頁31:デスペナルティーとは

         






 先程とは打って変わって無言のひろしさんの後を付いて歩く。通り過ぎていく風景がやはりどうしても以前見た状態と相違そうい無く思えた。

 …が。


「あっ…!?」


 変わらない風景が、突然変化した。

 確かこの先にはまだ数件の家があったと記憶していたが…そこにあったのは破壊された建物の残骸ざんがい、そしてそれらの中心に───木製と思しき、が五つ。

 その大きさからそれが一体何の意味を持った箱であるのかは容易に想像がついた。

 でも、…?


「あの…」

「村の中には入ってこないハズだった。なぜそう思い込んでいたのかは分からん。だが俺を含め皆が村の中は安全だと信じてたんだ」


 いつもの明朗豪快めいろうごうかいなひろしさんとは思えない、うつろな眼差しの男性がそこにいた。


「あっという間だった。あの変種どもが現れたのとほぼ同時期に村のこの一帯が襲われてこいつらが犠牲ぎせいになった」


 その時からこのひつぎは並べられているのだろうか。だとすれば時間的に数か月が経過している筈だが、亡くなった者をいだいて鎮座ちんざしているそれらからは。本来ならば…死した生命はその形を維持出来ず、崩れ溶けて大地に還る。それも無く、埋葬まいそうもされていない。つまり───


「なあ、嬢ちゃん。俺も自分が何を言ってるのか分からねぇけど…笑わないで聞いてくれ」

「…はい」


 笑える訳がない。私はひろしさんが何を言おうとしているのか予想出来てしまった。

 そしてと、も。


。生き残ってる俺達は、死んじまったこいつらをなんだ? なあ、知ってるなら教えてくれ…、俺達はどっかおかしいのか…?」


 切実な想いを映す瞳から大量の涙を流しひろしさんが問う。悲しさと、悔しさと、進むべき道標どうひょうが見当たらないがゆえの不可解なもどかしさにだろうか。

 ごめんなさい…。そのしるべを立てる役目が…力も知識も足りない私達で。


「おかしくなんてない…。分からなくてもいいんです、これから知って行けば」


 虚空から【本】を取り出すと、驚くひろしさんの前でページを開く。


「人間も動物も植物も、生きとし生けるモノはその生を終えれば等しくこの大地のかてとなり、こうして話したり考えたりする役目を持った『魂』という目に見えない精神体は肉体から解き放たれ、この空をめぐり巡っていつか次の命をつなぎます。まずは皆さんが安らかに星にかえる事が出来る様に土を掘って埋葬してあげましょう。死者の眠る場所を『お墓』と呼び、皆で大切にしています」


 開かれたシステムメッセージのページに次々と単語の【提案】がなされていく。


「皆さんにはもう会う事は出来なくなりますが、皆さんが生きていた確かな証明は私達の心の中に生き続けます。その楽しかった思い出と転生への願いを込めて…皆で祈りましょう。祈り方なんて人それぞれですから難しく考えなくても大丈夫です。言葉は届かなくても、想いはきっと届きますから…」


 【提案】が次々と【承諾】される。きっとも察していたのだろうか。

 形無き言葉が意味という実体を得て世界に広がっていく。私は今、とんでもない行為をしているのだ。予想していたよりも遥かに重大で恐ろしい行為を。

 けれど…ひろしさんの心を少しでも救えるのであれば、私のエゴなんてどうでもいいと今は思えた。


「そうか…ありがとよ。何となく分かった、どうしたらいいのか。嬢ちゃん、あんた、もしかして……」

「……」

「いや、野暮ヤボな事聞くもんじゃねぇよな。悪い、忘れてくれ」


 そう言い残し、ひろしさんは再び自宅へ続く路地へと振り返った。

 …ごめんなさい。本当の事を知ったらきっとあなたは私達を許してはくれないかもしれない。だから最後にこうするしかない私を…どうか憎んで下さい。


「…忘れなさい」


 制限を受けている筈の【力】が、何故かすんなりと発動した。

 いや、発動するだろうと何となく分かっていた。






 ◇◆◇◆◇◆






「そこにいるんでしょう」

「むぐっ!」


 ひろしさんがふらふらと立ち去ってしばらくした後、気配が騒がしい物陰に向かって問いかけた。

 バレているのに出てこない。仕方ないからこちらから近付くと、なんかバタバタしている音がする。


「…何やってるんですか」

「…!!」


 必死になって顔を拭いていたらしく、ヨレヨレのTシャツのすそが更に伸びて酷い事になっていた。


「…聞いていたんですね」

「ナ…ナハハ…」


 目が充血し、その周りは腫れぼったくなっていた。別に隠さなくてもいいのに。


「分かりましたよ。我々が全滅した事に対するペナルティーが何なのか」

「マジで!?」

「ええ」


 本を開き大陸地図のページを表示させる。スタ・アトと名称が表示され村の位置を意味するアイコンの下、そして近くのダンジョンのアイコンの下にも今までに無かった表示が。


「【経過/Y01・M00・D00】 やっぱり…」

「え? 何? ドユコト?」


 神々廻ししばさんも自分の本を呼び出して同じページにかじりつく。


です」

「へ?」


 完全に理解不可能という表情でこちらを見る。


「一年という時間がんです。早送りの様に時間が進むのではなく、

「え…ちょ、本当に意味が分かんないんだケド…」

「私だって自分で何を言ってるのか分からないですよ!」


 話しながらおかしくなりそうな頭を必死に冷静にさせて思考を整理しているのだ。


「ご、ごめん…なさい…」

「───すいません。貴方のせいじゃないのに…」


 腹の底まで届く深い呼吸を一つ。全身にくまなく酸素を送り込む様に。


「私なりに前世の世界の常識や理屈を取っ払って考えました。まず、この村の人達にとっての事実が『一年前に我々が失踪しっそうした事』と『村の仲間が敵対生物ヴィクティムによってしいされた事』です」

「うん、つまり実際にこの星では一年の時間が経過していたって意味でショ?」

「所がそうじゃないんです」

「え??」


 目を真ん丸にして驚く。


「村の様子ですけど、覚えている限り死んで拠点に戻される前と今現在で

「????」


 あ、これはダメだな。


「───ああ、かまわん。続けてくれ」


 同じ事を思ったのかシュウさんが即座に入れ替わってくれた。


「ひろしさんが着ている服の傷み具合、建物の風化具合や風雨ふううさらされて付くはずであろう汚れ…それらが全くと言っていい程無く、村の中に所々生えていた小さな杉の木も無名の植物も全く成長していない様に見えました。一年も経過してるのに、ですよ?」

「しかし村のには明確な変化があった、と」


 流石シュウさん。


「そうです。本の大陸地図にいつの間にか追加されたこの数字…。これは恐らく強制的に経過させられた『事実としての時間』なんだと思います。そして…」

「ダンジョンの時間も経過しているという事は、だ」


 ───これが、私達の負った【責任】。


「歴史と共に成長をしていくという設定の敵対生物ヴィクティムが、世界設定を与えられずに文明が停滞しているおろかな人類を喰った、という訳だ」

「…その通りです」


 それはつまり。

 私達の全滅が引き金となり、村の人達を殺した事になるのだ。

 罪悪感できそうな感覚に襲われるがここで私が吐くのはお門違かどちがいだ。


「大陸の他の町に時間経過が科せられていないのを見ると、恐らくは名前を付けられるか我々が関与するかした時点からペナルティーの対象とされるのかもしれません。今はまだ予測の範疇はんちゅうですが」

「それだけで十分だ。もしその予測が正解だったら世界の名称をほぼ設定していなかった志雄しゆうのファインプレーだな」


 発した言葉の割に特に表情に変化が見られないシュウさんは一体この事実をどう受け取ったのだろうか。初対面の私をあれだけ蹂躙じゅうりんする指示を神々廻ししばさんに平気で出したのだし、偏見へんけんで申し訳無いがもしかすると何とも思っていない可能性もある。まだまだ私は彼の事を知らない。


「それと、私達のミッションは想像しているよりも遥かにこの星に影響を及ぼすみたいです」

「さっきの会話か」

「ええ…」


 やっぱり聞いていたのか。


「どういう基準なのかは分かりませんが、名前を持たずとも存在し認識出来る物と、名前が無い限り変化が訪れない物があるみたいですね。その一つが…」


 並んだ棺桶かんおけの方を見る。【棺桶かんおけひつぎ】という名称を今さっき与えられた大きな死者の寝床ねどこ、そして埋葬という行為、大地に分解されいつか土へと還る亡骸なきがら達。

 腐敗が進まずに時間が停滞していた眠る人々の時間が、恐らくこれで動き出しただろう。

 本来であれば埋葬の形式やら土中分解の理屈なども細部に渡り存在しているのだが、神々廻ししばさんに言わせればそれを解き明かすのはこの星の人間でもいいし、解き明かされなくても多分問題は無いのだろう。


「私の勝手で私の死者に対する礼節れいせつや知識をこの星に根付かせてしまいました。それに…変わらない姿で残り続ける事が出来る選択も奪ってしまった…」

「それがあんたにとっての最適解さいてきかいだったんだろう? だったら気にするな。もしくは

「え…」


 無表情のままでシュウさんが呟いた。


「悪いが俺は忘れながら生きさせてもらう。だからあんたは背負いながら生きればいい。当面は死ねない以上、好きに生きるだけだ」

「……」

「それに───」


 更に言葉を続けた彼に視線だけ向ける。


「土に還らなかったら、いつか地上が死体で埋まるぞ」


 そう吐き捨てるとプイッとそっぽを向いた。

 言われてみれば確かに…。

 死体が溢れる世界を想像し、申し訳無いけれどちょっとゾッとした。


「その通りですよね…」

「…フン」


 これは彼なりの冗談だったのだろうか。私にはいまいちまだ分からなかった。






   (次頁/32へ続く)






   

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