第31話 ユーカリ基準
ピーターサイトさん一家、他にも村の人が総出で広場に集まっている……。
ピーターサイトさんが元に戻ってから僅か三日で全ての村人たちが元に戻ったの。やったあ、と喜んでいるのも束の間のことで噂が噂を呼び、広場に呼ばれたのよね。
それが、うん。
まさかこんなことになるなんて。
私の背丈ほどもある脚立をしかと支えるジェットさんの笑顔が憎い。
「ジェットさん、ほら、登ると見えちゃうから」
「お、すまんな。エミリーと代わればいいか」
「お任せください! このエミリー。ルチル様の晴れ舞台、しかと支えさせて頂きます」
どこの騎士よ。変な敬礼までしちゃったエミリーは鼻息あらく脚立にしがみつく。
どうにかして回避しようと思ったのに、余計なことをお。
しかもそれ、全く役に立たないと思うの。もし脚立が倒れたらエミリーが下敷きになりそう。
そんなことにはならないと思うけどね。あの脚立、支えが大きめだし安定感抜群よ。
歴戦の強者ね。
さっきからチラチラと村の人たちからの視線が痛い。わ、分かっているわ。説明をしなきゃならないことは。
だけど、広場に集めて全員でってちょっと厳しい。貴族なら民衆の前で演説なんてお手の物とか思っているでしょ?
そんなことないもん。私のような令嬢が民草の前で演説なんてないない。
領地持ちの貴族だったらともかく、アンブローシア伯爵家は王宮に仕える貴族なんだもの。
「ささ、ルチル様。私の支えは完璧ですっ!」
「うん……」
ええいなるようになるわよ。度胸が大事。
スカートが、なんてジェットさんに言いはしたものの本日の私の服装はタイトスカートで、ヒラヒラして見えちゃったりすることなんてまずないわ。
真下から頑張って覗き込んでもしんどい位と思う。
脚立に手をついて、いそいそと登る。
うはあ。高い。村の人の顔が全部見えるよ。
「あ、あの。みなさん、お集り頂きありがとうございます」
たどたどしく始めたら、村の人みんなが野次を飛ばすわけでもなく暖かい拍手で迎えてくれたの。
目が泳ぎ、年配の女性と目が合うと、その人はにっこりと微笑んでくれた。他の人も同じような感じで、私の緊張がすううっとひいて行く。
「え、えっと。もう聞いているかもしれませんが、井戸水に毒が含まれていて、それでみなさんが無気力な状態になってしまっていました」
誰もが私の声に耳を傾けてくれているわ。
大勢の人の前って緊張しておたおたするだけだと思っていたけど、こんなに暖かい雰囲気になることもあるのね。
初めての経験だけど、これなら演説も悪くないかも。
喋る内容を書いた紙を準備すればよかったわ。でも、突然こういうことになって準備をする隙間がなかったんだもの。
時系列がバラバラになっていたかもしれないけど、私なりに井戸水のことは毒が入っていて、その毒を私が解毒したことを説明する。
本当は有翼族の呪いの魔法がかかった水を飲むことで無気力状態になっていたのだけど、ジェットさんとエミリーとも相談した結果、毒ということにしたの。
ジェットさんも当初「毒」と言っていたし、村の人にもその方がしっくりくるだろう、と。
有翼族を庇う形になったわけだけど、全て話すとなれば彼らの事情や周辺諸国についても語らなければならなくなっちゃう。
村の人の不安を煽るより、私とエミリーと村の人の関係性がもっと深まってから、全てを明かすかどうかを考えるということになったの。
「……と、こんな感じでした。遅ればせながら、私とエミリーも今後、ルルーシュ僻地の一員としてよろしくお願いします!」
パチパチパチと村の人から暖かい拍手が再び。
「もう一つ、みなさんにお願いしたいことがあります。ウンラン、出てきて」
ギョッとする村人たち。それもそのはず。
彼らも私と同じだった。人間以外の種族を見たことがないという点において。
黒衣からコウモリの翼が生えたその姿は明らかに人間と異なる。
彼がすっと腕をあげると、インプたちが空から彼の元にやって来た。
その場でフワリと浮き上がった彼は胸に手を当て、会釈をする。
「ウンランだ。ルチルの厚意により彼女の屋敷にやっかいになっている。オレもルルーシュ僻地に住まわせてもらいたい。インプたちも含め」
「あんたがインプを使って食糧を届けていてくれたのか。ルルーシュ僻地は来る者拒まずだよな、みんな?」
ピーターサイトさんが大きな声で村の人たちに呼び掛けると、応えとして拍手がかえってきた。
う、うう。真実を知った時、彼らがどんな反応をするのかちょっと心がチクチクする……大丈夫。交易をしたり、これから有翼族との仲が深まれば真実を知ってもきっとお互い分かり合えるはず。
「人間以外の種族なんて物語だけの話だと思っていたが、大歓迎だぜ」
今度はジェットさんがフォローしてくれたわ。
人間以外の種族といっても、言葉は通じるしみんな特に反対意見もなく受け入れてくれた。
それどころか、「いつまでも居候ってわけじゃないんだろ」と村の大工さんが手を上げて彼の家を建築することまで提案してくれる。
「村が落ち着いてから、是非頼む」
ウンランは先ほどと同じように胸のあたりに手を当て、小さく頭を下げた。
その時、上空に影が!
フワリと地に降り立ったのは巨大な猫。その背には青みがかった灰色のもふもふが乗っている。
トラシマとコアラさんじゃない。いずれ彼らのことも紹介するつもりだったけど、一体どうしたのかしら?
村の人たちは突然出現したコアラさんたちに驚くも、武器を構えているような人はいない。
ジェットさん以外の村の人たちは、揃ってウンランに目を向けている。あ、なるほど。インプに続く彼の使い魔か何かと思ってくれたのかもしれない。
ひょいとトラシマから降りたコアラさんは周囲の人たちには目もくれずてこてこと私の足もとまで歩いてきたの。
「コアラさん、どうしたの?」
「いや、知っているとは思ったんだが、一応な。ユーカリになにかあれば事だ」
何やらコアラさんが感知しているらしい。
私には何のことやら……。感知系の魔法なんて使えないから、ジェットさんに目を向けると彼は首を左右に振る。
彼
もずっと風魔法を使い続けることはできないし……。
「知ってるって何を?」
「犬が迫ってきてるぞ。まあ、犬は木を切り倒したりはしないから、心配はない。しかし、ルチルは人間だろ? 食べ物が犬と被るんじゃないのか?」
「安定のユーカリ基準……」
「ん?」
「ううん。こっちの話。野犬かしら。小麦や肉を荒らされたら大変ね。どちらの方向なのかな?」
「あっちだ」
村の東側から野犬の群れが迫ってきているのね。
追い払わなきゃ。
「オレも行こう」
「俺たちも行くぜ」
ウンランとジェットさん、ピーターサイトさんら村の男の人たちも同行してくれることに。
コアラさんがお喋りすることに村の誰もが驚いていたことは言うまでもない。
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