第4話 国内最後の時

 ガラガラガラ。

 淡々と進む連なる馬車。それを取り囲むのは王国騎士団である。

 中央付近の白く塗られた馬車に私とエミリーが乗っているの。この馬車には飲み物とちょっとした軽食が置かれているけど、他の荷物は別の馬車に積まれているわ。

 だから、広々と馬車を使うことができている。伯爵令嬢という貴族の地位を失った私は、本来貴族のような扱いを受けることはないのだけど、そこは父様が根回ししてくれていたのよ。

 彼は「全て任せておけ」と言ってくれて、まさか騎士団と一緒とは思っていなかったからビックリしちゃった。

 令嬢としての生活に嫌気がさしていた私だけど、これからは家族に会う事も難しいとなるのは心残り……。あの時の父様の顔を思い出すと、今でも涙がこぼれそうになっちゃうわ。

 マリーは公子様と婚約できるかな? きっとマリーなら大丈夫。魔力の面からも令嬢としての資質からも。公子は体調不良で青い顔をしていたけど、ただの風邪だとエミリーから聞いたし、すぐに回復することだろう。そうそう、「体調が悪い時に甲斐甲斐しくお世話すると急接近よ」と言う話もあるからチャンスよ、マリー。

 ……うん、偉そうに「頑張って」なんて考えたけど、「お世話をする」とかの話はマリーから聞いたことなの。私にはまだ恋愛とかはよくわからないや。彼女は私より一つ下なのに女の子としても令嬢としても数段上。所作一つとっても全然彼女に敵わないわ。


「でも、もう、そんなことを気にすることもないよね!」


 んーと伸びをすると向かいに座るエミリーの眉がピクリと上がる。

 何か気になるようなことをしちゃった?

 分かった。動きやすい服装をと思ってドレスから着替えたのよ。お忍びで街を散策するような時みたいに上下別れている服に。

 そうすると、背筋を思いっきり反らしたら裾が上がるじゃない? そうしたらおへそが見えそうとか思われたのかも?

 でも、お腹が見えそうになるまでまだ二センチくらいあるし、全然問題ないんじゃないかな。

 

「ルチル様」


 エミリーの目線は窓の外に向かっている。

 赤毛の騎士の青年……というにはまだ若すぎるけど、少年というにもという微妙なお年頃の男の子がこちらを覗き込んでいた。

 なるほど、彼女の反応はこの細身の彼だったんだね。

 彼のことは私もエミリーもよく知っている。幼い頃は彼ともよく遊んだものだ。私が唯一、普通の口調で喋ることができる男の子が彼である。

 そんな事情もあり、自然と口元が綻ぶ。

 小さく手をあげ、窓越しに彼へ問いかけた。


「どうしたの? レオ」

「もうすぐ小休止に入るから、よろしく」

「うん。私たちにやれることは……分かってるって」

「分かればよろしい」

 

 額に指を当てて敬礼をするレオは全身鎧を着ているというのに、機敏な動きで馬の速度をあげる。

 騎士にしては華奢な体つきをした彼だけど、騎士団で相当しごかれていると聞いた。

 見えないところに筋肉がついているんだよね、きっと。

 レオに置いて行かれないように私も精進しなきゃ。これでも、持久力ならそこそこ自信があるのよ。

 

「ルチル様、お茶の準備をいたします」

「ありがとう。私たちは目立つみたいだから、馬車の影にしようか」


 レオが見えなくなるとすぐさま動き始めるエミリー。馬車の揺れもなかなかのものだから、停車してからの方がいいと思うよ?

 心の内をおくびにも見せず、うーんと指を立て彼女に応じる。


「心得ております。騎士様以外には私たちだけですから」

「父様が安全にルルーシュ僻地に行けるようにって。レオまでつけてくれて、本当に感謝してる」

「レオ様はたまたまなのでは……いえ、何でもありません」

「うん?」

「え、ええと。茶葉は確かここに」

 

 目が泳いでいたエミリーだったけど、流石は一流メイド。彼女の手の動きはどれだけ動揺していたとしても揺らがない。馬車は相変わらず揺れているけど。

 私たちは騎士団に護衛されているものの、彼らの目的は護衛ではない。護衛はついで。

 というのは、騎士団は定期的に馬車の一団を率いてルルーシュ僻地まで向かっているの。そこで、僻地の人々に施しをしているんだって。

 施しは王国貴族のノブレスオブリージュの中でも最も有名なものの一つなの。

 持ちし者は持たざる者に対する慈善活動をせよ、という王国の慣習があるわ。

 この慣習に積極的な人と飾りだけの人といろんな人がいるのだけど、ルルーシュ僻地への施しは貴族同士の争いも生まず、少額から参加できることもあって人気だと聞いている。

 僻地はルルーシュ僻地だけじゃないから、いろんなところに馬車が出ているみたい。

 騎士団としても行軍訓練にもなるし、王国内の警備にも寄与するということで施しに対し非常に協力的である。施しの資金の一部を騎士団が輸送費としてもらい受けているから、金銭的な負担もないといいこと尽くしだよね。

 

 ◇◇◇

 

 各地の村へ寄りながら夜を過ごし、ついに境界線の村「コルセア」までやって来た。

 村には入口が二つあって、一つは私たちが入ってきたシルバークリムゾン王国側の入口。もう一つが王国と外を隔てる壁側になる。

 王国と外には文字通りの境界線があるの。王国と外は魔法の膜で隔てられていて、みんな「壁」と呼んでいるわ。

 壁といっても非常に薄くリンゴの皮くらいの厚さしかない。無色透明で目で見ることはできないけど、確かな魔力を感じとることができるの。

 でも侮るなかれ、この魔法の壁は敵意あるモンスターの侵入を弾く。

 それだけじゃなく、魔法の壁は王国にとってとても都合よく調整されているの。魔力の無い人間は一度出ると中に入れなくなるのよ!

 また、馬やヤギのような家畜類とかウサギなどの小動物は自由に壁を行き来することができる。

 魔法の壁の魔法術式を構築したのは、あの古代種をこよなく愛した大賢者様だと言われているわ。大賢者様は今もこれから向かうルルーシュ僻地の北に存命だと聞く。

 大魔法の叡智で長い長い時を過ごすことができるようになったのだとか。

 伝説が本当なら是非とも大賢者様に会ってみたい! ギベオン王子が古代種の鉢を持たせてくれたし、大賢者様もきっと喜んでくれるはず!

 

 なんて思いながら、コルセアの村で当てがわれた部屋にある椅子に腰かけ、テーブルの上に置いた古代種の鉢を眺める。

 コンコン。

 扉を叩く音がする。

 

「どうぞ」

「失礼します」


 こんな時間に来るとしたらエミリーしかいない、と思っていた通り扉口にいたのは彼女だった。

 ペコリとお辞儀をした彼女はお盆に飲み物を乗せてやってきてくれたみたい。

 テクテクと部屋に入った彼女は音を立てぬように飲み物をテーブルに置く。よしよし、ちゃんと自分の分も持ってきているわね。

 これは私の我がままなの。お茶をする時は一人じゃなくて一緒にしたい、と常日頃からねだっていたらようやく何も言わずとも自分の分も持ってきてくれるようになったんだ。

 

 ちゃんと椅子も二脚用意されていたから、エミリーにも座ってもらって夜のお茶会となった。

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