第38話 ポシェット(ユーカリ用)
まだ全てを語ったわけではないのだけど、レオが隊を離れていられる時間が来てしまったみたい。
私たちも施しに来てくれた騎士団にお礼を言いたいので、彼についていくことにしたの。
騎士団を率いるナイスミドルな隊長に壁と水路のことを直接説明したわ。
魔法を使えるようになったことは隠した方がいいのか迷ったけど、包み隠さず話すことにした。
私が魔法を使えるようになったからといって王都に戻ることはできないし、王国に与える影響もないかなって。
それに、隠し事をすることは得意じゃないの。すぐにボロが出て不信を抱かれるのがオチよ。
だったらもう魔法のことは全てぶっちゃけちゃった方がいい。
レオ以上に彼は驚いて、しばらくの間上の空になっていた。魔法を使うことができるのに王都に戻ることができないなんて……と涙を浮かべて我が事のように悲しんでいたわ。
レオ、いい人が隊長になったんだね。
「緑の魔法がありますし、飢える心配もありません」
「気丈なお方だ。ルチル様、必要な物があればおっしゃってください。このテレラン。必ずや」
ルルーシュ僻地は王都に比べると不便なことこの上ない。
お洋服も便利な道具はもちろん、食材だって狩に行かないと不足するほど。
幸い、冬になるまでは夏を越えた後だからその頃までには何とかなるわ。
でも、私はルルーシュ僻地のこと嫌いじゃない。むしろ、王都にいた頃より「生きている」って感じがして楽しいの。
モンスターは怖いけど。
令嬢として自分を偽ることもなく、私が私として生きていける。
素敵な出会いもあったし、これからもあるに違いない。
だから、悲しい顔なんてして欲しくないの。正直に語ったところで隊長さんは益々暗い顔になっちゃいそうだから、グッと我慢した。
ほら、レオを見てみて。
彼なんて全く悲しそうな顔なんてしてないでしょ。「俺も参加したい、楽しそうじゃないか」って言っているほどだもの。
「じゃあな。次の施しは必要ないかもなあ」
「あはは。次は休暇のつもりで来てくれたら嬉しいな」
「それも楽しそうだ。スキとクワに種を持って、の方が食糧よりいいんじゃないか」
「種! 家畜も嬉しいなあ」
「ははは。ルチルらしい。近いうちに来れるように……」
その先は騎士団の前で言っちゃったらダメよ。
と、自分の口に人差し指を当て、レオを黙らせる。
家畜……特にヤギか牛を数頭仕入れることができたら嬉しい。乳があればチーズも食べることができるし!
乳製品は王都にいる時、毎日のように食べていたからルルーシュ僻地でも食べることができると最高よね。
羊や長毛兎も捨てがたい。あったかいふわふわの毛からセーターや毛布が作ることができるもの。
でも、あったかい毛皮なら森でイノシシや熊もいるし、代替手段はあるわ。衣類にはちょっと……だけど。
村の人に聞くところによると、麻はあるみたい。綿花もひょっとしたら種くらいは保管しているかも。
「行ったか?」
「ウンラン。どこに行ってたの?」
「人間たちは有翼族を見たことが無いのだろう? 人間の戦士たちの前に姿を現さない方がいいと思ってな」
「そうよね。ビックリしちゃうわよね。次に騎士団が来た時にレオだけにでも紹介しようかな」
「任せる。オレは村の為に協力をする。そういう約束だからな」
「ありがとう。ウンラン」
いつの間にか近くまで来ていたウンランに礼を言って、一旦お屋敷に引き上げることにしたの。
◇◇◇
レオたち騎士団がルルーシュ僻地を訪問してから二日が経とうとしている。
彼らの施しがあって、しばらく狩りに出る必要が無くなったこともあり急ピッチで農場地帯が完成しつつあった。
撒く種はあるのかな? と不安だったけど、小麦や大麦といった数種類の種は各家庭に保管しているものがあったので問題ないとのこと。
他にも芋類やニンジンまであるそうなので、少し分けてもらったの。
種撒きが終わるまであと少しの辛抱ね。
私はといえば、一人で森に来ている。エミリーがついてくるか迷っていたのだけど、彼女はお屋敷の掃除を選んだわ。
使うところだけお掃除をということで、エミリーと二人でお掃除はしていたよ。
だけど、彼女のメイド魂なるものがお屋敷全部を綺麗にしないと気が済まないとかで……狩りも採集も必要のないこの日をお掃除デーにしたというわけなの。
私は私でユーカリの木を育てに森に来ているのだけどね。
お互いに休暇を楽しもうってスタンスよ。これが休暇なのかと言われると少し辛いところだわ。だけど、私もエミリーも普段と違ってリラックスした気持ちであることは確か。
彼女との仲はとてもいいけど、四六時中一緒にいると一人になりたい時もある。
ウンランもお屋敷から出て村の南側へ探索に向かうんだって。彼もお散歩ね。息抜きをしましょうって彼に言ったら、彼は探索に行くって話になったの。
モンスターを怖がっているのに一人で森に来て平気かだって?
問題ないわ。ユーカリの木のところまで、私一人で歩いて行くと日が暮れても到着しないもの。
だから、ほら、来てくれたわ。
ガサガサと草むらが揺れ、ひょっこりトラ柄の大きな猫が顔を出す。
「にゃーん」
「いつもありがとう。トラシマ」
ゴロゴロと喉を鳴らし、伏せの体勢になる大きな猫ことトラシマ。
彼の背に乗り、コアラさんの待つユーカリの森へ一路向かう。
トラシマは馬より遥かに速いスピードで進むからモンスターに出会うこともこれまでなかったわ。いたとしても彼のスピードについてこれるモンスターなんているのかしら?
飛竜みたいな空を飛ぶモンスターならともかく、地上を走るモンスターだったらまず追いつけないと思う。
「おお。ルチル。待っていたぞ。ジークユーカリ」
「な、何の呪文なんだろ。その」
「ジークユーカリとは挨拶みたいなもんだ。ユーカリを称える言葉だな」
「そ、そうなんだ。早速、魔法を使ってもいいかな」
「もちろんだとも、もちろんだとも。是非ともお願いしたい」
「コアラさん、変な口調になっているよ?」
「そんなことはないとも、ははははは」
コアラさんがカクカクした変な踊りをし始めた。
見るからにウキウキしていて、彼にとってユーカリがどれほど大切なものか分かるというもの。
今日は、あの二本を復活させよう。
「そうだ。いつもユーカリの木に魔法を使ってばかりで俺からは何もしていない。何か欲しいものでもあるか?」
「と、唐突ね。コアラさんには外部魔力を教えてもらったから、そのお礼よ。呪いのことも教えてくれたし、魔力の流し方も」
「そんなもの、ユーカリに比べれば
「う、うーん。そうだ。繊維って何かないかな?」
「糸か。俺も使ってる。ルチルもポシェットが欲しいのか? ユーカリを入れることができるぞ」
「う、うん」
ブレない。全ての基準がユーカリなコアラさん。
どうやら当てがあるようで、両前脚を天にかざし「もしゃー」とか言っていた……。
正直、可愛い。
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