第44話 ダ、ダメ……

「はあい。来たわよ」

「……もしゃ」


 エンジェライトさんが長耳族の元へ帰るのと入れ替わるようにしてオウロベルデさんとコアラさんがやって来たの。

 明後日に、と言っていたけど朝早くに来てくれるとは思ってなくて少し驚いちゃった。

 私以上にエミリーがあわあわしているけど……。

 

「ルチル様、誰ですか、この綺麗な人……」

「オウロベルデさんというのよ。コアラさんのお友達なの」


 「はああ」と感嘆の息を漏らすエミリー。

 確かに王都でもこれほど色っぽく吸い寄せられそうになる女の人はいないわ。魔性のという言葉がピッタリくる。

 「魔性の」は比喩ではなく、本当に魔性なのだけどね。

 オウロベルデさんは体にピタリと張り付くような布一枚のドレスを着ていて、豊満な胸がこぼれ落ちそうでスリットの入った布からなまめかしい太ももが見え隠れしている。

 雪のように透き通った白い肌、目元のホクロなど、どこをとっても綺麗という言葉しか出てこないわ。

 うん、そうなの。

 オウロベルデさんの下半身が蜘蛛の脚じゃなくて、人間の下半身になっていたのよ。

 

「来てくださりありがとうございます」

「あら、真っ先に聞いて来るかなと思ったのに」


 そう言ったオウロベルデさんがスリットに触れ少したくし上げた。ここに男の人がいないからいいものの、大胆過ぎるよ、オウロベルデさん。

 じゃなくって。

 

「……もしゃ?」

「コアラさんの魔法なの?」


 そうよ、彼女の下半身が蜘蛛じゃなくなってるの!

 コアラさんの魔法で幻を見せられているのかなと思ったけどどうやら違うらしい。

 彼の魔法かもしれないけど、ユーカリタイムの彼は上の空で……。


「私の魔法よ。コアラくんは姿を変えることに余り興味がないの」

「え、あれ」


 彼女に腕を掴まれ、太ももに私の手を持っていく。

 触れた手は確かに人の太ももだった!

 

「ルチルちゃんがそのままでいいと言っていたけど、一応ね」

「凄い! コアラさんも変身できるのかな?」

「私の下半身以外はできないわ」

「村の人を気遣ってくれてありがとう」

「なあんて、言ったけど。トラシマに乗るために姿を変えたのよ。自分で歩くより遥かに速いし。トラシマのことをすっかり忘れてたのよ」


 ペロッと舌を出す彼女に目を見張る。

 舌先が二股に別れていたわ。蛇のように。

 

「はじめまして、エミリーですっ!」

「あらあら、ルチルちゃんも隅に置けないわね」

 

 びしっと頭を下げたエミリーに対しオウロベルデさんが謎過ぎることを口にしたわ。

 私とエミリーは仲が良いけど、同性だし……。

 私の想いと同じくエミリーもきょとんとして、オウロベルデさんに応じる。


「はへ? 私、男の子に見えちゃいました?」

「あら、同性だったのね。私、人間の男女の区別が余りつかないのよね。コアラくんに髪の長さで分かると言われていたけど」


 ん、待って。髪の長さだと私の方がエミリーより短いわ。

 ひょっとしてオウロベルデさんに男の子と思われていたりした? まさか、そんな。

 となると、彼女から見たらウンランやギベオン王子が女の子に勘違いされちゃうかも? 流石にそれは……。

 

「コアラさんは人間を顔で区別できてたみたいだけど」

「おう。分かるぞ。付き合いも長かったからな」

「戻ってきた」

「戻るもなにもさっきからここにいるぞ」

「うん、そうだね」


 ユーカリタイムが終わったみたい。

 食べていない時はちゃんと話を聞いているし、大賢者に嘘偽りないと感動するほど鋭い考察と知見を持った人なの。

 外部魔力の教え方なんて王国の優れた教師なんて鼻で笑い飛ばすほどだった。

 と、挨拶も済んだところでオウロベルデさんがさっそく用件を告げてきたわ。

 

「蜘蛛はもうお届けしているわ。もっと数が欲しかったら言ってね。勝手に増えるけど」

「え、ええ? もうお屋敷にいるの!?」

「キャベツに群がってるわ。ルチルちゃんの魔法でもっとキャベツを増やしてくれないかしら。難しそうだったら数を減らすけど?」

「み、見に行っていいかな……?」


 ◇◇◇

 

「う、うわあ……」

「可愛いかもです!」


 エミリー、あなたもふもふさん以外も大丈夫なの?

 私はダメ、虫が苦手だから仕方ないじゃない!

 胴体の大きさが握りこぶしくらいの蜘蛛が先日緑の魔法で育成したキャベツに群がっているのよ!

 色も毒々しくて気持ち悪さがマシマシなのよね。オレンジと鮮やかな青のまだら模様とか派手過ぎない?

 こんなに派手だと目立つから大きなモンスターに食べられそうなのだけど……。


「40匹くらい呼んでおいたわよ」


 腰に手をあてふうと色っぽく息を吐かれても困っちゃう。

 オウロベルデさんは美しいのだけど、蜘蛛を見ていると寒気が走るのよお。

 何を思ったのか彼女は人差し指を唇につけ思い出したかのように言った。

 

「お腹がすいても蜘蛛を食べたらダメよ」

「食べない、食べないよ!」

「あなたやあなたのお友達には噛みつかないように言い聞かせているから安心してね」

「噛まれると毒が回って大変なことになったりするの?」

「残念だけど、引っ掻かれたり噛まれたりしても毒は回らないわ。蜘蛛を外敵排除に使おうと思ってた?」

「微塵たりとも思ってないからあ」

「そう。食べない限り毒が回ることもないわ。だけど、食べたら三つ数えるまでに絶命しちゃうから注意してね」

「猛毒レベルが凄い……」

「人間だから仕方ないわよ。大抵のモンスターもダメね」


 気だるそうに首を回し唇をすぼめるオウロベルデさんの姿は悩ましい。男の人だったらコロッといっちゃいそう。

 だけど、蜘蛛とのコントラストに合ってなさ過ぎるわ。

 

「ルチル様。キャベツ畑を作りましょう! 囲いも有った方がいいんでしょうか」

「囲いは要らないわ。エミリーちゃんだったかしら。あなたの言う事も聞くようにしておくわね」

「ほええ。いいんですか! 嬉しいです! ルチル様あ、村の外に畑を作りますか?」

「う、うん。そうね。は、はは」


 両手を叩いて喜ぶエミリーに対し、苦笑いで返す私なのであった……。

 

「畑か。腹ごなしに村の外まで行くか」


 のそのそと歩き始めたコアラさんの後ろをエミリーがてこてこと追いかける。

 

「抱っこしますか?」

「腹ごなしだからな。歩かなきゃな」

「残念です……」


 コアラさんを抱っこするなら、私もやりたいな。

 頭をなでなでして、あのキュンキュンする声を……。

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