頁30:再訪と異変とは 2

         






 再び訪れたスタ・アトの村。つい先日、程度の時間しか離れていなかったのに気がした。

 外界との境界線を越えて村に入ると、近くにいた方が我々に気付いたらしく驚いた声を上げる。

 驚く?? はて…??


「あ…? あんた達…!! !?」

「えっ?」


 記憶にある妙齢みょうれいの女性だ。多分村の中を歩き回っていた時に何度か会釈えしゃくをしていたと思う。


「こうしちゃいられない、ちょっと待ってて、ひろしさんを呼んで来るから!!」

「えっ??」


 そう言い残し、彼女は村の奥へと駆け出した。


『ちょっと聞いとくれよぉぉ! 旅人さんが生きてたよぉぉ!!』


 走りつつそう叫ぶ声が聞こえる。


神々廻ししばさん…どういう事ですかね…」

「キミが分からないのにオレちゃんが分かるワケにゃーでしょ…」


 そうでしょうか?


「とりあえず私達も行きましょうか」

「うんうん」





 ◇◆◇◆◇◆





 ひろしさんの家に到着する頃にはまさかの人だかりが出来ていた。といっても20人にも満たないくらいに思える。はもっと人がいた様な…?

 その人だかりに近付くと、見知った人々がワァっと歓声を上げてこちらへと駆け寄って来た。よく見ると『よかったねぇ、よかったねぇ…!』と涙を浮かべている人も。どういう状況なのだろうかこれは…。

 想定外の雰囲気に面食らっていると、人々の輪を押し退けてドスドスと突進してくる人が。そう、ひろしさんだ。


「お…お…おお…お前達ぃぃぃぃぃぃ!! よかった、生きてたんだなぁぁ!!! うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」


 ひろしさんは困惑気味の我々を両の腕にそれぞれガシッと抱くと、男泣きしながらそう言った。ますます訳が分からない。私と神々廻ししばさんは極端に違い過ぎる村人との温度差に目を見合わせた。


「ちょ…ねェ!? ひろっさん、みなさんも落ち着いてヨ! どうしたってのサ!?」


 神々廻ししばさんがひろしさんを宥めると、ひろしさんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げて言った。


「どうしたもこうしたもあるかぁ! あの日お前さん達がいなくなって…あれから!!」

「「ええええ!!??」」


 まさかの事実に二人して大きな声を出してしまった。

 だって、ダンジョンで死んでから目が覚めるまで体感でも一日経過したかという程度だった。それが…一年も経過!?

 【拠点】とこの星の時間の流れが違うという意味だろうか? 神々廻ししばさんは何百年もかけて星の基礎を作ったと言っていたが、数百年で人類がこの程度の文化レベルで根付くのは確かに不可能っぽくはある。

 神々廻ししばさんの方に疑問の視線を投げるとそれに気づいた彼も顔を横に振って理解不能の意を表した。


「村の外に歩いて行く姿を見たって報告があったから慌てて後を追ったが見つからなくてよ…でも諦められなくて何日も探し回ったんだぞ? 捜索を打ち切る決断をした時はどんだけ断腸の思いだったか…。まあとにかくお前さんらが無事で本当に良かった! ここン所からな、再開を祝って今夜は村のみんなでパーッと行こう! なあみんな!」


 ひろしさんが乱暴に涙をぬぐいあげて余計ひどくなった顔で村人達に提案すると、そこにいた全員が歓声を上げて賛同した。

 相変わらず余所者に親切すぎる村だった。

 だからこそ、皆さんの本気の心配が胸に痛んだ。


「で、でも…」


 躊躇ちゅうちょする私の方にポンと手を置くと神々廻ししばさんがズイッと前に出る。


「マジっすか! オレちゃんパーティー超大好物なんですよね! イヤッホーーーーーゥパーリーピーポーウェイウェイみんな愛してるよーー!! あっひゃっひゃっひゃっ!!ww」


 そのまま村人さんらの輪の中に飛び込んでもみくちゃにされている。

 彼なりの気の遣い方なのだろう、私には絶対に真似出来ない振舞いに少しうらやましさを感じた。


 でも村の人達も嬉しそうだし…まあ、いいかな。





 ◇◆◇◆◇◆





 我々の再会記念パーティー(仮)は夕方から行われる事になった。時間の概念がまだ定着していない為、正確な開始時間は人それぞれで場所はひろしさんの家。広さもある家だから問題は無さそうだ。

 時間の概念が無いのに一年の概念はあるのがはなはだ疑問ではあったが、そのちぐはぐさを正していくのが我々の使命なのだろう。ちなみに前世の地球のカレンダーそのまんまだった。きっと神々廻ししばさんの仕業だ。

 村の人達とまだワイワイやっている彼は残しておいて私とひろしさんは一先ずひろしさん宅に移動する事に。

 どういう訳か認識的に一年の差がある為、何を話したらいい物か悩んだ。

 

「…あら?」

「うん? どうした?」


 改めて前を歩くひろしさんを眺めると、体のあちこちに怪我の治療跡と見られるあざらしき物が。治療といっても正しい処置かと問われたら微妙そうにも見えるが。


「怪我…してるんですか?」

「あん? ああこれか! しまったな、恥ずかしいモン見せちまった。うははは!」


 豪快に笑い腕の痣の一つをバシンと叩き『いてっ』と顔を歪ませる。


「大丈夫なんですか?」


 ふぅ、と溜め息を吐きながらひろしさんは参った様に切り出した。


「大丈夫だと言いたいのは山々なんだけどよ…何ヶ月か前から飛ぶ眼フライングアイの変種が現れる様になってな。コイツがまためっぽう強くてなァ…一対一なら最近は何とか出来るんだが、複数で来られるとこの通りだ」


 先程危惧きぐした事態がやはり的中してしまった。この村の戦闘職プルーフがひろしさん一人である以上、出現する敵対生物ヴィクティムが強くなればそれだけ負担が倍増する。

 …いや、ちょっと待った。本当に一年の時間が経過しているのであれば

 村には大人は沢山いる。ひろしさん以上に戦士に向いてそうな男性だっているし、むしろ女性だって13歳以上であれば戦闘職プルーフにはなれるはずだ。それなのにどうしてひろしさん一人に押し付けているのか?

 いや、村の人達のあの感じだと押し付けているという表現からは程遠い様に思える。何だろう…この違和感は。風景が止まったまま時間だけが先に進んでしまったみたいな───


「…!?」


 

 その言葉に引っかかる物を感じ、私にとっては記憶に新しい先日の村の風景を思い出してみた。記憶力には自信がある。


「お? どうした?」


 ひろしさんの服装、立っている場所、周囲のちぐはぐな建物、その辺のまだ名前を付けていない植物───

 。下手したら建物の風化や汚れ具合も、植物の成長すらも、だ。全身が例え様の無い悪寒に包まれた。

 一年間に何一つ変化が無いって、そんな事が……。


「おいおい…顔色が悪いぞ? もしや具合でも悪いのか?」


 つい考え込んでしまった私をひろしさんの優しい顔が覗き込む。自分だって沢山怪我しているというのに。

 ───いや待て。変わっている物があるじゃないか。。だけどそれはつまり…。

 急速に顔から血の気が引いていくのが分かった。


「ひろしさん…」

「な、なんだどうした」


 私がこれを聞いても本当にいいのだろうか。

 違う、その答えを聞いた自分が耐えられるのだろうか、だ。瞬間的に保身を考えてしまった自分に嫌悪する。


「あの…、その……さっき集まった人達で?」


 遠回り過ぎただろうか。しかし今の私にはオブラートに包んだもっといい聞き方が思いつかなかったのだ。

 ひろしさんは驚いた表情で私の目を見つめると、何かを悟った様に背を向けた。


「……こっちだ」


 そう一言だけ呟くと、自宅とは違う方向へ向かって静かに歩き出した。








   (次頁/31へ続く)






 

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