頁31:デスペナルティーとは
先程とは打って変わって無言のひろしさんの後を付いて歩く。通り過ぎていく風景がやはりどうしても以前見た状態と
…が。
「あっ…!?」
変わらない風景が、突然変化した。
確かこの先にはまだ数件の家があったと記憶していたが…そこにあったのは破壊された建物の
その大きさからそれが一体何の意味を持った箱であるのかは容易に想像がついた。
でも、
「あの…」
「村の中に
いつもの
「あっという間だった。あの変種どもが現れたのとほぼ同時期に村のこの一帯が襲われてこいつらが
その時からこの
「なあ、嬢ちゃん。俺も自分が何を言ってるのか分からねぇけど…笑わないで聞いてくれ」
「…はい」
笑える訳がない。私はひろしさんが何を言おうとしているのか予想出来てしまった。
そして
「
切実な想いを映す瞳から大量の涙を流しひろしさんが問う。悲しさと、悔しさと、進むべき
ごめんなさい…。その
「おかしくなんてない…。分からなくてもいいんです、これから知って行けば」
虚空から【本】を取り出すと、驚くひろしさんの前でページを開く。
「人間も動物も植物も、生きとし生けるモノはその生を終えれば等しくこの大地の
開かれたシステムメッセージのページに次々と単語の【提案】がなされていく。
「皆さんにはもう会う事は出来なくなりますが、皆さんが生きていた確かな証明は私達の心の中に生き続けます。その楽しかった思い出と転生への願いを込めて…皆で祈りましょう。祈り方なんて人それぞれですから難しく考えなくても大丈夫です。言葉は届かなくても、想いはきっと届きますから…」
【提案】が次々と【承諾】される。きっと
形無き言葉が意味という実体を得て世界に広がっていく。私は今、とんでもない行為をしているのだ。予想していたよりも遥かに重大で恐ろしい行為を。
けれど…ひろしさんの心を少しでも救えるのであれば、私のエゴなんてどうでもいいと今は思えた。
「そうか…ありがとよ。何となく分かった、どうしたらいいのか。嬢ちゃん、あんた、もしかして……」
「……」
「いや、
そう言い残し、ひろしさんは再び自宅へ続く路地へと振り返った。
…ごめんなさい。本当の事を知ったらきっとあなたは私達を許してはくれないかもしれない。だから最後にこうするしかない私を…どうか憎んで下さい。
「…忘れなさい」
制限を受けている筈の【力】が、何故かすんなりと発動した。
いや、発動するだろうと何となく分かっていた。
◇◆◇◆◇◆
「そこにいるんでしょう」
「むぐっ!」
ひろしさんがふらふらと立ち去って
バレているのに出てこない。仕方ないからこちらから近付くと、なんかバタバタしている音がする。
「…何やってるんですか」
「…!!」
必死になって顔を拭いていたらしく、ヨレヨレのTシャツの
「…聞いていたんですね」
「ナ…ナハハ…」
目が充血し、その周りは腫れぼったくなっていた。別に隠さなくてもいいのに。
「分かりましたよ。我々が全滅した事に対するペナルティーが何なのか」
「マジで!?」
「ええ」
本を開き大陸地図のページを表示させる。スタ・アトと名称が表示され村の位置を意味するアイコンの下、そして近くのダンジョンのアイコンの下にも今までに無かった表示が。
「【経過/Y01・M00・D00】 やっぱり…」
「え? 何? ドユコト?」
「
「へ?」
完全に理解不可能という表情でこちらを見る。
「一年という時間が
「え…ちょ、本当に意味が分かんないんだケド…」
「私だって自分で何を言ってるのか分からないですよ!」
話しながらおかしくなりそうな頭を必死に冷静にさせて思考を整理しているのだ。
「ご、ごめん…なさい…」
「───すいません。貴方のせいじゃないのに…」
腹の底まで届く深い呼吸を一つ。全身にくまなく酸素を送り込む様に。
「私なりに前世の世界の常識や理屈を取っ払って考えました。まず、この村の人達にとっての事実が『一年前に我々が
「うん、つまり実際にこの星では一年の時間が経過していたって意味でショ?」
「所がそうじゃないんです」
「え??」
目を真ん丸にして驚く。
「村の様子ですけど、覚えている限り死んで拠点に戻される前と今現在で
「????」
あ、これはダメだな。
「───ああ、かまわん。続けてくれ」
同じ事を思ったのかシュウさんが即座に入れ替わってくれた。
「ひろしさんが着ている服の傷み具合、建物の風化具合や
「しかし村の
流石シュウさん。
「そうです。本の大陸地図にいつの間にか追加されたこの数字…。これは恐らく強制的に経過させられた『事実としての時間』なんだと思います。そして…」
「ダンジョンの時間も経過しているという事は、だ」
───これが、私達の負った【責任】。
「歴史と共に成長をしていくという設定の
「…その通りです」
それはつまり。
私達の全滅が引き金となり、村の人達を殺した事になるのだ。
罪悪感で
「大陸の他の町に時間経過が科せられていないのを見ると、恐らくは名前を付けられるか我々が関与するかした時点からペナルティーの対象とされるのかもしれません。今はまだ予測の
「それだけで十分だ。もしその予測が正解だったら世界の名称をほぼ設定していなかった
発した言葉の割に特に表情に変化が見られないシュウさんは一体この事実をどう受け取ったのだろうか。初対面の私をあれだけ
「それと、私達のミッションは想像しているよりも遥かにこの星に影響を及ぼすみたいです」
「さっきの会話か」
「ええ…」
やっぱり聞いていたのか。
「どういう基準なのかは分かりませんが、名前を持たずとも存在し認識出来る物と、名前が無い限り変化が訪れない物があるみたいですね。その一つが…」
並んだ
腐敗が進まずに時間が停滞していた眠る人々の時間が、恐らくこれで動き出しただろう。
本来であれば埋葬の形式やら土中分解の理屈なども細部に渡り存在しているのだが、
「私の勝手で私の死者に対する
「それがあんたにとっての
「え…」
無表情のままでシュウさんが呟いた。
「悪いが俺は忘れながら生きさせてもらう。だからあんたは背負いながら生きればいい。当面は死ねない以上、好きに生きるだけだ」
「……」
「それに───」
更に言葉を続けた彼に視線だけ向ける。
「土に還らなかったら、いつか地上が死体で埋まるぞ」
そう吐き捨てるとプイッとそっぽを向いた。
言われてみれば確かに…。
死体が溢れる世界を想像し、申し訳無いけれどちょっとゾッとした。
「その通りですよね…」
「…フン」
これは彼なりの冗談だったのだろうか。私にはいまいちまだ分からなかった。
(次頁/32へ続く)
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