第25話 有翼族

 黒の外套に黒のブレザー、そして黒く染めた革のパンツに黒革の靴。

 肌は抜けるように白く、瞳は血に染まったような赤。

 もしかして、この人、伝説にある吸血鬼とかそんなのじゃ……。

 

 来客にたじろいたのは私だけじゃなく、エミリーなんてお迎えした時の笑顔のまま固まっている。


「ルチル様、あの人、羽が生えてます」

「こ、こら」


 そんな大きな声じゃ相手の人に聞こえちゃうじゃない。

 黒づくめのその人は、人間なら20代後半くらいかしら。白銀の髪をオールバックにした鼻筋の通った秀麗な顔をしている。

 整っているけど、鋭い目も相まって冷たい印象を受けるわ。エミリーの言うように背中から黒いコウモリのような翼が生えている。

 ジェットさんより背が高いけど、体つきは華奢でギベオン王子といい勝負ね。

 王子と雰囲気は真逆だけど……。王子は春のそよ風のような、柔らかで包み込むような、柔和を絵に描いたような人なの。

 この人はシーンと鎮まりかえった冬の朝のような、そんな感じを持つ人だった。

 わちゃつく私たちと違って、ジェットさんは私たちの後ろから油断なくいつでも魔法を放てるように構えているわ。

 彼が戻ってきてくれたからの訪問で良かったと切に思う。

 私たちだけだと不安で仕方ないもの。

 

「実際会うのは初めてだな。改めて、オレはウンラン。有翼族のウンランだ」

「ルチルよ。ルルーシュ僻地で暮らしている元伯爵令嬢よ」


 挨拶が終わったところで、黒服の美丈夫ウンランは深々と頭を下げる。


「すまなかった。長耳とも手を切る。どうか、俺たち有翼族に攻め入ることを考え直してくれないか」

「え? 攻めるって、誰が、誰に……?」

「人間ども……人間たちはこの地を拠点とし、有翼、長耳を平らげ、竜人に挑戦するつもりなのだろう」

「そうなの?」


 エミリーに目を向けると、彼女はブンブン首を振りジェットさんの後ろに隠れてしまった。

 ジェットさんも何のことか分からないと言った様子ね。

 施しに来る騎士団だったら何か知っているかもしれないけど……シルバークリムゾン王国は壁の中にしか興味がないはずよ。

 壁の外は危険で野蛮だからと、外を極端に恐れている。

 僻地は魔力が無い人を処刑するには忍びないからと国外退去させた結果なんじゃ? 私の認識はそう王国の考え方と離れていないと思う。

 

 余りに斜め上過ぎて、空いた口が塞がらない。どうしよう、この状況。

 私の疑問に答えたのはウンランだった。

  

「人間は強力な結界を張り、自らの領域を護っている。我らには手出しできん。結界の外に拠点を作り、戦士たちが物資を運んでいるではないか」

「え、ええと、施しのこと、かな。それは、生きていくに厳しい土地だから食糧支援をしているだけよ」

「そのような戯言……。ルチル。なんじが証左ではないか」

「私? 私は魔力が無くなったと判定されて国外退去しただけなんだけど……」

「何を言うか。汝が長耳の族長と並ぶほどのタオを使いこなす仙女であることは明らかだ。その隠すこともしない強大なタオ。オレでも気圧されそうだ」


 ま、待って。どこをどうやったらそうなるのよお。


「あ、あのお。ルルーシュ僻地から更に外側へ拡大なんて有り得ないわ。ルルーシュ僻地はシルバークリムゾン王国の施しがありなんとか生きていけているのだもの」

「まだそのようなことを。そればかりでない。汝は神仙が頂点の一つ、真人と友垣を結んだではないか」

「大賢者様のこと……かな」

「そうだとも! かの真人は長耳や我ら有翼どころか竜人でさえも手出しできぬ存在。真人がひとたび牙を向けば我らなど一たまりもない」

「一たまりもないとか、言わない方がいいと思うのだけど……」

「……ッツ。呆けた汝につい、ともかく、我らは戦いを望んでなどいないことを伝えたかったのだ」


 コアラさんってユーカリにしか興味がないから、他の人を傷つけたりとか国なんてものには興味がないわ。

 でも、あの人、ユーカリの木に害があるとなったら何でもしそうだけど……。

 あのつううんとする葉を食べる動物はいないみたいだし、コアラさんがもう一人いない限りは争いになんてならないんじゃないかな。

 

「村の人たちはまだ正気に戻ってないから何とも言えないけど、私はあなたと戦うなんてこと微塵も思ってないわ」

「すまない。請願する立場でありながら、声を荒げてしまった」

「インプたちを解放するには、あなたたちがもう呪いをかけたりしないと示して欲しいの」

「誓い、という習慣はないのだな。人間には」

「書面で契約を交わすことはあるけど……」


 書面で契約を交わす場合、違反した時に厳しく罰せられるから、ちゃんと契約を護るという側面もあるの。

 だけど、ウンランは王国の人じゃないし。法に縛られることはない。

 どうしようかな。

 

 そこへ、風がふわりと上がったかと思うと、颯爽とトラシマが姿を現した。余りの速度に目で追えなかったみたい。

 彼の背には青みがかった灰色の毛皮を持つコアラさんが乗っていた。ふああと欠伸をしながら。

 

「な、何奴。こ、この奇妙な生き物……なんというタオだ……」


 驚きから一歩後ろに下がり、気圧されたのか膝をつきそうになるウンラン。

 エミリーとジェットさんも言葉が出ないようだった。

 そんな中、ひょいっとトラシマの背から降り立ったコアラさんがよおと手をあげる。

 

「コアラさん!」

「よお。何やら俺のことで迷惑をかけたみたいだな。急ぎ来てみたんだが」

「ううん、そんなことないよ。コアラさんにはお世話になりっぱなしだもん」

「そうか、俺は……もしゃ……ユーカリうめええ。あ、何だっけ」


 コアラさんは小さなポシェットからユーカリの葉を出し、もしゃもしゃしながらお喋りしていたわ。

 よほどの味なのね。ユーカリの葉の至福の味に何を喋っていたのかを忘れてしまうほどに。  

 その隙をついて、エミリーが私に声をかけてくる。


「ルチル様、このもふもふさん、トラシマちゃんに乗っていました。何者……いや何もふさんなのですか?」

「あれ、言ってなかったっけ。この人が大賢者様その人よ」

「えええ。こんな愛らしい大きな鼻のもふもふさんが大賢者様だったのですか! 超いいです。キュートです! トラシマちゃんももちろんきゅううっとです」

「わ、分かったから、エミリーは静かにしてて」


 はいはいと彼女の肩に手を添えて、後ろ向きにした。

 

「コアラさん、私たちの会話を聞いていたの?」

「ん。まあ、聞いていたが、もう忘れた。もしゃ……」

「有翼族の人たちが、戦争になることを恐れて、呪いで村人を無力化したと言っていたの。僻地はギリギリの生活だし、外へ攻勢になんてことは有り得ないのに」

「ユーカリがあるのか? その有翼族のところに。いや、無い。俺のセンサーを誤魔化せはしない」

「古代種はコアラさんのところにしかないんじゃないかな」

「やっぱりそうか。期待して損したじゃないか。そんで、俺が有翼族とやらに何かちょっかいをかけないか心配していたのか?」

「それもあるみたい」


 ブレない。コアラさんには一切のブレがないわ。

 ここまで徹底できることに尊敬する。決して真似はしたくないけど、ね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る