第36話 レオが来たわ

 水路なのだけど、もう一本新設したの!

 小川から引かなくても良かったかもしれない……構造をキチンと理解していたらもっと無駄が省けたと思うわ。

 だけど、私の場合は無駄を省くことに頭を捻るより、同じものをもう一つ作った方が早い。

 魔力? 全く持って問題なんて無いわ。

 使えるものは使えるうちに使ってしまええってね。もう一本の水路は村まで引いたの。

 ほら広場に井戸があるだけだったじゃない。広場はいいとして、村の端から端までだと結構な距離になっちゃうし、手軽に水を使うにはなかなか大変だったんだもの。

 こちらは流しっぱなしにするのではなくて、水栓を作ることで水を堰き止めることができるようにした。

 私もウルランもどうやるのか分からなかったのだけど、ピータサイトさんが手伝ってくれてバッチリいけたわよ。ついでに、私の身長の二倍ほどの高さのある大きな樽を蔦でつくって水タンクにしたの。下に水栓をつけて、横向きのレバーを押したら水が出て、戻すと止まるようになっている。これは便利!

 お屋敷に小さな樽を作って水を出せるようにしたいな。水はエミリーに出してもらえば大丈夫だよね。

 

 そんなわけでさっそくお屋敷に樽を作ることにしたの!


「ルチル様。村にある樽ほどじゃなくてもいいんですが、もう少し大きな樽を作って頂いてもいいですか?」


 作ろうとしたところでエミリーが意見をくれた。


「ん? 何個か樽を作っても大丈夫だよ」

「その方がいいかもです! 一つ大き目のものを湯あみのお部屋に。キッチン、お庭にも欲しいです」

「無理して全部満タンにしようとはしないでね……」

「そこまでドジじゃないですう。ですが、就寝前に最低限自分とルチル様を護ることができる魔力だけ残して、残りは勿体ないので使い切りたいんです」

「そういうことだったのね。分かったわ。なら、さらに追加で大きなのをお庭にもう一つ作りましょう」

「ありがとうございます!」


 言われてみれば確かに!

 寝ると魔力が回復する。ううん、正確には起きている時も呼吸や食事で魔力は回復するけど、寝ている時の回復量ほど高くはない。

 内部魔力を使うエミリーの場合は、満タンになるとそれ以上は魔力が増えないわ。もったいないから使っちゃうというのは良い発想よね!

 水は生きていくにも必須だし、余っていても困らないし、いざという時にも使えるもの。

 

 まずは室内を。そして、屋外へ樽を設置に向かう。


「どの辺りがいいかしら。一つはテラスの傍にして。もう一つは果樹園辺りかな?」


 テラスに樽を設置して、更に移動する。


「グッゲゲゲ」


 いつもの枝の辺りに我が物顔でとまるクレセントビークが汚い声でお出迎えしてくれた。

 他の鳥たちも私たちに捕まえられたりしないと分かってきたのか、逃げずに思い思い果実を突いている。

 チュンチュンとかピヨピヨとか比較的高い音がしているのだけど、あの鳥だけ低く汚い声で鳴く。

 何か特殊な鳥なのかしら。単にふてぶてしいだけ?

 彼? の声に眉をひそめる私に対し、テンションがあがりっぱなしのエミリーがぱああと顔を輝かせて提案してくる。

 

「あ、ルチル様。水飲み場も作りませんか?」

「どんな感じがいいのかしら? エミリーの案に任せるわ」

「え、ええと。ここにこんな感じで。きゃ」

「どう?」

「い、いきなり蔦が出てきてビックリしましたあ!」


 余程驚いたのか、ペタンと尻餅をついたエミリーが大きな目をぱちくりさせた。


「ごめんね。エミリー。覚えているうちにと思って」

「い、いえ! 思い描いていた通りです。さっそくお水を出していいですか」

「もちろん」


 彼女に手をかし立たせると、さっそく目を瞑り魔法を準備し始める。

 すると蔦の水皿に水が溜まり、ポタポタと溢れた水が落ちてきた。

 バサバサっといの一番に飛んできて降り立ったのは例のクレセントビーク。

 ばっしゃんばっしゃんと足を皿にうちつけ水を飛ばし、長い嘴を水につける。

 全く、お行儀が悪いんだから。

 

「せっかく果樹園まで来たから、私も日課を少し」


 エミリーは鳥たちの様子を眺めてもらっておいて、私は私でユーカリの木の幹に手を当てる。

 毎日魔法を使っているから、ユーカリの木もすっかり大きくなったわ。

 樹齢にすると20年ものくらいにはなったかも。

 

「コアラさんのところのユーカリの木はもっともっと大きかったもの。まだまだ成長させるわよ!」


 ユーカリの木が緑の光に包まれ、ムクムクと枝が伸びていく。

 うんうん。

 そろそろもう一本植えてもいいかも!

 満足し、悦に浸っていたら何やら門の方が騒がしい。誰か来たのかな?

 

「おおおい。ルチルー!」


 この声、レオだわ。

 エミリーと顔を見合わせ、頷き合う。


「すっかり忘れておりました」

「私も……」


 そうだったわ。レオたち騎士団が定期的に「施し」と称し食糧を持ってきてくれるイベントがあったんだった。

 パタパタと門のところに向かうと、さすがは勝手知ったるレオ。

 家主の私たちの断りなんて気にもせず、中に入って来ていたわ。

 お屋敷の方に向かっていたみたいだけど、私たちの姿に気が付いた彼は手を振ってこちらに向かってきた。

 

「ルチル、エミリー!」

「レオ。少しぶりね!」

「レオ様。お待ちしておりましたあ」


 エミリー、あなたもレオたちのこと忘れていたでしょ。

 彼女、「何も知らないですう」とか見せておいた実は結構したたかなのかも。

 う、ううん。そんなことないかも。彼女がもふもふたちを眺めている姿を想像し、考えを改める。

 レオの為にそう言ってくれたのよね。深い意味なんて無さそう。

 はしゃぐ私たちと違って、レオは口をパクパクさせて声が出ていなかった。余程急いでいるのかな?

 

「レオ、落ち着いて」

「あ、ああ。ごめん。ビックリした! ビックリすることばっかりで、もうビックリした」


 レオ……語彙力が完全にダメになってるわよ?

 落ち着こうと言っても無理ってものかな。この二週間ほどで村の様子は一変したんだもの。

 よおし、ここは私が一つ一つ確認するような風を装ってうまく彼を落ち着かせてみせようじゃない。

 幼馴染の共感力を今こそ発揮してみせるわ。


「村の人たちが元気になったこと?」

「それもビックリした! 騎士団の馬車が到着してものろのろと一人一人が出てきて、死んだような目で食べ物を受け取って無言で帰って行ってたんだよ。ルチルも見ただろ? それが」

「うんうん。私たちはちょうどここにいたから見てないの。どんな感じだった?」

「馬車が到着すると、村人が総出で迎えてくれたんだよ! それでな、『いつもありがとう』って口々に感謝の言葉を述べて」

「そうだったのね。みんな感謝しているのよ。ずっと食糧を持ってきてくれていたんだもん。無償でなんて、いくら貴族の資金援助とはいえ、なかなかできることじゃないわ。一度だけだけど、私もとっても助かったもの! ありがとう」

「お、おう。いやあ、本当にビックリしたんだぜ。ルルーシュ僻地が要塞みたくなってるし。どうやったんだ……? 水路まであるし」

「要塞じゃないわ。あれは城壁よ。城壁」


 失礼しちゃうわね。

 先にレオにこれまであったことを伝えようか。

 エミリーに目くばせすると、察した彼女は先にテラスへと向かって行った。

 

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