第41話 種を撒いたら

 翌日、農場に種を撒き始めたというのでさっそく行ってみることにしたの。

 といっても小川までは毎日のように通っているからざっくりとした様子は知っているわ。

 村の人は本当に働き者でせっせと草抜きから始まり土を掘り返し、ついに種を撒くところまで……彼らは個人個人で小さな畑も持っているそうなのだけど、そっちは放置されたままになっている。住居の傍に草むらがあるのだけど、きっとそこが元個人用の畑だと思う。

 みんなで決めたことなのだろうけど、先に共同の農場から耕すというのは妙案よね。全員が同じ時間働いて同じ成果を出せるわけではない。

 個人からやると体のどこかを痛めた人とか、年配の一人暮らしの人とかの畑の整備はなかなか進まないよね。

 そうなると、村の人の中に格差が生まれちゃう。

 みんなが食べていくに困らないくらいになった後なら、「より豊かになりたい」という感情こそ国の発展になると教えてもらった。

 私もその考えには賛成。だけど、何も無い場所を開拓する場合は様相が異なる。

 成果が大きかった人の方が成果が少ない人より、より多くの報酬を得ることができる……というのは争いも生む。

 「俺の方が頑張ってるのに、あいつより報酬が少ない」ってね。

 そこを調整するのが領主(貴族)の役割だと言うわけなのよ。えへん、私だって結構勉強しているでしょ?

 でね、話を戻すと、何も無い場所の開拓期だとどうなっちゃうだろう。

 少しのもめごとが致命的になるのよね。何しろ、食べるものさえままならず、初めての収穫に向けて一丸となっているわけだし。

 狩や採集に出ている人は農作業をすることができない。

 農作業をする人は実りがまだ先だから食べるものがない。

 お互いに分け合っていかなきゃ、立ち行かないの。そんな時に「取り分が」なんて揉めてしまったら、最悪全滅しちゃうわよ。

 だから、個人の畑じゃなくて共同の農場から耕しすと決めたの。

 直接、村の人から聞いたわけじゃないから、そうじゃないかなと推測しているだけなんだけどね。

 そんなわけなので、私も魔法を使うことに躊躇しない。

 

「凄いですね! こんなに広い土地を」

「ルチル様がようさ……城壁や水路を作ってくれたので奮起しないわけにはいきません!」


 おじさん、今、言いなおしたよね。

 村人の間でも要塞ということになってるの?

 犯人は……遠巻きにこちらの様子を窺っている村外れに住むあの人だ。きっとそうに違いない。

 目線を感じたのか、ジェットさんは困ったように無精ひげを撫でながらこっちにやって来る。

 

「ルチル。俺は何も言ってないぜ」

「じゃあ、ウンランね。いつも澄ました顔で村の人に余計なことを」

「いや、ウンランも何も言ってねえんじゃねえかなあ。もちろん、ピーターサイトもな」

「それじゃあ」

「ひい。私はルチル様といるかお屋敷の中ですう」


 何も言ってないのにエミリーが涙目でのたまう。

 

「な、なあ。カルサイト。種まきは大方終わったんだよな」

「お、おう。そうだぜ。ルチル様一人に頑張らせるわけにはいかねえからな」

「だってよ、ルチル」

「う、うん」


 村人のおじさんとジェットさんが「ほら」と農場を見るように促す。


「もう種まきが終わったの!?」

「そうみたいだぜ。ほら、やるんだろ」

「うん。危険はないと思うけど、念のために村の人にはここに集まってもらいましょうか」

「そうだな。手伝うぜ」


 おーいと呼びかけるだけでみんなすぐに集まって来た。

 草も無くなったし視界も良好。犬猫がいたとしてもすぐに分かるくらい。

 昨日、カプト……じゃなかったキャベツの種で試したし、問題ない。魔力の量も大丈夫。

 

 術式構築……対象は農場に植えた種。

 

「緑の精霊ドリスよ。芽吹きの恵みを。ビリジアングロウ」


 緑の光が農場全体に注ぎ込む。

 

「お、おおおお!」

「何度見ても信じられねえ」


 村の人たちからどよめきや歓声があがる。

 エミリーは手を合わせて顔を輝かせているわ。

 緑の粒が土色から出て来たかと思うとグングンと成長し、茎が太くなって穂ができる。

 穂が膨らみ、パンパンに実をつけた。

 加工前であっても誰しもがこの作物が何か分かる。王国でも一番有名で最も口にしている作物。

 そう、小麦よ。

 大半は小麦だけど中にはオオムギのエリアもあるみたいね。

 穂で見えないけど、オオムギの他にも植えた種がありあそう。

 

「ルチル様、魔法ってこれほどすごいものなのですね! 魔力無しは役立たずと放り出されるのも分かります」

「そんなことない。そんなことはないよ。魔法が使えたって、使えなくたって、変わらないの」


 村の人の発言に言葉遣いもそのままにかぶりを振る。

 要らない人なんていないの。みんなそれぞれやれることがあって、精一杯生きている。

 綺麗ごとだって重々承知よ。王国が魔力無しの人を追い出すのも壁を維持するためという明確な目的がある。


「まあ、ルチル。カルサイトだって悪気があって言ったわけじゃねえんだ。お前さんを褒め称えたいだけだ」


 ジェットさんがぽんと私の肩を叩く。

 

「カルサイト。ルチルはお前さんたちの頑張りがあったから、最後の手伝いをしただけ、みたいな気分なんだろうよ。そら身分ってもんがあってこいつは元貴族だ。しかし、ここではそんなもん関係ねえって言いたいんじゃねえか。同じ人間だから一緒だろってな」

「お、おう。ルチル様の気を悪くしようと思って言ったわけじゃないんだ。申し訳ありません、ルチル様」

「私も取り乱してしまい、申し訳ありません」


 ぎゅっと村の人……カルサイトさんと握手を交わし、微笑む。


「どれ、ルチルが頑張った。なら、次は俺が手伝いをするか」


 首を回し、両手を合わせぼきぼきと骨を鳴らすジェットさん。


「風の精霊 シルフィードよ。やれるだけ、小麦を刈り取れ」


 ジェットさんが右手を上げる。それを合図に地面スレスレに風がそよぎ、スパスパと小麦を根元から刈り取っていく。

 農場の半分くらいの小麦を根元から刈ったところで、彼は膝に両手を合わせ腰を折る。

 

「これで限界だ。あとは頼んだぜ。カルサイト」

「ジェットもすげえな。任せろ。やるぞ、みんな」


 カルサイトさんの呼びかけに集まった村人たちは「おー」と腕を上げた。


「協力して作業をする。素敵ですね」

「そうね」


 エミリーと二人、村の人たちの様子を眺めしみじみと語り合う。

 そこにふよふよとインプが降りてきて、ぐいっと私の髪の毛を引っ張った。

 

「きゃ」

『すぐに城壁の内側に避難しろ』

「え、ええ。だ、だって。今から刈り入れで」

『後にしろ。命の方が大事だろ』


 命って、穏やかじゃないわね。

 ジェットさんと顔を見合わせ、頷き合う。

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