第42話 長耳
インプに導かれ、城壁の上に登る。物見に移動するまでもなく命に関わる原因が分かったわ。
むすっと腕を組むウンランの横に並び、はあとため息をつく。
「また来たのね……」
「今回は村を要塞化している。ダイアウルフ程度に突破はできまい」
そう。ウンランの言う通り、ダイアウルフの集団が村へ迫ってきていたのよ。
農場のある北側じゃなくて、前回と同じ方向から。
前に来た時と同じくらいの集団かなあ。
インプたちが村の人へ注意喚起に向かってくれていて、同時に弓を扱うことができる人は私たちのところまで集合してもらえるよう頼んでいる。
村に弓や矢の備蓄はそれほどない。だけど、狩人の人たちはそれぞれ弓の予備、矢を持っているわ。
ダイアウルフの集団を追い払うくらいの矢はある。使い過ぎると明日からの狩りに支障が出るかも……。
ううん、その心配もないかな。
だって農場が機能し始めたからね! 沢山の小麦を加工する時間が必要にはなるけど、目途はついた。
レオたち騎士団が施しに来てくれたばかりだから、数日間消費するだけでも食糧は足りる。
「ひいい」
「大丈夫よ。エミリー。ここまで登ってくることはないわ。それに……城壁の下まで来たら仕込みもあるのよ」
「まあ、魔法でも使わない限り犬どもが上まで来ることはねえって」
顔面蒼白になり小さく悲鳴をあげるエミリーに私とジェットさんが「大丈夫だ」と励ます。
そんな私に対しウンランが目を合わせてくる。
何かしら。右眉だけを上にあげちゃって、良くないことがあったのかも。
「む。ルチル。ダイアウルフたちは奴らが寄越したらしい」
「奴ら?」
「そうだ。前回、ダイアウルフたちの動きがおかしかっただろう」
「うん。単なる集団なのか、そうじゃないのか、みたいなこを言ってたっけ?」
「あの場所、見えるか。もやがかかったようになっているだろ?」
確かに。ダイアウルフの集団の中で後方に位置するところに、夏の暑い日に見るような湯気のようなものが見える。
季節はまだ春だから、もやがかかるってのはあり得ない。そもそも、草原にもやがかかること夏でもないのよ。
レンガの上とか、盾とか剣とか、熱くなる物の上にしかもやは発生しない。(間違っていたらごめんね。私の見た限りの知識なの……)
城壁まで20メートルのところで、ダイアウルフが横並びに整列する。
こうなればさすがの私でもダイアウルフの後ろに誰かの意思があることが分かったわ。
操っているのはあのもやなのかしら?
注目のもやは、ゆらゆらとダイアウルフの前まで移動してきたわ。
そこでもやが消え、美しい長い金髪が目を惹く長身の人が姿を現す。性別はどっちなんだろう。
彫刻のように整った顔立ちをしていて、あ、人間じゃないのかも、あの人。
だって、つんととんがった耳が私の手くらいの長さがある。
「あの人は」
「長耳だ。長耳はダイアウルフを使役する。オレたちがインプを使うようにな」
「あれほど整った顔立ちをした人、初めて見たわ」
「そうか? オレはルチルの方がよほど魅力的な顔をしていると思うがな」
え、え、ええ!
ウンラン。それはない、ないない。あの美人さんと比べるなんて、おこがましいにもほどがあるわ。
不躾にそんなお世辞を言うものだから、顔が火照ってしまう。
「わ、私にことはいいのよ。前のときも長耳の人がダイアウルフを操っていたのよね?」
「間違いない。奴ら、村の様子を探っていたのだ。今回は対話する気があるようだな。どうする?」
「会話で解決するなら、願ったりよ。誰だって血を見たくないし。でも……」
「そうだな。降伏せよ、など要求次第では戦う。安心してくれ。長耳が牙を向こうとも、我らは人間につく」
ウンラン……。
有翼族との約束は交易をすることだけ。だけど、彼らは私たちの味方をしてくれると言った。
彼個人の想いだったとしても嬉しい。でも、甘い考えだとは分かっているけど、戦いたくはないわ。
長耳族とも平和的に交易ができたらいいな。
城壁の淵に足をかけたウンランがにいっと口角をあげる。
「オレが行こう」
「私も行くわ」
「いいのか? ダイアウルフがいるぞ」
「大丈夫。城壁の真下で交渉しましょう」
「なるほど。ならば良しだな。オレはいざとなれば空に逃げることができる。間に合わなければオレが汝を抱えよう」
「きゃ」
い、今は抱えなくていいんじゃないのかな。
唐突に彼に膝の下に腕を通され背中をもう一方の手で支えられた姿勢で抱き抱えられてしまったわ。
ふわりと彼が宙に浮き、城壁の下に降り立つ。衝撃は全くない。彼の翼で浮いていたからね。
降ろされたのだけど、照れ隠しにわざとらしく頬を膨らませる私に対し彼は素知らぬ顔よ。こ、このお。
出てきた私たちに対し、長耳の人はダイアウルフを動かさぬまま一人だけで前に出て来たわ。
さりげなく半歩前に出るウンラン。
対する長耳の人は騎士のように片膝をつき頭を垂れる。
「人族の聖女よ。非礼。心からお詫びしたい」
「聖女……?」
「数々の奇蹟、拝見させて頂いた。特に種を一瞬にして芽吹かせる精霊術。聖女の成せる御業と感服しました」
「あ、えと、あれは」
声からも中性的で、性別の判別がつかないわ。
……そうじゃなくて、聖女ってのはどういうこと?
理解の追いつかない私に目くばせしたウンランが割って入る。
「オレは有翼のウンラン。長耳の、汝は?」
「失礼した。私は長耳のエンジェライト。有翼族にも詫びたい」
「情報についてはお互い様だ。オレはルチルと会話を交わし、我らの情報が誤っていたことが分かった。今はこうしてルルーシュという名の村と交易を行うべく協力をしている」
「私たち長耳族は有翼族ともこれまで通りの関係を続けたい、族長よりそちらの族長へ遣いをやっている最中だ」
「そうか。我らとしても長耳と争う理由はない。長耳がこの地に手を出さぬのなら、な」
ギラリとウンランの目が鋭く光った。
一方の長耳のエンジェライトはゆっくりと首を左右に振る。
「長耳はこの地の人族と争う気はありません。ダイアウルフを寄越しておいて虫のいい話だとは重々承知しております。改めて、非礼、心からお詫びします」
「特に村へ被害は出ていません。ですので、村の人もきっと許してくれると思います」
「寛大な処置、恐れ入ります。我ら長耳も有翼と同様に交易に協力させて頂けませんか?」
「お詫びにということでしょうか?」
「いえ、私たちの情報が誤っていました。あなた方、人族の村は拠点などではなく侵略の意思もないと理解いたしました。ですので、平和的な盟約を結びたく、というのが本心です」
「仲良くしたいのは私たちも同じです」
そこで一旦言葉を切り、どうしようかとウンランに意見を求めた。
「ダイアウルフにはここで待つか、帰ってもらってエンジェライトを屋敷に招いたらどうだ? 村人と会話する必要があるのだろう?」
「お部屋は空いているけど……」
「オレが責任をもってエンジェライトの監視をしよう。万が一の時は刺し違えてでも護る」
「そんな物騒な……。客人としてエンジェライトを迎え入れるということにしましょう」
ウンランとの話がまとまったところで、エンジェライトに申し出る。
彼? 彼女? は恐縮しながらも了承してくれたのだった。
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