頁32:労働奉仕とは

       






 ふらふらと先に帰って行ったひろしさんの後を追ってひろし宅付近まで行くと、丁度本人が玄関から出て来た。木箱を両手で抱えて。


「おお来たか! 振り向いたらいなかったからまたどこかに行ったのかってあせったぞ! なんてな」


 ガハハと笑い飛ばすひろしさん。我々にしたらまあまあ笑えない冗談なんですけどね。


「そうそう、ウチに集合して…って予定だったんだが急遽きゅうきょ変わってな。あんたらには悪いとは思うんだが……とむらいとあんたらとの再会祝いを両方一気にやらないかって意見が出てな…。どうだ? やっぱり嫌だよなァ…?」


 ちょっと困った顔で聞いてくるひろしさん。彼的にはその意見に賛成なのだろう。私達が先程死者に関する知識を辞典に登録した事で発生した変化なのは疑い様もない。


「つまりそれって…盆と正月が一緒に来」

「違います。ひろしさん、私達は全く気にしません。むしろ心配をさせてしまったのにこんなもてなしを受けるなんて…何と言っていいのか…」

「そうか、そう言ってくれるか! すまねえな嬢ちゃん、恩に着る」


 ひろしさんはどことなくホッとした表情だった。

 どんな形の祈りでもいい、そう言ったのは私なのだからこの村の人々の葬送そうそうの作法にとやかく言う筋合いは無い。哀悼あいとうの意をささげるかたわらで生きて再会出来た喜びを祝ったっていいじゃないか。


「そしたらよ、村の男連中は埋葬まいそうの為の穴掘りをして女達はし、って分担作業になったからちょっくら行ってくらぁ! あ、そうだ」


 ひろしさんは自らが抱えた箱を見た。


「客人にこんな事頼むのも気が引けるんだが…」

「なんです? 私で出来る事なら」

「これ、食材なんだが炊き出しチームの方に持って行ってもらえねえか? 全然重くはねえから」

「お安い御用です」


 ひろしさんからふたの閉まった木箱を受け取る。確かに軽い。中身は野菜か何かだろうか?


「ではお預かりします」

「ありがとよ!」

「じゃあひろっさん、また後でネ~」


 ん?


「何言ってるんですか?」

「はい?」


 神々廻ししばさんが頭上にクエスチョンマークを点灯させて振り返る。


「男は穴掘り。ひろしさんがそう言っていたじゃないですか」

「うん。言ってた。で?」


 子リスみたいに小首をかしげる姿にイラァッとした。

 絶望的に察しが悪い彼にも分かる様に懇切丁寧こんせつていねいに御説明申し上げましょうか。


「私が行くのは女性チームの所ですよ。神々廻ししばさんはいつから女性になったのですか? それとも見物するだけのつもりですか? まさかお世話になった村になんのお礼もしないとか? ひつぎを五つも埋葬まいそうする穴を掘るんですから人手は少しでもあった方がいいですよね?」

「え? あ? いや? その」


 目が泳ぎ過ぎて大回転している。


「体を動かした方が食事もきっとおいしくなりますよ。もてなされる側であっても働かざる者食うべからずです。はい行ってらっしゃい」

「お? おお? あ、はい」

「ひろしさん、遠慮せず使ってやって下さい」

「だはは! だってよにーちゃん、尻に敷かれてんな!」


 そういう関係じゃありません。


「でもひろっさん、こんなんだけど実は泣き虫でカワイイトコが」

「ぶん殴りますよ?」

「はーーーい行ってきまーーーーっス!!」


 預かった木箱を怒りのオーラと共に高らかに掲げると、男二人は慌てて墓地予定地の方へと走って行った。

 だれが『こんなん』だ。失礼な。

 走り去る二人を見送ると、私は村の中心の方へ向かって歩き出した。





 ◇◆◇◆◇◆





「おや旅人さん、どうしたんだい?」


 (たぶん)村の中心では女性陣がせかせかと炊き出しの作業に追われていた。半分が我々の為であると思うと申し訳ない気もした。


「あの、これ、ひろしさんから渡す様に頼まれまして」


 私は抱えた木箱をその女性に差し出した。

 確か、最初にこの村に来た時にひろしさんと話していたよしこさん、だったはず


「ああ、ひろしさんの『    』の『    』ね? 助かるわぁ」


 お、久々に無音。もし中身が野菜とかの食材で合っているのであれば『畑』の『(野菜名)』だろうか。椅子いすの時の様に存在していても名前が与えられていない場合は無音になるっぽいな。


「あの…失礼ですが、確か…よしこさん、でしたっけ? 私達が以前お邪魔した時にひろしさんと話していた…」


 すると彼女は目を真ん丸にして驚いた。


「あらやだ、覚えていてくれたのかい? 嬉しいねえ!」


 元の地球であれば高齢者と判別されてしまう年齢であろうよしこさんは、田舎のおばあちゃんの様に生命力あふれる人となりだった。


「あの…この度は本当にご心配をおかけしまして…」

「や~だ、何言ってるのもう! あたし達が勝手にもてなして勝手に心配してただけよ。でも無事で本当に良かったわぁ」


 心からそう思ってくれているのが分かるだけに、自分らのしでかした事の重さが圧し掛かる。本来ならばこのもてなしを受ける資格など無いのに。

 けれど皆さんの厚意を無下むげにするのは私のエゴだ。我々の罪は我々がひっそりと背負うしかない。


「私も何か手伝いたいのですがお手伝い出来る事はありませんか?」

「えっ、そんな悪いわ」

「いえ、連れもひろしさん達を手伝ってますし私だけ何もしない訳にはいきません」

「そう? じゃあ…お願いしようかしらねぇ。あ、そうそう。あなたお名前は?」


 くるりと振り返り私を見て聞いてくる。


「あ、嵯神さがみ 観沙稀みさきです。宜しくお願い致します」


 浅くお辞儀じぎを添えて自己紹介すると、よしこさんはきょとんとした顔だった。


「サガミミサキ…さん? あら、変わったお名前なのね。『    』のかたは少し長いお名前なのかしら」


 うん…? もしかしたら名字みょうじという概念は無いのか…? 確かに名字だファーストネームだというのは元の地球の仕組みではあるけれど。変な所が異世界っぽい。


「あ、ミサキで大丈夫です」


 思わず名前の方を言ってしまったが、ひろしさんやよしこさんの他の人達もみんな『氏名』の『名』が名前フルネームなのだとしたら『嵯神さがみ』や『神々廻ししば』という響きは違和感があるかもしれない。

 まあこの村の人達ならば「外国の方は変わったお名前なのね~」で済ましてくれそうではあるが。いや絶対に済ましてくれるだろうな…。


「じゃあミサキさん、あなたお料理は出来る?」

「はい、一通りは学びました」

「あら素敵。可愛いのに何でも出来ちゃうのね。羨ましいわぁ」

「いや、そんな…」


 後頭部がムズムズする。相変わらずめられ慣れていないな、と内心苦笑した。

 父の没後ぼつごはなるべく誰にも頼らず自活していた。外食もほとんどしなかったので自分を生かすための最低限の知識だけではあるが自炊関連の技術はそれなりに身についていた。



 その自信が、あだとなって自らを襲うとはこの時は思いもしなかった。






   (次話/33へ続く)






         

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