第30話 訓練
ユーカリの葉を十分食べたコアラさんにせっかくだからお泊りしていかないと誘ったところ、快諾してくれて朝までお屋敷で過ごすことになったの。
同じお部屋で寝てくれないかな、なんてことを思っていたんだけど、彼はユーカリの木の上で寝るそうだ。
森の中には家らしきものがあったような気がしたんだよね。
尋ねてみたらコアラさんが使うものではないみたい。コアラさんの過去話の中で人間と暮らしていたことが語られていたのだけど、その人たちが残したものなのかもしれないわ。
となったら、相当の年月が過ぎているからまともに使えなさそうよね。よく原型を保っているものだと逆に感心する。
彼にお泊りをお願いしたのは、もちろん理由があるのよ。
それは、ウンランのことなの。ルルーシュ僻地で暮らすことを希望した彼だけど、まだ家がない。
お屋敷の部屋は沢山余っているので、住居ができるまで彼はお屋敷で生活することになる。
彼のことを信用していないわけじゃないんだけど、コアラさんがいてくれるとより安心して夜を過ごせるから……。
でも、初日の今日だけ。
それにジェットさんも心配してくれて、ちょくちょくお屋敷に来てくれることになったの。その分、私が畑の手伝いをすることになったわ。
そんなこんなで一夜明け、特に何事もなく朝を迎えたの。
私もそろそろ日課のトレーニングを開始しようと、朝から村を一周して戻り朝食の後は素振りをして汗を流していた。
そうしたら、ウンランも瞑想をし始めて……。
「ルチルは剣を使うのか? ボウガンを持ってなかったか?」
コアラさんがてこてことやってきて私を見上げる。
「うん。弓も使うよ。本当はどっちもやりたいんだけど、川に行ったりしなきゃだし。今日は剣にしようかなって」
「そうか。俺も格闘術と槍を使う。一つだけを極めるのもいいが、接近戦と中距離、遠距離のどちらもそれなりの方が生存率が高まるな」
「コアラさんが格闘……魔法じゃなくて?」
「魔法は魔法で必要だ。しかし、いざという時に一番頼りになるのはこいつだぜ」
自分の腕をぽんと叩くコアラさん。
コアラさんって何でもできるんだね。だけど、あの小さな体で槍はともかく、格闘術なんて役に立つのかしら。
体も軽いし、パワーの出しようがなさそうな気がする。
「真人殿。手合わせ頂いてもよいか?」
「おう。たまには体を動かさないとな。接近戦か?」
「オレは双剣を使う」
「分かった。その双剣でやろう。俺は素手だ」
待って、真剣を使うのは危ないよ。
と止めようとしたのだけど、ウンランとコアラさんの立ち合いが始まってしまった。
ウンランは腰から大振りのダガーを引き抜き、両手で構える。
一礼してから、一息にコアラさんへ詰め寄り流麗な動きで左右の双剣を振るう。
対するコアラさんはコオオオオオと謎の呼吸を行い、宣言する。
「コアラ流格闘術 二十四の
ヒラリヒラリとウンランの双剣をカクカクした動きで回避するコアラさん。
あんな動き人間じゃ無理よ。格闘術には興味があったから、彼に教えてもらおうかな、なんて思った私がバカだったわ。
ひょいっと飛び上がった彼はウンランの肩に乗り、ぺちりと彼の後頭部を叩いた。
「参った」
「いい運動になった。ありがとうな」
「真人殿は仙術だけでなく、格闘術も比類なき実力なんだな」
「長い時間を生きているから、才能がなくてもそれなりに動けるようになるんだ」
「これほどの達人、有翼族に敵う者などいない。手合わせ感謝する」
「また遊ぼうぜ」
「是非」
いつもクールなウンランが爽やかに笑っている。コアラさんはコアラさんでまんざらでもなさそう。
いいよね、男の人のこういう姿って。見ててなんだか癒されるわ。
コアラさんを男の人にカテライズするのはちょっと違う気もするけど、彼の声だけは若い男の人のものだし。いいよね。
テーブルを拭く手が止まっているエミリーは見なかったことにしてね。
あの子、また「もふもふさんがダイナミックに動いてます」とか呟いていたから。
◇◇◇
途中コアラさんのところに行ってユーカリの木を五本ほど復活させたりはしたけど、穏やかな日々が過ぎる。
そうそう、お庭のユーカリの木をもう一本増やしたの。コアラさんが持っていた種を植えて、ビリジアンヒールでちょいちょいっとね。
魔力の扱いにも慣れてきたから、以前より沢山の魔法を使っても魔力に飲まれそうになることも無くなったわ。
そして、五日経過した頃、ついに村人の中で元に戻った人が出てきたの!
その人の名はピータサイトさんと言って、ジェットさんとも親しい人だったらしく、広場に井戸の様子を見に行った時にバッタリ出会ったの。
彼は死んだ目をしていた時のことをぼんやりとだけど覚えているみたいで、私のことも顔だけは知っていたみたい。挨拶の時にジェットさんの名前が出たからさっそく彼を広場に呼んだのよ。
ちょうど、彼がお屋敷に顔を出していた日だったのが幸いだったわ。
「よお、ピーター。元気になったんだってな」
「ジェット。すまん。そこのお貴族の令嬢様から聞いたよ。たった一人で村のことを見ててくれたんだってな」
「ルチル……」
胡乱な目でジェットさんに睨まれた。
私は嘘は一つも言ってないもん。ジェットさんが村人のことを心配して定期的に風魔法で魔物がいないかとか、民家の様子を見回っていたことを伝えただけだもの。
「大したことはしてない。大したことをしたのはこの嬢ちゃんさ」
「さっき挨拶したよ。ルチル様というのだよな。令嬢様は」
「もう令嬢じゃないんだってよ。新しくルルーシュ僻地で住むことになったんだ。仲良くしてやってくれ」
「もちろん大歓迎だ。ハサミとかスキとか必要なものがあれば言ってくれよ。余り腕はよくないが、最低限使えるものは作れる」
ペコリと頭をさげ、今度は私から彼にお願いする。
「もう貴族ではないの。ジェットさんみたいに気楽に接してくれたら嬉しいな」
「そうだったのか。ルチル様はどうも他人な気がしねえ」
「それは勘違いだと思うぞ。お前さんの娘と同じくらいの歳だからじゃねえか」
「その通りだ! ははは」
口を挟んだジェットさんと笑い合うピーターサイトさんは彼より一回りくらい上に見える。
40代前半といったところかな。こげ茶色の短い髪は少し寂しくなってきていて、身長は平均くらいだけど肩幅や腕ががっしりしていていかにも職人という感じがする。
「ははは」と笑う彼だったが、すぐに沈んだような感じになりがっくりきているみたい。
「嫁さんもビビアも『まだ』か」
「ああ。だが俺が回復したんだ。二人もそのうち戻るはずだ」
「そうだな。回復したらルチルに差し入れの一つでもしてやれ。あの子が井戸の水の毒を取り除いてくれたんだ」
「井戸水の毒だって!? そいつが原因だったのか」
ああああ。そんなに持ち上げないでジェットさん。
さっきの意趣返しとばかりに、ジェットさんが嬉しそうな顔で私の武勇伝を語って行く。武勇伝なんて話じゃないはずなのに、何でそうなるのよお。
顔が熱い……穴があったら埋まりたい……。
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