第2話 いざ、旅立ち

「ルチル!」

「ヘリオドール王子。お戯れもほどほどに」

「えー。分かんねー。俺、子供だし」

「お元気そうで何よりです」


 ぷうっと頬を膨らませ、腕を頭の後ろにやって口笛を吹く少年。

 このお方もギベオンと同じ王子の一人である。

 ギベオン王子が第二王子で、少年――ヘリオドール王子は第三王子なのよ。

 彼はにいといたずらっ子のように笑みを浮かべ、目を輝かせる。

 

「聞いたぞ。ルチル」

「そうでしたか」


 てっきり私が国外退去になる件だと思いきや、ヘリオドール王子の発言が斜め上だったの!

 それであんな顔をしていたのね。

 

「カランとの婚約が無くなったんだよな!」

「は、はい。そうなります」

「だよな! うんうん。貰い手が無くなったら俺がもらってやるぞ!」

「お、王子。冗談でもそのようなことは。わたくしでは王子と歳が離れ過ぎています」

「やっぱ兄ちゃんがいいのか」

「そうではありません」


 国外退去となれば、ヘリオドール王子の言う通り私の婚約は無かったことになるわ。

 緑の魔女として魔力の高かった私はタンビュライト公爵家の第一公子カランとの婚約が決まっていた。

 私は妹と違って恋だ、愛だ、なんてことは分からない。

 正直なところ、婚約破棄が決まってホッとしている。王宮では口が裂けても思いの丈を伝えるなんてできないけど。

 

 「むうう」と口先を尖らせた少年は「なあなあ」と私のドレスを引っ張る。

 

「僻地に行くんだろ?」

「はい」

「困ったことがあれば俺に言えよな! 護ってやるぞ」

「ありがとうございます」


 ヘリオドール王子は背伸びした少年、という印象がピッタリ。

 彼と会話することで、カラン公子のことも思い出したわ。ご挨拶に向かった方が良いのかな?

 そうこうしていると、青々とした新緑の葉をつけた観葉植物の鉢を抱えてギベオン王子が戻ってきた。

 あれは……忘れもしない。私にとって思い出の品だ。ギベオン王子にとっても。

 私の目の前で鉢を置いた彼は柔らかな微笑みを浮かべ、華やかに言ったの。

 

「僕からの選別だよ。いや、これは元々君のものだ。選別というにはおかしいね」


 たははと愛嬌たっぷりに片目をつぶるギベオン王子に対し、かあっと頬が熱くなる。

 彼は男性とは思えぬほど滑らかな肌に切れ長の目、涼やかで中性的な顔をした美形だと言われているわ。

 彼の微笑みに胸を高鳴らせる令嬢も多いとかなんとか。

 でも、私の頬が熱くなったのはそういう理由ではない。彼の気遣いに感動して。


「古代種の鉢は王国内にこれ一本です。わたくしにはもはや新たな古代種の種を芽吹かせることはできません」


 この鉢――古代種の木には暗にもう二度とお目にかかれないかもしれないと示す。

 かつて栄え、今はもう王国内で見ることができなくなった植物はいくつかある。その中で一番種が残っていて、幾人もが芽吹かせることに挑戦したのが古代種とよばれる種なの。

 文献によると巨木になる種だと書いていたわ。私たちの生まれる遥か昔に厚みのある新緑の葉をつけた古代種が森を作っていたなんて、想像しただけでもワクワクする。

 ギベオン王子に古代種の種を分けてもらって、魔力を注いだところ種が芽吹いたの。

 王子もすごく喜んでくれて、それ以来、王国菜園で厳重に管理されていたわ。だから、ギベオン王子にとってもとても大切なものなの。

 

 私の発言にも彼はふんわりとした笑みを崩さず、自分の口に指先を当てた。

 

「心配しなくてもいいよ。ここは僕の第二王子という立場を使わせてもらった。ルチルが持ち出しても何ら問題はない」

「あ、ありがとうございます」


 ここまで言われて否とは言わない。私にとって古代種の鉢を持っていけるなんて望外の幸せだわ。

 だって、私、壁の外の僻地に行ったら会いたい人がいるの。

 その人は今でも文献で偉大な人と伝えられる「大賢者」。

 本当にいるのかは分からないけど、古代種をとかく好んだと文献に残っている。大賢者は寿命がないとも書いていたからひょっとしたらと思っていたのよ!

 古代種があるなら大賢者様も会いに来てくれるかもしれない……なんて。

 

 ◇◇◇

 

 古代種の鉢を自室に置いてから、気がかなり進まないけどカラン公子に会いに行こうとエミリーに使いを頼んだわ。

 だけど、生憎彼は体調が優れず、早々に旅立つ私に風邪を移したら事だということで会う事はできなかった。

 仕方ないわよね。私はちゃんと会おうとはした。それで問題ないはず!

 結局、公子には会えずじまいのまま旅立ちの日を迎える。

 

 父様、一体何をしたって言うの……。馬車があって御者の人もいるのは理解できるわ。

 だけど、騎士団の方々がズラッと並んでいるじゃないの。


 たじろく私に見送りに来た父様は目を潤ませながら私の肩に手を乗せる。


「ルチル。行き先はもう知っているね」

「はい。ルルーシュ僻地と聞いております」

「騎士団もちょうどルルーシュ僻地に行く予定があってね。それで、ルチルも共に行くように頼んだのだよ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 見送りに来たのはもちろん父様だけではない。彼と抱擁した後、隣に並ぶ母様と妹に向けスカートの端を摘まみ挨拶をする。


「もう顔を見ないでいいなんてせいせいするわ」


 母様、父様に聞こえないように言っていると思うけど、私には聞こえているからね。

 仕方ないか。彼女にとって私は目の上のたんこぶだったもの。私の実母は既にこの世になく、彼女はそもそも正妻で私の実母は側妻である。

 それなのに私の方が実の娘の妹より魔力が高かったものだから、何かと疎んじてきて……。

 これが私にとって多大なストレスだったことは言うまでもない。そんな煩わしいのも、もう終わり。

 

「母様、行って参ります」


 彼女は父様の前だから、形だけの礼をして入れ替わるように妹のローズマリーが前に出る。

 彼女は既にポロポロと涙をこぼしており、ギュッと私に抱き着いてきた。


「マリー。悪い事ばかりじゃないわよ」

「姉様ぁ。マリーは寂しいです」


 泣きじゃくる彼女の頭を撫で、そっと耳元で囁く。

 

「公子様と上手くやってね。きっと、彼の次の候補はあなただから」

「は、はいい」


 ぽっと頬を桜色に染めたマリーの涙が止まる。

 前々から知っていたって。彼女が公子のことを好きなことを。

 じっと切なそうな視線を彼に送っていたものね。私がいなくなれば、令嬢の中で次に魔力が高いローズマリーが選ばれると思うの。

 だから、泣かないで、マリー。

 公子もお見送りに来てくれたみたいだけど、遠くから私たちを眺めるだけで寄ってこようとはしなかった。

 青い顔をしているし、きっとまだ体調がよろしくないのだろう。私を気遣って、遠巻きに見ているのだと思うわ。

 体調が優れない中、来てくれただけでも感謝しなくちゃね。

 

 その後、ギベオン、ヘリオドール両王子に挨拶した私はいよいよ馬車へ。


「お持ちします」

「エミリー。本当に、ついてくるのよね」

「もちろんです! お給金のことは心配なさらずに!」

「もう、分かったわ」


 パタパタと手際よく、私の荷物を持ったエミリーが先導して馬車の扉を開ける。 

 こうして魔力を失った私はシルバークリムゾン王国から国外追放になった。

 でも、暗い気持ちはない。ルルーシュ僻地はどんなところなのだろう。噂の賢者様に会う事はできるだろうか。

 むしろ、夢いっぱいに旅立つ私なのであった。

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