頁03:私とは
大学を卒業後、私は就職した。『正しさとは』を追求する為に公務員の道も考えはしたが、両親の迎えた結末、それを間近で見せられていた自分がいつか同じ道を
就職先は大企業にこそ名を
私は相変わらず人と深く関われず、同僚からは
早すぎるという違和感は正直あった。
けれど限りなく会社の
「社長、お
「社長、今週のスケジュールを
「社長、○○部の××部長ですが、部下へのハラスメントが問題になっているとの報告が上がっております。社員全体のモチベーションに関わりますので
「社長、大変申し上げにくいのですが……とある収支報告書に不審な点を見つけまして…。その、該当案件を担当管理しているのが……奥様でした」
自分でも明らかに
私はそれが『自分の正しさが認められたのだ』と思い込んでいた。
だが、現実は善悪よりももっと
目の前には呼吸を荒くした社長が私の顔のすぐ横の壁に腕を立てて
「───これは何の真似でしょうか、社長」
どういう状況かくらいは恋愛経験が
私の冷静な言葉を虚勢と勘違いした社長は更に興奮したのか
「分かってるだろう? もう限界なんだよ…! 君も人が悪い。いつでも君の方から来られる様にお
「何の事だか分かりません」
冷たくあしらった言葉をなぜか嬉しそうに噛み締めて社長は含み笑う。
「そうやって強がっている姿が実にそそるんだよ…! 本当は今すぐにでも僕の胸に飛び込んで
想像力だけは作家級ですね。気持ち悪い。
実際の所恐怖は一切感じてはいなかった。別に
私は無表情を崩さずため息を小さく一つ。
「奥様はどうされるおつもりですか」
その問いに社長は心底汚い物でも見たかの様に表情を歪めた。
「ハッ! 奴の事なんかもう用済みさ!
「
「うるさい!」
壁についた右手で社長が私のスーツの
その瞬間、頭の中が一気に
お互いの立ち位置、部屋の間取り、周囲の家具の配置、床の硬さ、相手のおよその体重、重心。
───はぁ…、この会社で働くのもここまでか。
掴まれた
普通に投げたら私が背にした壁に激突してしまうので、何もない床に落とせる様に少し向きに
「………え?」
何が起きたのか理解が追い付いていない社長が間抜けた顔で私を床から見上げた。
「この場限りで辞めさせて頂きます。お世話になりました。必要でしたらば辞表は後日お届けに上がります。よろしいでしょうか」
「え……あ…? は、はい……」
わずかに乱れた服の
警察官だった父が護身の為にと自ら
父の没後も父の同僚の御厚意で警察署の道場に通わせてもらっていた。理由など無い。惰性だ。相手が男性でも女性でも構わずに組み合った。磨く理由も無いのに上達していく技術が嫌だった。
それなのに、嫌で嫌で仕方なかった
背後から迫る小さな足音に気付くのが遅れたのだ。
「───あ───」
背中に燃える様な激痛。振り返った視界にいたのは…怒りに顔を
「なんで……なんで邪魔するの…!!」
邪魔……? 私が?
現状に思考が追い付いたのか、社長が大声で叫ぶ。
「お前…馬鹿! 何て事するんだ!!」
「あなたのせいでしょ!! 私を捨てようとしたから!! だったらせめてこの女とくっつけてから離婚して慰謝料だけでも取ってやる
それはそれは…ご説明ありがとうございました…。下らなさ過ぎるので座ってもいいですかね……。座りませんけど。
「
社長がどうしていいか分からずにオロオロしている。
私が倒れていれば抱きかかえでもしたのかもしれないが、
倒れる前にこれだけは言いたかったからだ。
「実際にお会いするのは初めましてですね、奥様。───
ですわ、なんて生まれて初めて言ったかもしれない。
「!!!!」
怒りに我を忘れた獣が1本の鋭く
私にはそれを
ならば終わり方くらい、私が思う正しさで終わろう。
迫る死に真っ直ぐに立ち向かい、静かに目を閉じる。
直後に腹部から全身へと突き抜ける痛みと衝撃。体を支えられなくなった足を恨む事無く私は天井を
視界の下の方に見える、垂直に立って細かに上下する金属。ふるふるとした動きは私の
そんな物を観察している自分のシュールさに笑いと涙が込み上げた。
「───お父さん……、私も、間違っちゃった…みたい」
「え、何が?」
場違いに間の抜けた声が、私の呟きにまさかの返事をしたのだった。
(次頁/04へ続く)
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