頁45:カミサマの暴走とは

       






 新規登録と違い、設定変更はこれと言って特に世界の変容へんようを体感出来る物では無かったが、これで間違いなく『たいりく大陸』は『リ・ファスタ大陸』へとその名を変えたのだろう。

 巨額の投資を終えた神々廻ししばさんが肺に置き忘れていた空気を吐き出した。


「『リ・ファスタ』…素敵な名前じゃないですか。ネーミングには慣れてきたみたいですね」

「ン、そうかな…」


 あら? いつもならここで増長する流れなのに。


「ファンタジーなノリは分かりませんが『たいりく大陸』よりは数万倍マシですよ」

「え、ファンタジー??」

「えっ?」

「あ、いや、オレちゃんのセンスにかかればこの程度は朝飯前っスよ! ニョホホ!」


 なんだろうそのあからさまな反応は…既視感きしかん…。はて?


「ア! そうそう! トイレ文化のクリエイションも出来るヨ! レジェンド登録前にもう貯まってたみたい」


 慌てて話題を切り替えた感がすごい。まあ流された事にしておいてあげよう。


「では続けて【創造】クリエイションしてみて下さい」

「おけまる」


 また出た謎の桶丸さん。「OK」に似ているからその名を呼んでいるのだろうか。よく分からない。

 神々廻ししばさんは【辞典】ストラペディアをバラバラとめくり、目的のページでその手を止めた。


「…よし、間違いなく足りてる…。ではお待ちかね【トイレ文化】……レェェッツ☆クリエイション!!!」

「うるさいなもう」


 そろそろ人が集まって来るから目立つ事しないで欲しいんですが。

 また何かしら大きな変化が起きる物と軽く構えていたが、これと言って特に目立った変化は感じられない。


「ん? アレ?」

「どうしました?」


 盛大に空振からぶったらしい創造者様がなんだか慌てていた。


「コレ見て!」


 そう言うと、開いたページを私に向ける。そこにはお馴染みのシステムメッセージが。


《 現在の辞典の登録状況では創造クリエイションに必要な素材が不足しています。》


「素材不足?? 素材って?」

「普通に考えるのであれば素材ってのは調合や製作やらに必要なアイテムの事だけど、『辞典の登録状況』って言ってるワケだから…まだ名前を付けていないナニカが必要なんじゃね?」


 成程。


「トイレに必要な物……紙トカ?」

「いや、まあ、確かに有ると無いとでは違いますけど、トイレという文化そのものの成り立ちには関係無いでしょう。ちなみに紙が使用される前は木の棒、植物の葉っぱ、羊毛、海藻、トウモロコシの芯、粘土、石などを使っていたそうです」


 なんでこんな話をしてるんだ私は。泣きたい。


「トウモロコシの芯は嫌だナァ…。他も嫌だケド…。うーん、くモノじゃないって事は…水とか?」

「でも水ならば登録されてます」

「デスヨネー。ああもう分からん! GOD様、ヒント下さい!」


 【辞典】ストラペディアを宙に浮かせて固定し柏手かしわでを打つ神々廻ししばさん。て言うかカミサマ役はあなたでしょう。


「あ、ヒント出た」

「嘘!?」


 あまりにお手軽な反応に思わず私も彼の本を覗き込んだ。


《 『水の流れに関する情報』の登録が最低でも一つ必要です。》


「『水の流れ』って…川とかかな?」

「妥当な線ではそうでしょうね」

「【提案】に無かったっけ?」


 先程【承諾しょうだく】作業で目にした【提案】を思い返してみる。


「いいえ、有りません。新規の【提案】にも無いですので【承諾】も出来ませんね」


 頭の中で『川』の事を考えたから新規で【提案】がなされているのではないかと思いシステムメッセージのページを見たが、『川』についてはどこにも見当たらない。


「もしかしたら…実際に目にした事が無ければ駄目だとか…」

「ナルホド。確かにこの星ではまだ川は見てないモンね」

「ではどこかで川を見つけるまではトイレはお預けですね」


 犬のしつけか。


「ちょ、それがお預けって事はその次のジャガイモとメシもでしょ!? 死んじゃう! マジで死んじゃうから!!」

大袈裟おおげさな…少しくらいは気合で」

「うるせええええぇぇぇぇキアイキアイってどっかのレスリング親子かあああぁぁぁぁぁ!!!」


 腹ペコカミサマがとうとう切れた。


「おーい、どうした大きな声出して?」


 ひろしさんが沢山の村人を引き連れて戻って来た。板に見える気がする物体やら杭に見える気のする物体を沢山手にしている。柵でも作るのだろうか。


「ひろっさん! 川! カワ!! この辺に無い!?」


 解き放たれた野獣の様な剣幕でひろしさんに詰め寄る彼に完全にドン引きのひろしさん。


「か、カワ!? カワってなんだ?」

「んがああああああああめんどくせえええええ!! えっと、水が大量にあってドンブラコって流れてる場所!! それなら分かる!?」


 あまりの変貌へんぼうぶりに訳も分からず狼狽ろうばいしているひろしさんだが、尋常じんじょうでない彼の様子に身の危険を感じたのか必死で記憶を洗っている様だった。本当にごめんなさい。


「そ、それなら───」


 ひろしさんが思い当たる場所の方向を指差す。


「この方向に真っ直ぐ行けば」

「アリガトひろっさああぁぁぁぁぁんジャガイモトイレェェェェェェェェ……… … …」


 最後まで聞かずに爆走して行ってしまった…。


「あの馬鹿…!」


 ゲリラ雨に巻き込まれた後みたいに呆然と立ち尽くしている皆さん。


「じょ…嬢ちゃん…一体何が…? ジャガイモトイレって…??」


 完全に取り残されてしまったひろしさんに本当ならしっかり説明すべきなのだが、ひろしさんには申し訳無いがあの様子の彼を放っておく訳にもいかない。


「えっと、私達の国ではかなり珍しい物が見つかったらしくて…テンションが上がってしまった様ですわ…ホホ…。いけない、ちょっと私も行ってきますね」


 駄目だ、私もグダグダだ。そんなに急に頭回るかい。


「え!? 外に行こうってのか!? 危険だぞ、俺も行こうか?」


 村の仲間を失った傷の癒えないひろしさんが申し出てくれるが、ひろしさんを連れていく事で更に怪我をさせてしまう可能性がある。それは私も避けたい。


「心配だとは思いますが御心配無く。私達、こう見えて実は強いんですよ? ずっと旅をしていますので(嘘)」


 それでも不安にさせない様に最大の強がりを見せたつもりだ。


「そ、そりゃ確かにそうだが…」

「ひろしさんはこの村を守るという大切な役目があるじゃないですか。大丈夫です、私達も絶対に無理も無茶もしませんから」

「むぅ…。分かった、気を付けて行って来るんだぞ。絶対に無茶はしないでくれよ。約束してくれ」


 その目が、あふれんばかりの彼の心情を物語っていた。私達が罪を背負って生きていく事を決めた様に、ひろしさんもまた誰かが傷付けばその痛みを背負うのだろう。

 その痛みの一つに我々が加わる訳にはいかない。絶対に。


「約束します。絶対に怪我せず無茶もせず戻ってきますので」

「ん。じゃあ気を付けて行って来てくれ! にーちゃんを頼むぞ」

「はい、じゃあ! !」


 それは『ただいま』と言わなければならないという、私への呪縛。今度こそ皆を裏切らない様にと。

 一時の別れの言葉を贈ると私は神々廻ししばさんの消えていった方角へと走り出した。

 色んな声が背後から聴こえた。いずれも温かい物ばかりだった。

 だからこそ、後ろを振り返る様な事はしない。



 これがトイレの為では無かったならもう少し感動的なシーンだったのだろうか。






   (次頁:46へ続く)






         

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