第37話 報告することが多すぎて

「まあ座って座って」

「紅茶をどうぞ」


 私とエミリーの絶妙な連携に座ったレオも少しは落ち着きを取り戻してくれた……と思う。

 猫舌だって知っているんだから。

 ほら、そんな一気に紅茶を飲むと。

 

「うぐ」


 むせた。予想通りだわ。

 レオったら、いつまでも子供みたいでちょっと可愛いかも。


「何だよ」

「落ち着いた?」


 ぶすっとした彼に微笑みかけたら、彼も苦笑しぽりぽりと頭をかく。


「おかげで落ち着いたよ。エミリーさまさまだな」

「え、ええ。私ですか!?」

「あはは」


 こんなやり取りも懐かしい。

 レオと私が笑うと、エミリーも困ったように眉毛をハの字にして「てへへ」と頬に指を当てる。


「レオ、次の施しは必要ないかもしれないわ」

「一体どうしたってんだ? 何がどうなったら、要塞……ええと城壁ができたり、水路があったりするんだ?」

「その答えは後ろよ」

「後ろ? うお。何だ、この果樹園みたいなの!」


 ふ、ふふふ。

 騎士団が果樹を沢山植えてくれていたからよ。

 レオもそのことは知っているよね。

 

「一応、言っておいた方がいいわよね。元々、いろんな種類の果樹が植えてあったの」

「それは知ってるけど、手入れを全くしていなかったからキイチゴくらいだろ、あったとしても」

「果樹さえあれば、実らせることはできるわ」

「そらまあ、手入れすれば。しかし、ちゃんと実をつけるまでには時間がかかるだろ。ちょうどいい季節のものだったら、何とかなるとしてもブドウやらは時期外れだぞ」

「そこはほら、私がいるじゃない。緑の魔女たる」

「無い胸を反らされても」

「何ですってええ!」


 キイイイっと睨みつけても、レオは怖がっているフリをするだけで目が笑っている。

 私が本気で怒っていると勘違いしたエミリーが必死な形相で間に割って入って来たわ。

 

「ルチル様ぁ。レオ様は魔力を失ったルチル様に気を遣っているだけですう」

「分かってるわよ。エミリー。王国にいた頃の私なら、とは言えないものね。果樹を見て、へこむ私の気を逸らそうとしてくれたって分かってるって」

「何だよ。お見通しかよ」


 再びブスっとするレオに「まあまあ」と両手を上にあげる。

 

「レオ。見てて」


 両手を開き、念を込める。

 すると、ぼううっと私の両手から緑色の光が浮かび上がってきた。

 それに対してレオは目を見開き、「お、お、お」と声にならない声を出している。

 

「ルチル! 魔力が戻ったのか!」

「う、うーんと。元の魔力とは少し違うの。王国の壁をくぐることはできないわ」

「よくわからないが、魔法を使うことができるようになったんだよな。それなら納得だ。水路も城壁も蔦の壁なんだよな、あれ」

「そうよ。さすがレオ。緑の魔女のことを良く知っているわね」


 少し長くなるけどいい? と彼に前置きしてから魔力のことについて説明を始めたの。

 偉そうに語っているけど、全部コアラさんからの受け売りよ。

 レオは魔法や魔力のことを良く勉強しているみたいで、要領を得ない私の説明でもすぐに理解してくれた。

 

「内部魔力と外部魔力か。面白い。俺も内部魔力から外部魔力に移行できねえかなあ」

「外部魔力になると王国に戻ることはできなくなっちゃうわよ?」

「まあ、ルチルとエミリーもいるし。俺としては外部魔力を使うことの方が惹かれる」

「物語の勇者様じゃないんだから、力をわざわざ求めなくても……」

「世界一の勇者になるんだ、とかそんなわけじゃねえんだけどな! 面白えじゃないか。誰も知らない外部魔力ってさ」


 聞いたことのない外部魔力のことでも、即受け入れるところがいかにも彼らしい。

 全くう。少年のように目をキラキラさせちゃって。

 

「コアラさんなら力になってくれるかも」

「コアラ?」

「もふもふの大賢者様なんですう」


 エミリーが入って来た!

 もふもふを嫌に強調しているのはいつものことである。

 そんなエミリーじゃ話にならないと分かっているレオは彼女を押しのけて鼻息荒く声を出す。


「え、前半は意味分からないけど、大賢者様だって!? 実在したのか?」

「そうなの。実在したのよ。実際に会ったの。大賢者様に外部魔力のことを教えてもらって、魔法を使うことができるようになったのよ」


 今度はコアラさんのことについて彼に説明したの。

 レオは私が一人で森に入ったことにお怒りの様子だった。旗色が悪くなってきたので、話を飛ばしてコアラさんと出会ったところまで話を進めたわ。

 

「驚くことばっかだよ! 俺もここにしばらく滞在したいな。騎士団に言っても無理そうだし……うーん」

「レオは騎士のお仕事をしなきゃ」

「お、そうだ。ギベオン王子に頼んだらいけるかもしれねえ」

「王子が?」


 しまったと口に手を当てるレオ。

 レオとギベオン王子に繋がりはなかったはずだけど、何かあったのかしら。

 

「隠せとも言われてないから、まあいいか」

「あっさりしてるわね」

「ルチルだって、外部魔力のこととかルルーシュ僻地で起こったことを包み隠さず話てるじゃないか」

「レオなら、勝手に取捨選択してくれるかなって。私がレオに隠すことは別に無いし?」

「外部魔力のことと大賢者様のことはまずギベオン王子に相談するよ。騎士団には上手く言っとく」

「助かるわ」


 ギベオン王子なら、騎士団にも顔が利く。レオの希望も聞いてくれるかもしれないわね。

 彼がルルーシュ僻地にいてくれたら心強い。

 何せ専門の訓練を受けた騎士なんだもの。ジェットさん、ウンランと共に警備計画とか緊急時の対応とかに大活躍してくれそう。

 

「村の人が元気になったことも、聞いておく?」

「とんでもないことがあったんじゃないのか……?」

「そうでもないわよ。水に呪いがかかってて、私の魔法で呪いを解いただけよ」

「村人に説明している内容も聞かせてくれるか?」

「さすがレオ。察しがいいわね。村の人には井戸に毒が入ってて、それを魔法で浄化したとかそんな感じで説明しているわ」

「分かった。激変し過ぎだろ」


 額に手をやり、すっかり冷めた紅茶を美味しそうに飲むレオ。

 そうよねえ。当事者の私たちだって、状況の変化についていくのがやっとだったんだもの。

 特にダイアウルフの襲撃の時なんて、そらもう。

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