第32話 あれ、野犬じゃない!

「あれが野犬……?」

「ひいい」


 茫然と言葉を漏らす。私の後ろにしがみつき顔だけひょこっと出したエミリーが悲鳴をあげている。

 壁の外にいる犬は大型犬ってレベルじゃないんだけど……。頭から角が生えているし、爪だって私の握りこぶしほどもあって歩き辛いんじゃないかな、とか変なことを考えてしまうほど。

 毛色も本当に犬? という色なのよ。濃い緑色に額と足元だけグレーなの。

 トラシマに比べれば小さいよ。だけど、全長二メートル近くあるんじゃないかしら。

 コアラさんなら乗せて走れそうなくらいね。

 

「ありゃあ、魔物の類いだな」

「あれは犬。犬なの」

「ルチル……現実逃避しても変わらねえぞ」

「う、うん」


 ジェットさんの呟きに対し自分に言い聞かせてみたけど、彼の言う通り状況は一切変わらないわ。

 ピーターサイトさんら村の男の人たちは口をパクパクさせて私と似たようなものだし、ウンランは両腕を組み眉間に皺を寄せている。

 コアラさんは、あれ、コアラさんがいない。

 「ついて来て」ってお願いしておけばよかったかも。お屋敷のユーカリの木の方へ行っちゃったような気がする。

 

 犬型のモンスターは明らかにルルーシュ僻地を目指して突進しているし……問題は数なのよ。数。

 パッと見た感じ10体以上はいるの。


「ウンラン、何か知っているの?」

「半々くらいだが」

「半々? 推測でも何でもいいから教えてくれないかな?」

「分かった。ダイアウルフの群れを見たことはあるか?」

「ううん。王国は壁の中にあるからモンスターが侵入してくることはないわ」

「そうだったな。見た通りダイアウルフは群れで狩りをする魔物だ。奴らは個の力はそれほどでもないが、集団での狩りに慣れている」


 一匹でも腰が抜けそうよ。

 ボウガンなら威嚇はできそうだけど、一匹相手をしている間に噛みつかれそう。

 武器で戦うのは無しね。コアラさんなら格闘術だけでも蹴散らしそうだけど、ウンランやジェットさんだったらどうなんだろう?

 噛みつかれはしなくてもあの大きな爪で引っ掻かれたら大怪我しそうだよね。

 接近戦は避けなきゃ。

 

「ダイアウルフのことは分かったわ。ありがとう」

「いや、出会ったことがないなら、仕方あるまい。それで、半々のことだが、半分は単なる襲撃。今までこの地がダイアウルフの群れや他の魔物に襲われなかったのが不思議なくらいだ」

「そ、そうね。壁の外は魔物がいるんだものね」

「そうだ。もう一つは長耳が仕掛けたのではないかとの思いだ」


 目を細め、口端から鋭い息を吐くウンラン。

 長耳って、有翼族と協力してルルーシュ僻地の村人を無力化しようとしていた種族だよね。

 ウンランたちが手を引いたから、実力行使に出てきたってわけ?


「ダイアウルフと長耳が協力しているの?」

「ダイアウルフは犬並の知性しか持っていない。協力というのは少し違うな」

「インプと有翼族のような関係性なのかな?」

「それに近い。オレたちの仙術のようなものに近い、精霊術というものを使うのだ。精霊術でダイアウルフに暗示をかけたのやもしれん」


 なるほど。だから「けしかけた」なのね。

 どうしよう。

 

「ジェットさん、ちょっと相談が」

「ん?」


 彼の服をちょいちょいと引っ張り背伸びする。

 耳元まで届かないー。とやっていたら、彼が少ししゃがんでくれた。

 

「魔法を使って護りたいと思っているのだけど、使っちゃってもいいかな」

「追い払えるのか? 二匹……いや三匹なら俺が何とかできるぞ。魔法込みになるが」

「村の人の前で魔法を使うのは憚られるとジェットさんが言っていたから、どうしようかなって」

「魔力無しでルルーシュ僻地に来たって説明していただろ。お、そうだ。魔法と言わずに適当に大賢者から学んだとかにすりゃいいんじゃねえか」

「魔法自体は問題ないのかな?」

「そいつは後から考えればいい。今はあの狼どもを何とかしねえと、食い殺されかねん」

「だよね……うん。緊急事態だものね!」


 よっし。後のことはジェットさんやウンラン、エミリーに相談しよう。

 今は、迫りくるダイアウルフを退けないと!

 

「みなさん、私は大賢者様の元でウィザードに覚醒しました。ウィザードは体内に魔力が無くても魔法が使えます!」


 そう宣言して、術式の構築に入る。

 ツリーピングバインが一番なのだけど、あれは事前に種を仕込んでいないと使えないの。

 ここは、別の手で行くわ。

 

「緑の精霊ドリスよ。かの者達と隔てる障壁を。ビリジアンウォール!」


 迫りくるダイアウルフたちの前に蔦が出現し、それらが複雑に絡み合い壁となる。

 彼らを半包囲するようなU字型に蔦の壁が形成され、構わず突進したダイアウルフが壁に弾かれ「きゃうん」という声を出した。

 

「凄まじい仙術だな……」

「ルチル様ぁー!」


 ほうと息を吐くウンランとほっとして力が抜けるエミリー。

 村の人たちは顎が下がったまま固まっているけど、ジェットさんがフォローしてくれていたわ。

 壁で囲んだはいいけど、これで引いてくれるかは分からない。

 壁を迂回して進めば問題なく進むことができるから……。

 

「ルチル。壁の形は自由にできるのか?」

「う、うん」

「なら一部通して出てきたところを叩く」

「俺も手伝うぜ」


 ウンランが長弓を構え、ジェットさんも続く。

 回り込もうとするダイアウルフの道を阻み、動きを誘導しようと壁の形を動かす。

 ん、向かってくると思ったけど、ダイアウルフたちは反対側に向きを変え逃走していくわ。

 

「とりあえず、何とかなったのかな……」


 へなへなと力が抜けたところをウンランが支えてくれた。


「タオを使い過ぎたのだろう」

「ううん。魔力は全然平気」

「あれほどの力を使って……か」

「コアラさんのおかげで外部魔力を使うようになったから、魔力は沢山あるの」


 にこっと微笑むとウンランに目を逸らされちゃったわ。

 自慢に聞こえちゃったのかもしれない……言い方に気をつけなくちゃね。

 モンスターの襲撃への対応も考えていなかいといけないわよね。農作物のことだけしか頭になかったよお。

 

「ルチル様! 大賢者様の魔法……しかとこの目に焼き付けました!」


 村の男の人の一人がそんなことを口にする。

 彼に続き、他の村人もピータサイトさんも含めて「感動した」「素晴らしい」など賞賛の声が。

 面と向かって褒められると気恥ずかしい。

 この分だと、魔法を使えるからと言って悪感情を持たれたりすることはなさそうな気がするわ。

 でも、過ぎたるはって言葉もあるくらいだし、注意していかなきゃ。

 私ってすぐに抜けるところがあるから尚更ね……。

 

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