頁12:異世界探索初心者事情とは

         







 それぞれに緊張する心を抱え、灰色に薄墨うすずみの幕がかかる空間の裂け目を一歩またぎ───


「っっっひょおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!??」

「嘘っ!!??」


 二人同時に、

 そう、裂け目の出口は空中だったのだ。高さは───?

 確認するよりもバキベキという木材のへし折れる音の方が先だった。

 そしてその衝撃で落下の速度がかなり減少し、柔らかめの土の上に私は無事着地。

 どうやらあまり高くない位置にワープアウトして、真下に生えていた木がクッションになってくれたらしい。


「おぐェッ」


 頭から落ちて無事じゃなさそうなのが一名。もしや早くも死んだか?


「死んでないから!!」


 良く生きてましたね。

 

「何も言ってませんけど」

「目が言ってた! しかも『良く生きてましたね』とも!!」

「目は口ほどに嘘をくんですよ?」

「…そうなの?」

「ええ」


 嘘です。


「それにしても…まさか空から落とされるとは思いもしませんでしたね。空間をつなげる際に座標確認したのでは?」

「したって! xyの数字のやつだろ?」


 ……。


「zは?」

「え? ドラゴンボー」

「違います。高さの数値です」

「……それって必要だったの?」


 ふうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。

 長く、大きく、深くため息を吐く。


「世界と我々が紙の上に描かれている二次元の漫画ならz値は不要だったでしょうが、残念ながら現実の世界は三次元ですので幅と奥行きとの概念が必要なんですよ」

「マジですかよ…」


 マジですのよ。

 不安だ。今更だけど非常に不安だ。

 この程度の落下で済んだのは指定した座標付近の標高が山間さんかん部という事で高めだったからかもしれない。もし平野部だったら……出発直後に落下で即死とか考えたくもない。


「それにしても何の木だろうね、この木? 気になる気にな」

「ちょっと黙っててもらっていいですかね危険が連続過ぎるんで」


 今しがた自分を守ってくれた木を見上げる。妙に真っ直ぐなみきは細長く切り込みを入れた様な樹皮がおおい、所々に腕を伸ばす枝の先には針葉樹系の葉。そんな木が辺り一面生え立ち並んでいる。

 植物にはあまり明るくは無いけれど、元の世界でよく見た【杉の木】によく似ていた。似ていたけれど…なんだろう、見ていて不安になる。そこら中にあるのに、だけどひとつも無いような…? …私も一体何を言ってるんだろうな。


「これは【杉】…ですかね。違和感はありますけど」

「───ん?」


 本を持った神々廻ししばさんが妙なリアクションをした。


「どうかしました?」

「あ、や、なんでもないダイジョーブ」

「…?」


 なんだろうか。


「ねえ、な~んか体が重く感じない? ちょっとダルいような…」

「確かに、言われてみれば…」


 重いというよりは地面に足がちゃんとついている、といった感覚ではある。

 さっきのデタラメ空間と違って星の引力がしっかり働いているからだろうか。いずれにせよ気になる程ではないが。


「これからはちゃんと地に足を付けて生きろって事じゃないですか?」

「ひどくね…?」


 悲しそうな瞳でこちらを見つめる。こっち見んな。


「冗談はさておき、集落を探しましょう」

「え、今の冗談なの…??」

出口ゲートの座標、集落から見てどの方角にしました?」


 周囲を見回しても人の痕跡こんせきが見当たらないから少し移動しようと思った。


「集落から見て? えっと、確か分かりやすいようにってに設定したから…」

「真下!? あの出口よりも町があるって事ですか!?」


 まさかそんな…空飛ぶ町…!?


「…キミ、マジでゲームとか分からないんだね…」

「え? えっ??」


 神々廻ししばさんがプッと笑う。

 なんで笑われてるんだろうか? 分からない…悔しい…。


「あー、笑っちゃイカンよね。オレだってさっきzって分からなかったし。ちょっとこれ見て」


 自分の本を開き『たいりく』大陸地図のページを私に見せる。


「オレとかゲームやってる奴なら多分ほとんどがそうだと思うんだけどサ、こういう地図とかミニマップがゲーム画面に表示された時、東西南北を上下左右で言うんだよね。分かりやすさというか…それが普通になっちゃってる感じ?」

「成程、じゃあつまり『真下』という事は『真南』という意味ですね?」

「ピンポ~ン大正解☆ さっすがみさドン、頭の回転が違うね♪」

「みさドンっていうな」


 現在位置が集落の真南に当たるという事はつまりは真北へ向かって進めばいいという事なのだろうが、じゃあその真北はどうやって判断すればいい?

 星の位置…だめだ、まだ全然空が明るいし季節が分からないしそもそもこの平行世界の星の位置が元の地球と同じとは限らない。

 太陽を利用する方法は元の地球の知識では使い物にならない。木の年輪でも分かると言うけれども生憎どこを見ても切り株はひとつも無い。


「なら流石さすが地磁気ちじきは同じはず…。磁石があれば…って、そんな物どこにあるの!」


 自分で自分を叱責しっせきした。


「な~んだ、何を考え込んでるのかと思ったら方位磁針コンパス欲しかったの? あるよそんなの」


 私の痴態ちたい(?)を眺めていた彼があっけらかんと答える。

 そうか、箱ティッシュ(しっとり触感)を出現させた方法で───


「方角表示」


 先程と同じページを開いたまま彼がそう言うと、大陸地図の見開きの左上に赤い針が揺れる方位磁針コンパスの画像が表示される。


「本を持ったままこうやって…くるっと一回転しても、ちゃんと北を指してるでしょ?」

「本当だ……」

「ちなみに地図上にちっちゃく赤い点が見えると思うんだけど、この点がオレ達の現在地ね。この点から矢印がチョロっと伸びてるの見える?」


 彼の本に表示された地図をじっと見つめる。確かに赤い点から伸びる黄色い矢印が。


「この矢印が向いてる方角が『今自分が向いている方角』ね。本を開いたまま一回転してみ? コンパスと同じように連動して動くでしょ?」

「確かに…これは非常に便利ですね…。でもこの星に降下するのは初めてのはずなのにどうしてこんな機能があるって知っていたのですか?」

「アッチの空間で色々試してた。疑似マップ設定してひとり探検ごっことかやって」

「ぅ ゎ ぁ …」


 シュールな一人遊びですこと…。

 機能についてはどういう仕組みか?とか理屈が…とかがハッキリしなくてちょっとモヤモヤするけど、考えた所で『何でもアリだから』で済まされてしまうのだろう。

 とにかくこれで方角の問題は解決した。


「…そうだ、このままだと不便だから…と」

「何をしてるんです?」

「これで、OK」


 と彼が何かを完了させると同時に、私の本が勝手に私の手の内に召喚され、意志を得たかの様に勝手にページをめくる。白紙であったはずのそこに現れたのは彼の本に表示されていたはずの『たいりく』大陸地図だった。それだけじゃない、彼の本で見た他のページも恐らく全て表示されている。


「これは…!」

「いちいち本開いて渡したりするのメンドーでしょ? だから本同士で表示内容を同期させたのヨ。でもミッション1のクラフトに関する操作とかはイジれないけどね」


 試しに空白の名称をタップしてみると、先程の実験でも目にした《 警告:設定を行う権限がありません。》という表示が。

 なるほど、本同士を同期させる事が出来るならば一人だけで地上に降下しても本を介したやり取りは可能かもしれない。例えば私が現地で辞典の【提案】をし、あの空間で神々廻ししばさんが【承諾】をする、みたいな。

 …絶対にそうはさせないけど。


「じゃあ気を取り直して町へ行こ~!」


 着地失敗を無かった事にして彼が歩き始める。


「そう言えば…」

「あん?」

「例の【敵対生物】って───」


 言いかけたその時、我々の頭上から木々のさざめきを切り裂くカン高い鳴き声が響き渡った。






   (次頁/13へ続く)






          

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