決にもならん」

「え。ええええ! いくら私がぼんやりしているからって言っても、コアラさんと男の人を間違わないわ!?」

「あれな、あれは。幻影だ。ほら、同種の方が警戒心が薄まるし、話も聞いてくれるだろ」

「本当の姿がコアラさんだったの?」

「そそ。そもそも本当も何も、人間の男の姿は幻影で、触れたらすり抜ける」


 た、確かに。急に倒れちゃったから触れようとしたら触れなくて、コアラさんがいて。

 一人百面相をしている私をコアラさんはお座りしたままぼーっと眺めている。

 ううん。私じゃなくて私の前に置かれた古代種の鉢を見ているみたい。ブレない。

 

「この鉢、大賢者様にと思って持ってきたんです!」

「急に口調が変わったな。元のままでいいぞ」

「で、ですが。大賢者様に一介の人間が畏れ多いです」

「俺はそんな大したもんじゃねえ。静かに終わりを待つただのコアラだ」

「う、うう。コアラさんの望みなら。コアラさん、私はもう新しい種を育てることはできないけど、どうぞ」

 

 「コアラさんにお願いを聞いてもらう代わりに」と前置きすることもできたのだけど、飢えて死んでしまう人を前に取引をするなんてことを私にはできなかったの。

 対する彼は大きな鼻を膨らませ、カッと真ん丸の目を見開き、鉢を凝視する。

 「ぐ、ぐうう」と唸り声をあげた彼はくるりとそっぽを向いた。

 

「ダメだ。もらうわけにはいかねえ。ユーカリは命と等価だ」

「確かに芽吹くことがなかった古代種だけど、私が持っていても鑑賞するくらいにしか使えないから」

「ん? 芽吹かせた? どうやって?」

「私の魔法で、だよ。魔力が無くなってしまって、もう魔法を使うことができないの。ごめんね。コアラさん」

「待て待て待て、お前はウィザードだろ?」

「ウィザード?」


 コアラさんの言葉を反芻する。

 どうも私とコアラさんで考えていることにズレがあるような……?

 ちょこんとしゃがんだまま、コアラさんの前に回り込んでみる。

 えへへーと手を振ると、コアラさんが自分の鼻に手をやり耳を上下に揺らした。


「ユーカリから手を離すとは、理解に苦しむ」

「だって、お喋りする時は向かい合っての方がいいんだよ」

「そうだな。ユーカリ三枚の礼だ。魔法を使えなくなったと言ったな。見てやろうか?」

「え。分かるの?」

「見てみないことには分かるかどうかも分からん。もう一度聞くが、お前はウィザードだよな?」

「ウィザード? 魔法使いを現す言葉の一つだよね? 他にもメイジとかスペルユーザーとか魔女とかいろいろあるうちの一つ」

「ん。長い時の中で人間たちはウィザードとメイジの区別もつかなくなったのか?」


 コアラさんが先に違和感の正体に気が付いた様子。

 私にも何となく彼との認識の違いが分かってきたかも。

 ウィザードとかメイジって魔女やウィッチとかと同じで魔法使いの称号的なものなの。魔法使いなら何を名乗ってもその人の自由というか、私は「緑の魔女」と呼ばれていたし、もし気に入らないのなら自分でグリーンウィザードとか名乗り直しても問題ない。

 頭の中で整理していたら、コアラさんが説明を始めた。

 

「ウィザードとメイジは内部魔力を使うか外部魔力を使うか、の違いだ。お前のように体内の魔力を全て外界と接続するタイプはウィザードになる」

「私は魔力を失って……」

「失う? ちょっと違うな。人間なら体内に溜めるより、外界に放出し溜めた方がいいだろ。人間の器は余り大きくないからな」

「ま、待って。コアラさん。私は魔力を失ったわけじゃないの?」


 コクコクともふもふした首を上下させるコアラさん。

 あの毛と毛の間に指を挟んでみたいと思うのはきっと私だけじゃないはず。

 

「お前の魔力はちゃんと『ある』。意図せず魔力を外に出したんだな」

「突然魔力が無くなっちゃったの。でも、私の魔力はあるの?」

「おう。俺に触れてくれ」

「うん」


 では、失礼して。

 コアラさんを後ろからぎゅっと抱きしめる。

 ふわふわでどんなぬいぐるみよりも抱き心地がいい。

 ついつい首元やお腹周りをわしゃわしゃと。

 

「背中に触れるくらいで良かったんだが……うぎゅう」

「可愛い……」

「頭を撫でたらダメだ。いいな。ダメだぞ」

「う、うん」


 隙を見て絶対に頭を撫でてやるんだと誓う私であった。

 普段はやさぐれた感じでぶっきらぼうな彼だけど、頭を撫でたらあんな可愛い声を出すなんて。


「不穏なことを考えてないだろうな?」

「ううん。全然」

「……ユーカリの礼だからな。行くぞ。意識を頭上に持っていけ。そうだな、目を瞑った方がいい」

「うん」


 彼に言われた通り、コアラさんを抱っこしたまま目を瞑る。

 彼の体から暖かい何かが伝わってきて……あ、これはコアラさんの魔力かも。

 他の人の魔力を自分の体に流すことができるなんて、やはり可愛いもふもふさんでも大賢者様! 私たちの常識を易々と超えてくる。

 コアラさんの魔力はすぐに私の身体から抜けていく。

 と、同時に私の体内にある魔力の奔流を感じとることができた。微量で動きもはやく捉え辛いけど、コアラさんの魔力が道を示してくれている!

 これなら、辿れるかも。

 頭の上……だっけ。

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