第17話 庭の果実
「え、ええええ!」
一つ喋るごとにエミリーが盛大な声をあげる。
そ、そうよね。僅か半日でいろんなことが起こり過ぎちゃったよね。
「どこまで話をしたっけ?」
「大賢者様にお会いになられて、ルチル様が魔法を使われたところまでです」
「私も余り理解できてないのだけど、私は魔力を失って何てなかったの」
「そこです! 宮廷魔術師様に鑑定して頂いたのに、本当によくわかりません」
「だけど、たぶん私は壁を越えることはできないわ」
「え、ええええ! だ、だって。以前より魔力保有量が増えたって言ってたじゃないですか!」
「む、難しくて私も半分くらいしか理解できてないのだけど」
そう前置きしてエミリーに内部魔力と外部魔力のことを説明する。
すると彼女は「なるほど……」と呟き、一人納得した様子。
「確かにルチル様の外部魔力では壁を通過することはできないですね」
「や、やっぱりそうなんだ」
「魔力はこうして息を吸って吐いて、の中にも含まれていると聞きます。ルチル様の魔力と息の中に含まれている魔力の区別がつかないんじゃないでしょうか」
「そういうことなのね! 水の中に含まれている魔力も同じことかしら?」
「水にも土にも魔力は含まれています。ですが、魔法を込めたものでしたら感知系の魔法で見抜くことはできます」
「次に水のおはなしなのだけど、似たようなことかも」
コアラさんから教えてもらって魔力が含まれているとか良くわからなかったことも、エミリーと会話することでもう少し理解することができたわ。
内部魔力だけを使っていた私たちは外部にある魔力を「区別」できないの。
ただ、魔法という形で術式を込めれば、それを感知する魔法で認識することができる……と理解すればいいのかしら。
今の私は感知の魔法を使わなくても、魔力の流れを認識し区別することができる。外部魔力を使う私には自分の魔力と他を区別することができるから、微細な魔力の流れを感じとることもできるようになったというわけなのよ!
自分で言っていてまたよくわからなくなってきちゃった。
要は特別な魔法を使わなくても、いろいろ見えるようになったってこと。うん、それでいいや。
一息ついたところで、テーブルに置かれたままの夕食にふと目を降ろす。
「ごめんなさい。冷めちゃったよね。せっかくエミリーが作ってくれたのに」
「も、申し訳ありません! すぐに温め直します!」
「ううん。エミリーだって疲れているんだし。私はこのままでいいのだけど、あ、私が温めていいかしら?」
「いえいえ。私が!」
なんてやり取りになってしまって、結局二人並んでキッチンに立つ。
温めるといっても、彼女が小麦をこねて作ってくれた焼き立てのパンやオートミールはそのままで、お鍋を少し温めるだけなのだけど、ね。
騎士団から頂いた小麦袋は大きく、私とエミリーの二人だけで食べるのだったらあと三週間くらいは余裕で持つ。他の食材もあるから、一ヶ月以上は持つのじゃないかな。
次に騎士団が来るのがいつになるか分からないけど、食材に関しては何とかなりそう。
ジェットさんに小川を教えてもらってなかったらと思うとゾッとする。
山菜と魚に岩塩と王国とっておきのオリーブオイルを混ぜたスープは絶妙よね! エミリーの腕がいいのもあるわ。
トレーニング仲間の人から魚の内臓をとって干しておくと日持ちすると教えてもらって、その通りにしたら二日前の魚が腐らずに献立に並んだ。
「ルチル様。こちらを」
「クルミがあったの!?」
「はいい。お屋敷の中にあったんです」
「へええ。クルミの木が?」
「ですです。他にも果実のなる木はあったんですが……」
「あまり良くない状態なのね」
「正直、そうです。騎士団の方が植林していったのでしょうか」
「そうかも。明日見てみましょう!」
今の私なら、何とかなると思う!
任せて、エミリー。
◇◇◇
食事の後は寝室に。
今日からはぐっすり眠ることができるから、安心してね。
お互いのベッドの上に座り、彼女に目を向けにこりと微笑む。
「エミリー。今日からは私が感知するから、ゆっくり寝てね」
「ルチル様、お部屋を蔦で囲むのですか?」
「ううん。魔法を使わなくても大丈夫なの」
「え、ええええ!」
「ほら、外部魔力のこと。覚えてる?」
「インプは魔力を恐れるんでしたっけ」
「そう。だから、魔法を使う必要もないのよ」
私の周囲に在る外部魔力は、私の意思で動かすことができるの。
遠くに行きすぎると制御できなくなっちゃって霧散するので、注意しなきゃならないけど部屋を覆うくらいなら全然大丈夫。
外部魔力で部屋を覆えば、もしインプが寄って来たとしても魔力を恐れて逃げていくというわけなのよ。
インプは私の魔力を見て恐れて逃げ出していた。何もしなくても逃走しそうだけど、部屋を囲めば万全よね!
それに、魔法を使うわけじゃないから一ミリたりとも魔力を消費しないのもいいところ。
寝たら外部魔力を制御できなくなるんじゃないか……という心配もあったんだけど、それも問題なし。
一度動かしたら集中して動かさないと、形を変えることができないのよ。
それはそれで問題だから、もっと素早く短い集中で動かせるようにならなきゃね。
「んー」
何事もなく朝を迎える。
エミリーにウォータースクリーンを使ってもらっていたとはいえ、インプの姿を恐れてぐっすりと眠ることが出来なかったんだ。
そのまま、森に入っちゃったし相当疲れが溜まっていたのだと思う。既にエミリーは起きているようで、ベッドに彼女の姿はなかった。
眠い目を擦りつつ、キッチンに行くとちょうど彼女が朝食の準備を終えたところだったみたい。
食べた後はすぐに庭に出て、彼女にクルミの木まで案内してもらう。
これはまた、雑多に植えたものね。
伊達に菜園に通っていたわけじゃないのよ。果実の成る木や蔦なら見ただけでどんな種なのか分かる。
ベリー系が四種にアロエ、ブドウ、オリーブ、ザクロ……植えられるだけ植えましたという感じなのかな。
果実の成る木なら、畑と違ってうまく行けばお手入れしなくても育つ、こともある。
残念ながら、まともに実をつけているのはクルミとピスタチオくらいかしら。
「あ、こんなところにイチゴの蔦があるわ」
「そんなものまで。よくここまで持ち込みましたね」
「来るたびに何か植えていたのかもしれないよね」
「そうかもです」
エミリーと様々な食用の植物を見てちょっと楽しくなってきた。
「それじゃあそろそろ始めましょう。緑の魔女の力、とくとご覧あれ」
「ルチル様の魔法が再び見ることができるなんて」
両手を胸の前で合わせたエミリーが満面の笑みを浮かべる。
これだけあってもユーカリの木一本分くらいの魔力量でいけそうかな。
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