第34話 次は農地ね!

 柵の補強をしてから、はや一週間。

 そそり立つ蔦の壁を四人で見上げている。


「これほど堅牢な壁は類を見ない」

「要塞かよ……」


 ウンランとジェットさんにチクチク言われちゃった。

 うん、やり過ぎたとは思うわ。

 じわじわとやって行こうと思ったんだけど、やり始めたら魔力量的に全く問題がなかったから何度も通うよりいいかなって。

 それに組んだばかりの術式ならちゃんと覚えてるじゃない? 数日後にやり直しになったら術式を思い出すのが難しくなっちゃうかなあって。

 それで完成したのが……元々が柵だったとは誰も思わないものになっちゃったの。

 高さは5メートル近くもあって、内側に伸ばした梯子のような階段を登って上部に行けるようになっている。

 上部は幅が1メートルに少し足らないくらいかな。大柄な人がすれ違うにも窮屈じゃない広さはあると思う。

 そして、物見も増設したのよ。壁から三メートルくらい突き出た感じで物見となっているの。

 物見は東西南北に四か所。僻地への入り口も四か所作ったわ。出入りが少し面倒になっちゃったけど、防御面では格段にパワーアップしたはず。

 やり過ぎ感は否めないけど……。い、いいじゃない。大は小を兼ねるって言うし?

 

「ね、エミリー」

「え、あ、はい?」

「これだけ頑丈なら安心だよね」

「あ、はいいい……」


 エミリーまでたじろいちゃうなんて、どういうこと。

 彼女なら満面の笑みでぎゅっと両拳を胸の前で握りしめて跳ねるくらいの反応を見せてくれると思ったのに。

 もう!

 ウンランに目を逸らされた。


「……。畑はどうなったかなあ」

「そ、そうですね。農場地帯を見に行きましょう。ね、ルチル様!」


 黄昏て呟いたら、私の腕を自分の脇に挟み込むようにしたエミリーが、グイグイと引っ張ってくる。


「オレも行く」

「んじゃ、俺は途中までついて行くわ。ちょいとアレの様子を見に行く」


 歩き始めた私たちの後ろからウンランとジェットさんが続く。

 

 ◇◇◇

 

 草原地帯だった土地も8割方草抜きが終わり、あと少しで元の土色を取り戻しそう。

 この後、土を耕して……とまだまだ整備に時間がかかりそうだけど、ここまでたったの一週間なのよ。

 魔法も使わず全て手作業で、と考えたらなかなかの速度だと思う。村の人たちの頑張りを見ると胸がジンとする。

 この日も働くことができる村人のうち7割ほどが農地の整備に当たっていた。

 ピータサイトさんら職人さんたちは工房を再稼働させ、村の人の道具を作ったり修理したりと大忙し。

 それ以外の人たちは当面の食糧を確保するために狩りや採集に出ている。この先にある小川の辺りではなく、村の西側で狩りをしているんだって。

 西側は王国側で数時間歩くと魔法の壁に至る。魔法の壁がある側から危険な魔物が来ることはないから、対応しやすいんだそうよ。

 それに、程よく待ち伏せできる窪みとかもあったりして、地形も良好。

 採集もできるとなれば言う事のない場所よね。採集した果実を少し分けてもらったんだ。

 ちょうど今朝、一部を庭に植えたところなの。緑の魔法で一気に育てることもできるし、普通に育てることもできる。どうしようかなと悩むのも楽しいわ。

 

「ルチル様ー。ルルーシュ僻地からルルーシュ要塞に名前を変えたいのかー?」

「ありがとうなー」


 クワを振り下ろすおじさんと、鋤で草を刈るおじさんが手を止め、こちらに手を振って来る。

 ぐ、ぐぐ。あの人たちまで要塞って。要塞って言ったあ。

 私はただ安全に暮らせるようにって壁を作っただけなのに。

 

 そのままテクテクと進んでジェットさんの家の前辺りまで来たところでふと気が付く。

 家に入ろうとするジェットさんを呼び止め、疑問を口する。

 

「農地って水やりが必要よね? どこからか水を引いているの?」

「いんや。井戸か小川から水を運ぶしかねえな」

「それって、水やりだけで日が暮れちゃいそう」

「まあなあ。井戸を掘るか水を引くかできれば楽にはなるな」

「そうよね!」

「あ、あの。私が」


 おずおずと手をあげるエミリー。


「これだけ広いところに水を撒くのは……」

「無理ですう。半分くらいがせいぜいです」

「魔力切れで倒れちゃうよ」

「半分でしたら、お屋敷で使う水を合わせても平気ですっ!」

「本当に……?」

「嘘は言いません! 私も一度魔力が無くなったじゃないですか。その後、魔力が復活してから魔力量が増えたんです。回復速度も上がりました!」

「そうだったのね! あの食事に一体何が入ってたのかしら……」

「食事……?」

「うん。魔力が無くなった前日……たぶん夕食ね。エミリーと一緒に食べたのは夕食だけだったから。他に一緒に……となるとエミリーの淹れてくれた紅茶だけよ」

「私の淹れた紅茶は私の魔法といつも使っている茶葉です。なるほど!」


 そう、あの日食べた夕食に何かが入っていたとしか考えられないの。

 二人揃って何らかの病になった……ということもあるかもしれないけど、ほぼ同じ時間に二人とも魔力に変化があるとなったら病の線は無いと思うんだ。

 同じ風邪を引いたとしても、個人差があるから二人同時なんて有り得ないと思わない?

 それなら、食事に何か混ぜられていて、という方がしっくりくる。

 一体、誰が何の目的で?

 お食事を作っている人は決っているけど、厨房に入って何かをできる人となれば特定することが難しそう。

 材料を納品したり、お掃除をしたり、と厨房へ行き来する人は沢山いるからね。

 私の場合は外部魔力になるという変化があったけど、本来の効果はエミリーのように魔力量が増える効果があったんじゃないのかな。

 魔力量を増やす薬ってとても高価なんじゃない? う、うーん。考えてもよくわからなくなってくる。

 

「井戸を掘るか、川から水を引くかすればいいんじゃないのか?」


 ふんと呆れたように口にするウンランの目は凍り付くよう。

 笑うと冷たさが和らぐのだけど、むすってしていたら近寄り難い感じなのよね。ウンランって。

 でも、ここ数日で冷たいように見える彼はその実、心の内は親しみを込めて接していると分かってきた。

 目鼻立ちが整っていて、つっと釣り上がった切れ長の目だから冷たく見えるのだと思うわ。

 喋る時に表情を変えないから余計に、ね。

 いつも怒っているんじゃないかって思ったものだけど、そうじゃないと今なら分かるよ。

 

「作業をするのがなかなか大変だと思うの。村の人たちだって畑を耕すのでいっぱいだもん。これ以上求めるのは酷よ」

「村の者に頼むなど一言も言っていない。汝がいるじゃないか」

「ん? 蔦の壁なら作れるけど、穴を掘ったりはできないわ。土属性の人ならできると思うけど」

「ルチルの壁は水を通さないようにも作ることができるのだろう?」

「多分。試してみましょうか。エミリー、手伝ってくれる?」

「もちろんです!」


 どうやらウンランには何か考えがあるみたい。

 壁を使って穴を掘ることはできないけど、蔦の壁が水を通さないなら堀った用水路を補強するのならできそうよね! 

 

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