頁33:気候とは
お願い、お願いします
そんならしくないお願いを
料理は確かに苦手ではないし、なんなら同年代の同性の平均よりは出来る方だと思っていた。
しかしそれはあくまでも元の地球での基準だった。大事な事を忘れていたのだ。ここは異世界で、
「あの…ミサキさん…、その、本当に大丈夫…?」
よしこさんが本気の心配をそれでもオブラートに包んでそっと
「ちょ、ちょっと私の国の作法と違ったもので…緊張してしまって…オホホ…」
なんだ作法が違うって。小笠原流か。
私が今左手に
これだけ見れば元の世界の料理の風景とそこまで大差は無い。
しかしそれはあくまでもそれらの
「し、新鮮すぎてどうやって切ったらいい物か迷ってしまいまして…ええと…このタマネギ…?」
ああ、やってしまった。
もうヤケクソに表現するのであれば『ああああ』だ。それ位に訳が分からない。それだけじゃない。『包丁っぽい刃物』も『足が四本ある風に見える調理台』も『まな板かもしれない木の板』もそこにあるのに存在が認識出来ない。近くにも遠くにも感じる。
「あらぁ、『 』だとそれタマネギって言うのねぇ? 変わった名前だわ…」
ごめんなさいタマネギにはどうしても見えないんですが反射でもう…。
現状は、左手に握っているかもしれない『
お願い
しかしこういう時に限ってチャラ神様は気付いてくれない。あちらも作業が激化しているのだろうか。まあ
ええいもうこうなったら仕方無い!
「離れてて下さい…」
「えっ? えっ??」
私は謎の食材を謎のまな板の上に横たえると、謎の調理台との距離を可能な限り何とか測り、足の位置と重心を確認し、握れているかも分からない謎の包丁を
「ちょ、ミサキさ───」
目標に向かって真っ直ぐに叩き込むッ!!!
まさかの粉砕された名無しのモノ達の悲鳴が……聴こえた気がした。
あれ?? なんで弾け飛んだの???
「…よしこさん、お怪我はありませんでしたか?」
「…あなたがね」
野菜の汁とか粉砕された物の破片とか
あれ? 村の外れの方から何だか歓声が聴こえた様な…?
◇◆◇◆◇◆
「に、苦手だったら苦手って言ってくれてもよかったのよ?」
「す、すいません…
「やだよもうこの子ったら」
よしこさんがカラカラと笑った。しかし他の人達のドン引きの視線は痛かった。もう大人しくしてようそうしよう…。
ドロドロになった服は時間が経てば恐らくは元通りに再生されるだろうけれど、それを見られたらどう説明すればいいのか分からないのでとりあえず着替えた。
【力】が制限された状態で箱ティッシュ(しっとり触感)の召喚みたいなのが出来るのか?と思ったけれど、そこは【対象を害する能力は
なるべく村の人達の服装に合わせる様なデザインが良いかと思い私が選んだのは、
衣服が体から離れた状態は『再生』の基準ではないらしいのは助かった。この先スーツのままでは困るシーンもあるかもしれないし。
「その…やはり何もしない訳にはいかないので、私でも出来そうな事でお手伝いさせて頂けませんか?」
「そ、そうねぇ…」
よしこさんの首筋に伝わる汗を見逃さなかった。つらい。
「あ、それなら、お墓を飾る『 』を集めてきてもらえる? 村の中だけでも沢山咲いていると思うから」
咲いている、ということは花だろうか。
まあ料理は触らせてもらえませんよね。分かります。つらい。
「それなら私でも大丈夫ですね。お任せ下さい」
自分で言ってて悲しくなった。つらい。
「組み合わせはミサキさんのセンスで好きにしちゃっていいから。よろしくねぇ」
「ではちょっと行ってきます!」
ここで汚名を返上せねば。
◇◆◇◆◇◆
よく見ると村の中には色とりどりの『花』が咲いていた。私は追加で軍手と
当然ながらどの『花』も名前がまだついていないのでそれら一つ一つの姿を正しく認識する事は出来ないが、ぼやっとした色や形は何となくだが予想はつく。
摘みながら詳しくない植物の知識の中のいずれかをつい
平行世界の地球と言っても恐らくギアナ高地みたいに独立した生態系になっているのだろうと思っていたけれど、意外に知っている形の物が多い様に思えた。
青く小さな星の花びらはネモフィラ…開いた翼みたいなのはナデシコ…沢山の花弁が集まっているのはアジサイ…大きい星型はキキョウ…あ、この真紅の
詳しくは無いと言え、
「…これ、
必ずしも元の地球と同じではないとは言え、もしもこの花達の持つ性質が元の地球と限りなく近いとしたならば…
「ちょっと待って、今って何月…?」
周囲に人がいないのを素早く確認すると【本】を召喚してページを開く。確かこの星も
「
ページが勝手にめくれ、メルカトル図法の世界地図が表示されたページに切り替わる。
『たいりく大陸』の位置は…北半球のやや赤道寄り。分かりやすく言えば日本に近い経度緯度だ。どの季節から
「えっと…世界の大まかな気温表示って出来ます?」
本に向かって丁寧語で話しかける姿はさぞかし
《 『気温』という概念が定着していません。》
そりゃそうか。気温という物は元の地球で1850年頃から現在の形式で正式に観測され始めたデータの事だった
《 元の地球の概念を一時的に当て嵌める事が出来ます。実行しますか? 》
え?
まさかのメッセージに目を疑う。ああ、
「お願いします」
《 実行中。》
そして地図上の至る場所に浮かび上がる気温を表す数字。
「やっぱり…!」
標高の高い土地や砂漠に見える土地、極点などの特徴的な土地以外の気温が判を押したかの様に
この星には、
そう思うと唯一気温の差が付けられている地域も『そういう役割の土地だから』という雑な設定にも見える。
「(私達のミッション2…、手順を誤れば…
その時、村の外れから爆発の様な音と、一瞬遅れた振動が辺りを揺るがした。
(次頁/34へ続く)
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