第21話 解体作業

「そんで、俺のところに持ってきたってわけか」

「肉は腐っちゃいますし、三人で」

「燻製にすりゃ、日持ちするぜ。心配すんな、一緒にやればいい」

「うん!」


 イノシシを持って帰って来たのは良かったの。エミリーとも「お肉を食べられるね!」なんて無邪気に喜んでいたわ。

 でもね。お肉ってそのままじゃ食べることはできないの。

 鳥ならともかく、こんな大きなイノシシを私たちで解体することなんてできなかったわ。

 道具だって持っていないし。

 そこで、普段から狩りをしているジェットさんを頼ったの。彼は快く解体作業を受けてくれるばかりか、燻製のやり方まで「一緒に」と言ってくれた。

 自分一人でやった方が早いし品質も良い。

 だけど、私たちができるようにと教えてくれると言ってくれているの。

 何だか、彼にはお世話になりっぱなし。魔法でお返しをしなきゃ。

 感激で目が潤んでいたら、彼はぼりぼりと頭をかいて道具を並べ始めたわ。


「なあに。俺もおこぼれに預かるんだ。気にすんな。それに、畑だって助かった」

「ありがとう」

「ありがどうごじゃいますう」


 エミリーなんて私以上で、声が声になっていない。

 そんなエミリーの頭を撫でたら、「ルチル様あ」と抱き着いて来たわ。

 私も野営の実践とかやったんだけど、まだまだよ。解体を見たことはある。だけど、令嬢にはと触らせてくれなかったんだもん。

 でも、どんな道具が必要かは分かっている。解体なら、道具があれば肉を無駄にしちゃう部分が出てきたとしても時間をかければ何とかなると思う。

 燻製は……無理ね。

 

「いいか。そういやエミリーの嬢ちゃん。水を自由に出せるんだったな」

「はいい」

「なら、水を流しながらやるといい。手桶と違って勢いもつくだろ」

「なるほど」


 皮を剥ぎながら、説明をするジェットさんは教えるのがとても上手。こうやってルルーシュ僻地の村の人にも教えてきていたのかも。

 エミリーは魔法で出した水ならある程度自由に動かすこともできるの。噴射するとヘラでそぎ落とさなくてもこびとついた肉を皮から取り除くことだってわけなかったわ。

 脂まみれになった手を水桶でゆすぎながら感心しちゃった。


「解体は問題なさそうだな。だったら、水の礼だ。俺も魔法を見せよう。作業が楽になるんだぜ。こいつは」


 ジェットさんが「離れてな」と手で示し、私とエミリーは彼の後ろにまで移動する。


「もう二歩ほど下がっていてくれ。まあ、念のためだ。そうだ。村の奴らが元に戻ったら、目の前で魔法を使う時は慎重にな」


 言われた通り更に下がったら、「んじゃ行くぜ」とジェットさんが右手を横にしたわ。


「風の精霊シルフィード。肉を切り裂け」


 彼の低いだみ声と共に頭上が唸り、シュパシュパとイノシシの肉が骨ごと真っ二つになった。

 あれよあれよという間にブロック状に肉が切り分けられていったわ。


「すごい。瞬く間に!」

「刃物より早いんだ。全部手作業でやれと言われたら日が暮れちまうだろ?」

「風も水も生活を便利にできる素晴らしい属性ね」

「緑と違って地味だがな。ガハハ」


 ジェットさんはそう言って声を張り上げて笑う。そんなことはないと思うの。

 どの属性も得手不得手がある。みんなで協力したら、作業時間の大幅短縮になるよね。

 そっか。だから、魔法を貴んでいたんだ。

 壁を維持することはもちろん最重要。副次的に誰もが魔法を使うことができるから、短時間でいろんなものが生み出せる。

 王都はどうだったかな? 人が多いし、自分がやらなくても誰かが、というのが日常になっていたと思うわ。

 コルセア村の様子をもっとちゃんと見ておけばよかった。きっと今の私たちの参考になったはずだもん。

 ううん。でも――。


「洗浄しますかー?」


 エミリーの声で考えていたことが吹き飛んじゃった。

 

「軽く洗っておいた方がいい。いつもは水をぶっかけている」

「はいい。分かりました!」


 今度はエミリーの魔法でブロック状になった肉を洗い流す。

 解体が終わったら、いよいよ燻製よ。

 煙突のような囲いをして、上側に吊り下げるか置くかをしてから木をいぶして煙を出して、あとは煙が出なくなったら木片を入れ替えるだけ。

 これなら私たちにもできそう。ポイントは木片を用意しておくことね。

 燻製ができるのを待っている間、小川へ繰り出し魚を捕獲してきたわ。魚も燻製にできるのかな? 試してみよう。

 というわけでジェットさん特製の燻製器に魚も混ぜてもらったの。

 

 魚を燻製し始めたところでジェットさんがぐっと親指を立てる。

 

「後は見とくぜ」

「ううん。ジェットさんこそ、他に作業があったら。私たちは川へ行ってきたんだもの」

「お前さんの魔法で実った小麦も収穫したしなあ」

「た、確かに。全部終わってる! 新しい種まで植えたんだ」


 畑までちゃんと見てなかったわ。

 綺麗に小麦は刈り取られ、畑がまっ茶色になっていた。あの様子だと種も植えているのかな?

 そう思って言ってみたら、正解だったみたい。

 彼はにかっと白い歯を見せ笑う。


「おうよ。待ってるなら一つ聞かせてくれないか?」

「うん?」

 

 ジェットさんは立ったままのエミリーにも座るように促す。

 彼女は「失礼して」と断ってから、私の隣にペタンとお尻をつける。


「魔法をどう使っていくつもりなんだ?」

「村の人が飢えずに笑顔で暮らせるように使いたいと思ってるわ」

「笑顔か。お前さんの魔法があれば、作物に関して困ることは無くなるだろうな。だが、ちょっと考えてみてくれ」

「考える……。どこから手をつけるとか、かな?」


 「いんや」と彼はかぶりを振る。

 口を開けて待っているだけの魚が幸せと言えるだろうか? 笑顔になっていると言えるだろうか?

 そう、彼は問いかける。

 そうね、私の魔法がみんなの役に立つのはいい。だけど、私の「魔法だけ」で暮らしていくようになるのは良くないってことよね。

 確かにそう。もちろん私もできる限り村のために尽くそうと思っている。

 だけど、村人もまたそれぞれの役割を持って働かないと依存になってしまう。そうなれば、餌を与えらえる家畜とおんなじ。

 それじゃあダメ。

 

「私の緑の魔法は植物を元気にすることはできるわ。だけど、畑を耕し、種を植えてくれないことには植物は成長できないから」

「いんや。お前さんが何にも考えてないなんてことは思ってねえ。まあ、なんだ。そうだ。家畜を育てる考えはないのか?」

「家畜……王国の人に連れてきてもらわないと、だよね」

「森や南側の平原に家畜にできそうな動物はいそうだがな。井戸水の様子は見なきゃなんねえだろうけど、暇があれば一度見に行ってみるといい」

「うん! ありがとう。ジェットさん」

「いや、危なそうだったら迷わず戻って来いよ」


 ジェットさんにもついて来て欲しいと言えば、彼は快く引き受けてくれるだろう。

 そう言わないのは私たちを想っての事というのも分かる。

 口下手で無骨な雰囲気の彼は、実のところとても他人思いのお節介さんなんだなと嬉しくなってきちゃった。

 思わず口元が緩むと彼はぼりぼりと頭をかいて燻製器の様子を確かめに行く。

 

 そんなこんなで燻製肉と生肉を持ってお屋敷に帰ったの。(皮はジェットさんが革にしてくれることになったわ)

 帰ったら、何やら騒がしい。

 一体何が……?

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