第22話 グゲッゲ

 騒がしい原因はすぐに分かったわ。

 チュンチュンとかグガグガとかいろんな鳴き声が聞こえてくる。

 あれは先日復活させた果樹の辺りからかな。肉を乗せた台車を一旦置き、エミリーと顔を見合わせ行ってみると、バサバサと飛び立つ音がして一斉に鳥たちが空へと逃げて行ったの。

 

「一羽だけ残っていますね」

「うん。ふてぶてしいのが」

「結構食い荒らされております。鳥たちもなかなか食欲旺盛ですねー」

「お腹が減っていたのかな。私たちだけじゃ食べきれないし、鳥さんたちも満足ならそれでいいかな」


 枝にとまったまま、残った一羽は私たちを見ても、もしゃもしゃと果実を一飲みしゴクンと飲み込む。

 これで終わりかと思ったら、更に次の果実を長い三日月のような黄色の嘴で挟み、ゴクンとする。

 その鳥は大きな嘴にオレンジ色のとさか、白と黒のツートンカラーで大きさはカラスと同じくらいかな?

 王都では見ない鳥だけど、コルセア村辺りだと出没しているのかもしれないわ。

 一見するとモンスターではなくただの鳥に見える。特に私たちを襲ってくる様子もないし、ゴクンゴクンと果実を飲み込んでいる。

 

「すぐに魔法をかけちゃおうか」

「あのオレンジ嘴の鳥さんはどうします?」

「ま、まあ。そのままにしときましょ。特に危険もなさそうだし」

「嘴が可愛いですね」


 可愛いかなあ。どちらかというと不細工な顔だと思うんだ。

 なんかこう嘴だけ大きくてバランスが悪いような。

 

「グゲゲ!」

「きゃ」


 ビ、ビックリした……。急に大きな声で鳴くんだもの。それにしてもなんて汚い声で鳴くのかしら。

 これでも可愛いと思う? エミリー。

 と、彼女に目配せしたら両手を顔の前で組みキラキラと目を輝かせているじゃない。

 じゅ、重症かも? それとも私の感覚がおかしいのかな。

 

「何て呼べばいいのかしら。あの鳥」

クレセントビーク三日月嘴とかどうでしょうか」

「じゃあ、それで行きましょう。あの子がいたままだけど、ビリジアンヒールをかけちゃうわね」

「はい!」


 食い荒らさといっても二割くらいかしら。イチゴとかは無事みたいだし、高木に生えた果実だけかな?

 となると、魔力を調整して……これくらいでいいか。


 ビリジアンヒールをかけたら、抑えたつもりがまだまだ魔力が多すぎたみたいで、元より成長しちゃった。

 ま、まあいいよね。果実の量が増えたわけだし。放っておいても鳥が食べにくるから無駄にはならないよね?

 

「グゲグゲゲ」


 オレンジ嘴のクレセントビークはグングン枝が伸びたのにも動じず、飛び去ることはなかったわ。

 それどころか、汚い声をあげながら地面に降り立ったの。

 そして大きな嘴を開いて、打ち鳴らし始めた!

 

 ガポガポガポガポ。


「す、すごいですね!」

「そ、そうかな……」

「きっとこの子なりのお礼なんですよっ!」

「そ、そうかな……」


 ガポガポしたクレセントビークは自慢気に嘴を上にあげて翼を広げる。

 エミリーは大喜びでパチパチと手を叩いていたわ……。

 何だか、頭痛がしてきた気がする。額に手を当ててはあと息を吐くと、エミリーが私の顔を見上げるように覗き込んできた。

 彼女と私の背丈は同じくらいだから、膝を少し落とさないと見上げるようにはならないのね。

 わざわざ、そうして見上げてくるのだから心配してくれたのかなと思ったの。

 

「大丈夫。何ともないわ」

「そうですか。何だか顔色が優れないような」

「気のせいよ。決してあの鳥が原因ではないから」

「また木の上に戻っていきましたよ。あそこに巣をつくるのかもしれませんね」

「そう、もう好きにして……」

「番犬ならぬ番鳥ですね!」


 ま、まあ、他の鳥とも仲良くしてね。

 エミリーが喜んでいるし、これはこれでいいか。

 ところが、この後、この可愛くない鳥が活躍するなんてこの時の私は思いもしなかった。

 

 ◇◇◇

 

 その日の晩。

 ガンガン、ガンガン。

 窓を叩く音で目が覚める。私が起きると時を同じくしてエミリーも目覚めたらしく、ゴシゴシと目を擦っていたわ。

 何だろう?

 ぼんやりとした頭で窓際までのそのそと行ってみたら、何かの影が見えた。

 ギョッとして一気に目が覚める。幸い、満月も近かったので月明かりで影のシルエットは分かったわ。

 これ、あれよね。

 窓を開けると、ちょこんと中に入って来た影が私の肩にとまる。

 暗くて色まで分からないけど、この三日月のような嘴……どっかで。

 

「グゲグゲゲ」


 汚い鳴き声でこの鳥が何者か確定したわ。

 

「どうしたの?」

「グゲッゲ!」


 村の方向の窓を三日月型の嘴が指し示す。

 何だろうと窓へ目を向けようとするより早くエミリーが私の服の袖を引っ張る。

 

「ルチル様! あれ、また!」

「インプの大群……定期的に広場に来ているのかしら……」


 これで見るのは二度目になるけど、赤い光が闇夜に映りとても不気味ね……。

 お部屋は外部魔力で覆っているからインプが来る心配はないけど、インプたちは広場に集まる習性でもあるのかしら。

 案外、あの場で作戦会議をしていたりして?

 

 翌朝、広場の井戸水を調べてみたら「呪い」が復活していたわ。

 インプが魔法を? モンスターの中には魔法を使うのもいると聞く。外部魔力を感知して逃げ出すインプなら高度な魔法が使えてもおかしくない。


「ねえ、エミリー」

「はいい」


 井戸水の呪いを解除しながらエミリーに呼び掛ける。

 彼女はじーっと井戸の下を見つめていた。私たちが来る前に呪いが付与された人がいないか心配しているのかもしれないわ。

 結局のところ、原因が何なのか確定するまでは呪いが混じった水を飲まないようにすることは難しいわよね。

 たとえば、自然現象だと分かったら呪いが混じるまでの期間を調査して……とか対応ができる。

 原因不明だと何に注意すればいいか分からないものね……。

 

「インプが魔法を使うとして、知能も人間と同じくらいなのかな?」

「どうでしょうか。賢いといっても様々じゃないですか。道具を使って料理をする、ことが賢いとしましても」

「そうね。確かに。料理をする必要性を感じ無ければ、道具を使う知恵があっても料理をしないわ。基準が難しいわね。インプが何かの目的をもって集団で行動するものなのかな?」

「インプが呪いをかけたとして、インプに何か得があるのでしょうか。知性があるなら、損得はあると思うのです」

「本能で呪いをかける……にしたら他の水辺でもいいわけで、臆病なインプがわざわざ人里に来るって考え辛いよね」

「ルチル様! それです! さすがです! インプが呪いをかけたとしたら、彼らは高い知能を持つはずです!」

「だよね!」

 

 自分で言ってから気が付いたわ。

 エミリーとの問答で生まれた結果だから、私がというわけじゃないけど……。

 そうよ。

 矛盾するわ。

 臆病なインプは事実、魔力を見ただけで逃げちゃう。なのに、井戸にわざわざ集合して呪いをかけているのだとしたら本能に逆らって行動していることになるのよね。


「インプで確定……と見ていいのかな?」

「インプが訪れた翌日に呪いが復活してましたので……やはりインプでしょうか」

「やっぱり、インプを追い払うのがいいよね」

「できれば……ですが……」


 青い顔になるエミリー。

 夜中に広場で待ち伏せてインプを魔力で威嚇すれば退散させることはできると思う。

 だけど、インプは私たちがいない時を狙ってまたやって来るに違いない。一日中、井戸を見張ることはできないから、捕獲するのか、井戸を何かで防御するかしなきゃダメ。


「どうすればうまくいきそうか考えましょう!」

「はいい!」


 頷き合った私たちは一路ジェットさんのところへ向かう。

 一人より二人、二人より三人の方がいいアイデアが浮かぶものだからね!

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