第15話 井戸の水を調査しよう
むぎゅ。
くらりとして膝が落ちちゃった。
「ご、ごめんなさい」
「いや。やはりコアラでは華麗に支えることは難しいな」
そうだったんだ。コアラさんはふらつく私を後ろから支えてくれようとしたのね。
中型犬より小さく、猫くらいの重さしかないコアラさんだと、私の肩どころかお尻にも届かない。
でもなんだか彼って人間と変わらないんだね。見た目は愛らしいもふもふさんなのだけど、気遣ってくれたり、肩をかしてくれようとしたり。
偉大な賢者様って感じではなく、気さくなお兄さん……というには見た目が可愛すぎるけど。
親しみやすい人なんだなと感じたの。
私に踏んづけられたことなど気にもせず、目線を復活したユーカリの大木に向け口を半開きにするコアラさん。
「今まで内部魔力を使っていたんだよな。だったら、魔力酔いや急に大きな魔力を使ったことによって気持ち悪くなったりするかもしれない」
「急にくらっときて」
「そのうち慣れる。魔力量を計ってから魔法を使う、使った後に魔力量を計る、慣れるまでは面倒だが、そうするのがいいらしいぞ」
「うん。ありがとう」
「おい、俺がさっきもう一本にしておけと言ったから、魔法を使おうとしてないか?」
「そ、そんなことないよ?」
図星を突かれてあからさまに目が泳ぐ。
だって、魔力の残量からするとあと二本は全然いけるの。
コアラさんだってあと二本が限界って言ってたじゃない。
見て? 元気だよ。
と勢いよく立ち上がったら、頭がぐわんぐわんと揺れた。
大木に手をつき、なんとか体を支える。
「言わんこっちゃない」
「でも、ユーカリの大木はまだまだあるから。この一帯を緑あふれるユーカリの大木に」
「素晴らしいことだ! 気持ちは痛いほど分かる。ユーカリは何よりも優先されるべきだが、焦っちゃいけない。倒れたら、そこで終わりだぞ」
「う、うん」
やっぱりコアラさんの考え方は私と少し違う。
何よりもユーカリが優先されるみたい。それはそれで、分かりやすいけど、何か一つだけ拘るという考え方は私にはちょっと無理かな。
「お願いがあると言ってたよな。こうしてユーカリの木を復活させてくれた。俺もできることなら協力する」
「え、でも。一本だけだよ?」
「何を言ってるんだ! 地水火風、光闇、金、全ての属性を余すことなく注ぎ込んでも枯れていくばかりだったんだぞ。それがお前の魔法で!」
「あ、ありがとう。ユーカリの木、全部元に戻そうね」
「おう!」
コアラさんにルルーシュ僻地の村人の気力が無い事、インプのことを伝える。
すると彼はうーんと自分の顎に自分の手を当て、考えこむ様子。ふわふわの毛に指先が埋まって、自分もあのふわふわに指を埋めたくなってくる。
「よく分からんな。見に行った方がいいか?」
「来てくれるの!?」
「おう。すぐに戻るけどな」
「そ、そう。そうだよね。ユーカリの木があるのはここだけだし」
コアラさんは当然と言った風に頷く。
「善は急げだ。トラシマ」
「にゃーん」
トラシマに乗って移動したら、あっという間に小川まで戻ってこれたの。
村人が驚くといけないからと、そこでトラシマに止まってもらって、ここからは歩くことにしたんだ。
私の隣をペタペタとコアラさんが付いてくる。背に小さなリュックを下げて。
あの中にはユーカリの葉だけが入っている。あのリュック、どこから出したんだろう?
彼は何も持っていなかったと思ったんだけどな。
コアラさんは大賢者様なのだし、私の知らない叡智を沢山持っている。あのリュックもその一部なのかもしれないわ。
「特に変わった様子はないな」
「この辺りは水の影響を受けてないって。そこの家に住んでいる人が」
「水は大事だぞ」
「うん」
なんて会話をしながら、ジェットさんの住む家を通り抜け、村へと至る。
村人が目的を持って移動するときは井戸に水を汲みに来る時くらい。村の広場に井戸が二つあって、村人が共同で利用しているの。
できれば各家庭に井戸があればいいのだけど、魔法を使わなかったら井戸を掘るのも大変だものね。
死んだ魚のような目をした彼らに望むのは酷よ。
さて、問題の井戸の前まで来たわけだけど、コアラさんがうんしょと井戸に登り、中の様子を窺っている。
「とりあえず、飛び込むか」
「え。ダメだよ。危ないよ。水を汲めば十分じゃない?」
今にも井戸の底へ飛び込もうとしていたコアラさんを後ろから抱きしめ、井戸の外へ降ろす。
ロープを引っ張ると水桶がカランカランという音を立てて井戸の底まで到達する。
「よいしょ!」
体重をかけて水桶を引っ張り上げ、ふううと息をつく。
思ったより重たかったわ。村人たちはこの作業を一日に何回もしているのよね。
あれほど生気を感じさせない彼らだけど、この作業だけでもそれなりの労働じゃないかな?
だったら元に戻ってくれたら、きっと畑も耕してくれると思うの。
コアラさんは水桶に両前脚をつけて鼻をすんすんさせる。
犬みたいだけど、あれで何か分かるのかしら?
「おっけ。分かった」
「え。ええ?」
「ルチルもすぐに分かると思うが。魔力を認識してなかったからか?」
「見たことはあるけど……」
ほれ、と黒いかぎ爪で水を指してくれても私にわかるわけが……。
ジェットさんから水が原因だと聞いて、エミリーと一緒にここで水桶を引っ張り上げたんだもん。
魔力を持っていれば分かるというなら、エミリーが気が付いているはずよね。
皿に穴が開くほど水を凝視しても、やっぱり何も分からないぞ。
コアラさんに顎を向けると、口元に手をやった彼はアドバイスを授けてくれた。
「ほんの一滴、いいか、一滴だぞ。水に垂らしてみろ」
「そんなことできるの?」
「ウィザードならできる。体内にしか魔力がない場合に比べて応用力が段違いになるんだ。ウィザードのいいところは魔力の大きさじゃねえ」
「う、ううん」
そうは言われても。
私の中の常識とこれまでの修行が枷になって、どうやればいいか。
でも、コアラさんの優しさにぬふふと内心笑顔になる。
原因が分かっている彼が一言、私に伝えれば済むところなのに、彼は私が自分でできるようにわざわざ手間をかけてくれているのだ。
コアラさんの言うところの内部魔力がこれまでの私の常識だった。
今思うと魔力が無くなったと思ったあの時に、無意識に内部魔力から外部魔力に切り替わったのよね。
でも、「外部魔力」を認識できない私には有り余る魔力を活かすことなんてできなかった。
コアラさんと出会い、外部魔力を意識で捉えることで「ビジリアンヒール」を使えたの。
体の外に魔力を出すには魔法で変換するしかない、という常識を切り換えないと。
現に私の魔力は「外」にある。
外にあっても魔力は霧散して消えるものではない。動かして、ほんの一滴だけ切り離し、水の中へ。
「分かっていても難しいよ……」
「じゃあ、俺の魔力の色を見てみろ」
コアラさんが爪先を上に向ける。
青い水滴が出てきて私の魔力に混じっていく。こうやれと言わんばかりに。
同じように緑色の水滴を作って、青い水滴を追いかけるようにした。
そうすると、うまく水滴だけ自分の魔力の外に出すことができたわ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます