第5話 ルルーシュ僻地

「いよいよ、ですね。ドキドキしてまいりました」

「エミリー、本当に私についてきてくれるの?」

「もちろんです! ルチル様のお世話こそ、私の生きがいです」

「そ、そうなんだ。でも、ルルーシュ僻地で命の危機を感じるようなら、エミリーには王都へ帰って欲しいの。父様にはエミリーをお屋敷で雇ってもらえるように了解を取っておいたから」


 父様には念には念を入れてアンブローシア家で雇ってくれるようにお願いしておいたの。

 彼は「もちろんだよ。エミリーほどの働き者はそうはいないからね」と笑いながら引き受けてくれた。

 しかし、やはりというか何と言うか。


「その時はルチル様と一緒でお願いします」

「そ、それは……」


 エミリーの意思は固い。

 説得は諦めた方が良さそうね。

 私は壁から外に出ると二度と戻ることができないことは彼女も承知の上での返答である。

 父様が私に仕えているのならと彼女にお給金を出してくれているとは分かっているわ。だけど、彼女はお屋敷で働くことも認められていたの。

 それなのに敢えて見知らぬ、しかも、壁の外であるルルーシュ僻地にまでついて来てくれるなんて彼女には感謝しかない。

 見知らぬ土地で独りぼっちというのは、堪えるものだ。

 どうして彼女がここまで私のことを想っていてくれるのかは面と向かって聞けないけど、私だって彼女のことを大切な友人と思っているのよ。

 だから、彼女が怪我するようなことがあれば無理にでも王都へ戻ってもらうつもりなの。

 「ね」と彼女に微笑みかけると、彼女も同じように柔らかな微笑みを浮かべクッキーを小皿に乗せ私の前に置いてくれた。

 

 ◇◇◇

 

 村人たちに見送られ、いよいよ「壁」の前まで馬車が進む。

 そこで馬車を停めてもらって、エミリーと外に出たの。

 これは私の我がまま。レオが騎士小隊の隊長さんに話をつけてくれて、壁を抜ける前に私の乗る馬車を停めてもらえるよう調整してもらったんだ。

 「ありがとう、レオ」心の中で彼にお礼を言って、空を見上げる。

 目で見ることができる壁だったらよかったのに。なんて愚痴っても仕方ない。

 だけど、壁があることはハッキリと分かるわ。壁は聞いていた通り、無色透明で目には映らず、魔力のみを感じとることができるものだった。

 いよいよだ。

 不安よりも楽しみの方が遥かに大きいけど、それでも、壁を前にしたらジワリと手に汗が滲んでくる。

 鼓動も少し早くなったような気がするわ。

 そっとエミリーが私の手を握る。

 

「行こう。エミリー」

「はい。お供いたします!」

 

 ゆっくりと一歩踏み出す。

 馬車に乗っていても中から外へ出る分には全く支障はない。

 壁の外へ出る時は、自分の意思で、自分の足で進みたかった。

 自分の足先が壁の外へ出た。留まらず、そのまま前へ。

 私たちが壁の外へ出ると、馬車も動き、私たちの前で停車する。

 

「ここからルルーシュ僻地までは休憩を挟まないくらいで到着するぜ」

「うん。ありがとうね、レオ」

「これくらいどうってことないさ。隊長をはじめ、騎士小隊はみんな、これくらいの融通なんてことはないって思っているからな!」

「うん!」


 「さあ、乗った乗った」と扉を開けてくれたレオに微笑みかけ、馬車に乗り込む。

 あっという間に王国最後の街は見えなくなり、目指す目的地「ルルーシュ僻地」はもう目前にまで迫っていた。

 

 ルルーシュ僻地は王国最後の村コルセアと人口はさして変わらないとレオが言っていたけど、寒村という言葉がピッタリの様子だったわ。

 魔物対策なのか丸太を刺して横板を張った柵があったのだけど、ところどころ壊れていて修理もされていない。

 苔蒸しているところもあれば、腐りかけて崩れ落ちそうな箇所までもある。

 それだけなら厳しい暮らしを強いられているのかしら、と思うところなのね。だけど、違うの。

 騎士団が到着すると、100人ほどの村人がわらわらと集まって来た。

 しかし、歓声など一切なく、虚空を見つめ口を半開きにして立ち尽くすのみ。

 騎士団が持ってきた「施し」の分配を受けるため、無言で列を作り始めたの。彼らから食糧を手渡されても虚ろで、頷いているのかお礼を言っているのかどちらか分からない曖昧な動きで受け取っていた。

 魔力が無いということを加味しても、異常に過ぎるわ。

 何かが彼らをこのような姿にしてしまったのね。元の元気な姿になって欲しい。

 あまりの村人の光景に真っ青になり、圧倒されてしまった。でも、このままではいけないと密かな野心を抱く。

 動くとしたらまずは村中を散策ね。こうなった原因がわかるかもしれないわ。

 

 「むむむ」と口元に力を入れていた私に村人への配給役から抜けてきたレオが声をかけてくる。

 

「ルチル。家に案内するよ」

「家まで用意してくれたの?」

「用意というか、元々あったもんなんだけどな。ほら、騎士団がしょっちゅうこうして施しに来ているわけだろ。騎士団用の宿舎があるんだよ」

「そうなんだ」


 歩きながらレオが事情を説明してくれた。

 特別な何かというわけじゃなかったの。騎士団はルルーシュ僻地で夜を過ごすこともある。

 だから、騎士団用の宿舎があるのだけど、隊長クラスや騎士の中でも爵位持ちの当主や高位貴族の子族が泊まる用の戸建ても用意されているのだって。

 個人空間を作るために別途家を準備することは、何もルルーシュ僻地に限った話ではない。

 コルセア村だってそうだった。

 ルルーシュ僻地の騎士用戸建てを使わせてくれるように父様が手配してくれたんだとレオは言う。

 父様、何から何までありがとうございます。

 遠く離れた彼へ心の中で感謝の意を述べる。

 

「ちょっとしたお屋敷じゃない」

「まあ、宿舎で食事会をするわけにもいかないだろ? それで少し大き目になってるんだよ。他の村なら宿やら宴会ができる場所があるんだけど、ここにはないからさ」


 案内された家、いや、お屋敷は私とエミリーが住むには広すぎた。

 塀に囲まれ、中にはちょっとした庭と食事ができるテラスとテーブルセットまであるじゃない!

 屋敷本体も純白の漆喰で塗られた二階建ての立派なものだった。

 外から見た感じ一階部分が全て宴席用としても、二階部分だけでも8部屋くらいはありそうよ。


「お手入れが……」


 エミリーが挙動不審になっちゃってる。いいんだよ。エミリー。私たちの居住空間だけお掃除すれば。私も手伝うつもりだし。


「これが鍵な。村人への配給が終わったら荷物を持ってくるから、それまで家の探検でもしておいてくれ」

「ありがとう。レオ」


 親指を立ててにかあっと笑みを浮かべたレオはブンブンと手を振り、その場を後にする。

 笑顔で見送ったけど、彼の姿が見えなくなった頃にハッとしたの。

 エミリーと顔を見合わせたら、彼女も同じことを考えたいたのか、うんうんと頷き合う。

 

「せっかく探検するなら」

「お掃除がしたいです」


 だよね!

 彼女は私も掃除に乗り気なことに目を見開く。

 「いけません」なんて言わせないんだから。エミリー一人にお掃除を任せるわけないじゃない。

 お掃除のやり方は私だって学んだんだよ。エミリーにも教えてもらったことだってあるもの。


「あ、でもさ。エミリー」

「はい」

「このお屋敷を使っていいってことだったら、お屋敷にある備品も使っていいんじゃないかな?」

「なるほど。しかし、ルチル様」


 ポンと手を打ち、何か言いかけた彼女の手を取りぐいっと引っ張る。


「行こう!」

「は、はい」


 広いお屋敷だから、探索するだけでも結構な時間がかるはず。

 先に庭を回って用具入れがないか探してみることにしようかな。

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