第48話 少年と大賢者
王都のとある屋敷にて。
貴族の屋敷と比べると慎まやかである屋敷に二人の高貴な家柄の婦人がやってきたと噂になっていた。
厩舎もなく、花が咲き乱れる庭もない。部屋数もたったの四つ。
屋敷に住む人形のように愛らしい少女にはこの家に不満しかなかった。特に浴槽がないのは仕方ないにしても、湯あみ用の部屋がないことが我慢ならない。
「全部上手く行ってたのに! あの女、第三王子にまで色目を使っていたなんて! 許せない!」
蚊も殺さぬような少女の言葉とは思えぬほど口汚くののしり、バンバンと悔しそうに机を叩く。
彼女の母は自室に引きこもたまま、食事の時にさえ出て来なくなってしまった。
メイドを一人雇う事が許され、生きていくに困らぬ給金を彼女の父がしてくれているとはいえ華やかな世界とは縁遠い。
この暮らしは彼女にとって地獄に等しい仕打ちだった。
ローズマリー・アンブローシアは姉であるルチル・アンブローシアに毒を盛り国外退去に追い込んだ。
その罪により爵位をはく奪とする。
これが彼女がここに住むようになった原因だ。
おかしいおかしいおかしい。
彼女はそう何度も頭の中で繰り返し、ガリガリと机を引っ掻く。
「お父様もお父様よ! 言われっぱなしで! お母様は黙っちゃうし。カラン公子も……もう何もかも!」
きっかけはヘリオドールの魔力が無くなり国外退去の騒ぎになったことからだった。
ルチルに続きヘリオドールまでが……。王国内で最上位の魔力保有量を持つ二人が立て続けに魔力を失うことになり、王国内は動揺を隠せずにいた。
その折、ギベオンが魔力を失う原因を告発し、ローズマリーの企てが明るみになったのだ。
抗議の声をあげたのはローズマリーだけで、母は茫然自失。元々気が弱いカランは自分の爵位がはく奪されるというのにどこかホッとした様子さえあった。
裁定の結果、主犯のローズマリー、カランは爵位の永久はく奪及び一家からの追放。彼女の母も三年間の謹慎処分となる。
両家も無傷では済まず、代償を支払うことになった。
カランとローズマリーの結婚はご破算となったが、ローズマリーはそのことに落胆などしていない。むしろ、価値の無くなったカランとの関係が清算できたことを喜ぶ節さえあった。
「こうなったら……商人の中から探すしかないか……ううん、うーん」
商人と結婚した自分の未来を想像したローズマリーはギリギリと歯を鳴らし、ペタンと机に額をつける。
そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない。
ブツブツ呟きながら、今日もまた日が暮れていく。
◇◇◇
「という裁定になったんだよ」
「マリーとお母様は仕方ないにしても、お父様まで」
アンブローシア家はルチル、ローズマリー共に爵位のはく奪となったの。
跡を継ぐことのできる子供がもういなくなってしまったのよ。
でも、今回の裁定でお父様の判断で養子を取ることを禁止されてしまった。
そうなると、お父様の代でアンブローシア家は終わってしまう。
「アンブローシア伯爵家を悪いようにはしない。道は二つ……いや、細かくは三つかな」
「アンブローシア家取潰しにならない手があるんですか?」
「君がアンブローシア伯爵家に復帰すること。これが一つ目の道。壁の中に入ることができれば、壁に魔力を供給することもできるだろう。ならば王国民として資格有だ」
「外部魔力は他の人には見えないみたいなんです。エミリーも私の魔力が見えないみたいですし……」
「問題ないさ。魔力供給が出来ていることが分かればね。魔力測定器があるだろう。あれは魔力を流しさえすれば測定できる」
私が王国へ戻る……。う、うーん。
こうなってしまってはお父様の為に王都に戻った方がいいのかしら。
ヘリオドール王子のこともあるし、まずコアラさんに壁を通ることができるのか聞かなくちゃね。
考え込む私の様子をギベオン王子は暗い顔だととったらしい。
「ははは。王都は窮屈だからね。君は令嬢として振舞うことが好きではなかっただろう?」
「う……正直そうです」
「それともここで好きな人でもできたかい?」
「い、いえ、そんな」
「立候補しようと思ったけど、大賢者様かい? お会いしたとレオから聞いているよ」
「大賢者様は可愛いですけど……さすがに恋愛は」
からかわれているのは分かっているのだけど、慣れていないことでかああっと頬が熱くなる。
会う前は大賢者様に憧れていたわ。今でも尊敬しているし、大好きだけど、コアラさんだもの。さすがの私でもコアラさんに恋愛感情を抱くことはないわ。
エミリーくらいのレベルになると違うのかしら。
「呼んだか?」
「はあい。ルチルちゃん」
私を呼ぶ声にビクリと肩が揺れる。
「い、いつの間に来たの?」
音も立てずに背後に現れたのはトラシマとその背に乗るコアラさんとオウロベルデさん。
トラシマが本気を出せば目で追うことができないくらいの速度になるから……。
突然過ぎて驚きからこれ以上考えられなくなってしまう。
動じる姿を見たことのないギベオン王子も目を見開き握りしめようとした手が途中で止まっている。
一切動じてないのはエミリーだけ。
彼女は「もふもふさん!」とキラキラ目を輝かせている。
いや、もう一人、すぐに反応を返した人がいた。
「でっかい猫、それに、変な鼻のぬいぐるみだ! おっぱいがおっきい姉ちゃんのペットなのか?」
「ぬいぐるみじゃねえ。ちゃんと喋ってたろ」
「そういやそうか。ぬいぐるみは喋らないよな! 喋る動物なんていたんだな。ビックリしたぞ!」
「コアラだからな。喋るんだ」
「そうだったのか! コアラだったら喋るんだな。俺はヘリオドール。コアラ、俺と友達になってくれないか?」
「ああ、別にいいぜ」
トラシマからひょいっと降りたコアラさんがヘリオドールに向け小さな手を差し出す。
「いて! 爪すげえな」と握手をしたヘリオドール王子が顔をしかめている。だけど、とても嬉しそうだ。
「これは弟が失礼した。僕はギベオン。お初にお目かかる」
「俺はコアラだ。別に失礼なんてしてないぜ。ルチルに呼ばれた気がしてな。来てみたんだが、随分賑やかになってるじゃないか」
ギベオン王子が頭を下げ謝罪する。
一方のコアラさんはいつもの調子ね。彼にとっては人間の身分なんて関係ないもの。
驚くのはギベオン王子よ。王子たる人が素直に頭を下げるなんて、本当に気さくな方なのよね。
「あ、あのギベオン王子。この方が大賢者様その人です」
「え?」とヘリオドール王子、レオ、ギベオン王子の視線が私に集中する。
そういえばずっとレオはギベオン王子の後ろで護衛にあたっていたわね。
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